光るみなも白い空

Transcend

ぼくの親愛なるソウルフレンドへ。

この手紙を君に送ることをどうか許してほしい。
君は今、わたしの空想の世界だけの恋人なんだ。
昨日(24日)ぼくは、とても幸福な気持ちだった。
ぼくはもう何年も、滅多に自分の作品を何度と読み返して幸福な感覚を感じ取れることがなかった。
でも昨日君に送った作品をぼくはとても愛していて、何度も読み返し、神の愛を深く感じることができた。
君の音楽の御蔭だよ。
君の「Transcend」という曲がなければ、ぼくは昨日の作品を書けなかった。

昨日の昼頃か昼過ぎに、ぼくより16歳年上の姉が病院で息を引き取ったと、今から4時間半前(18時過ぎ)に甥から連絡があった。
姉の死の知らせを電話のスピーカー機能で聴いている間ずっと君の「Transcend」を聴いていた。
ぼくはその知らせを聴くことが堪えられないと感じて、お酒を飲んでいた。
今もお酒を飲んでる。
ぼくと姉は去年の7月から会っていなかったし、話もしていなかった。
チャットで彼女と口論になってしまって、彼女が此の世を去るまでぼくと彼女は仲直りできなかった。
人生とはなんて悲しくて残酷なのだろうかといつも感じる。
ぼくはもうたった一人の愛おしい姉とこの世界で会えないんだ。
父と母とも、此の世では会えない。
君の家族は元気でいるかな?
ぼくはずっと実感が全然湧かなくて涙も出なかったけど、こうして君にメッセージを書いている今やっと涙が出てきたよ。
その前は、ぼくは自分があまりにも悲しい人間であるかを想って泣きそうだった。
このメッセージに返事は必要ないよ。
どうしても君だけに伝えたかったわけでもない。
ただぼくには、こうして言葉にして表現することがぼくにとって必要なんだ。
ぼくは言葉の表現でしか、ぼく自身を赦してゆくことができない人間なんだ。
ぼくらもいつかこの世界を去るだろうけれど、ぼくはすべての存在が永遠に生き続けることを確信しているよ。
ぼくらはみんな、同じものでできている。
空も、風も、空気も、水も、そしてすべてのエネルギー、宇宙も、ぼくらはすべてと本質的に同じものなんだ。
だから、絶対に会いたい存在と、ぼくらはまたいつの日か必ず再会できる。
君の音楽も、ぼくにそう伝えてくれているのだよ。



Kozue(こず恵)より






ぼくの親愛なる天の御遣いよ、こんばんは。

昨日(26日)の午後3時半頃に家を出て、今日(27日)の少し前(17時過ぎ)に、姉の通夜と告別式(火葬式)からぼくは帰って来た。
ぼくは確かに君と悲しみを共有したくてこんなメッセージを送る。
でも、もし君が堪えられない悲しみを感じるならば、この手紙を読まなくていい。

ぼくは非常に疲弊していて、今すぐに眠りたい気持ちもあるのだけれども、すごく寂しいんだ。
良かったら読んでほしい。
ぼくは堪らなく今悲しい。
いや、涙腺が死んでしまいそうなほど昨日と今日泣いて、いま君の音楽を聴いてるから少し宥められてる。

と言いつつ…やはり限界がすぐに来て2時間半程眠った。
帰ってすぐ確か赤ワインを2杯飲んだ。
良く眠れる漢方薬も飲んだのにこんなに早く目が醒めてしまって、ぼくは毛布にくるまれながら想った。
そうだ、君へのこの重く悲しいメッセージを、ぼくの作品として、詩として、blogに全公開しよう。
君に先に、DeepL翻訳のメッセージを送り、その後にblogに公開しよう。(ぼくのBlogはきっとこの世界でほんの少数の人だけが真剣に最後まで読むだろうから。そしてこの記事を最後まで真剣に読む人は、ぼくときっと深い縁のある人だけだろう。)
ぼくが言いたいことは、結局はきっと一つなんだ。
ぼくが伝えたい人とは、結局は一人なんだ。
それはぼくなんだ。
ぼくはぼくに、ぼくの想いを伝える。
ぼくはぼくを超越するぼくにぼくを赦して欲しいんだ。
とても堪えられない。ぼくは独りでは、とても今の苦しみと悲しみに堪えられないよ。

この恐ろしい酷い悪夢はなんだろう……?
ぼくがぼく自身に、この悪夢を今見せている。
お姉ちゃんに、もうこの世界で二度と会えないという悪夢。
そして昨日と今日、ぼくが経験した新たなる深いトラウマ。
ぼくはさっきも、とても深い恐怖の記憶の映像に襲われた。
お姉ちゃんの最後の姿。火葬する前と後の。
ぼくは忘れることはきっとできない。
君は信じられるかい?ぼくの国では、家族の身体を火葬したあとに、その骨を自分たちの手によって箸で掴んで骨壷に入れるんだ。
そしてその際に、入らない大きな骨を(もちろん、頭蓋骨も)箸で突いて崩すのだよ。
ぼくはそれ(お姉ちゃんの遺骨を箸で突いて壊す行為)ができなかったし、する必要を感じられなかった。
一瞬、気を失いそうだったし、すごく怖かったよ。
一体、何の為に、こんなことをするのだろうね。
ぼくらは母と父の葬式のときはその儀式を行わなかった。(でも今回は、お姉ちゃんの旦那さんがその葬儀を決めたんだ。)
確かに家族の死体を切断して鳥に食べさせる鳥葬(Sky Burial)よりはずっとマシだろう…。
でもぼくはずっと、お姉ちゃんの崩される骨を観ながら、「ああ…厭だ…。」って感じてた。
ぼくは初めて、肉親の、その焼かれたあとの骨を観た。
死体と骨。生きていたときと、あまりに違いすぎる。誰もがそう感じることだろう。
お姉ちゃんの死因は、未だはっきりとわかっていない。
お姉ちゃんは今年の4月に胆石の痛みに堪えきれず救急車で運ばれたけれども、新型ウイルスの為にどの安心出来る大きな病院も満員で全く知らない病院へ運ばれ、手術を受けた。
その際に、お姉ちゃんは手術で別の内臓を誤って傷つけられた。でも医師はそれに気付かずにお姉ちゃんのお腹を閉じた。
明らかな医療ミスの為にお姉ちゃんは散々に、この約6ヶ月の期間苦しみ続けた。(一時は回復して、別のリハビリできる病院へ移ろうかと姉は話していたが、またその後に悪化したんだ。)
死因を特定するために、警察による検死解剖をされた。

傷だらけの身体、鬱血した赤い皮膚を隠す為、とても厚いドーラン(greasepaint)を塗りたくった顔面のミイラのようにされた。
それを最初に観た姉の旦那さんは、その傷のあまりの酷さ(邪険な扱い)に、彼等に悲憤をぶちまけたようだ。

(11月16日追記:あの隠されていなかった頭部の赤い皮膚は、鬱血ではなかったかもしれない。窒息死でもないのに頭部が鬱血するだろうか。
検死解剖を行う為には遺体を冷やすことができない為、お姉ちゃんの亡骸はきっと長時間冷やされてはいない場所に放置されて、その為に腐敗が進んで、皮膚が赤くなっていたのかもしれない。
腐敗させてまで、解剖を行わなくてはならない必要が一体どこにあったのだろう…?
もし、解剖していなかったなら、お姉ちゃんの亡骸はきっと生前に近いもっと綺麗な状態で、あのようなあまりにも痛々しく、見るに堪えない姿ではなかったのだと感じる。)

ぼくは入院中のお姉ちゃんの姿も一度も見れなかったし、死に目にも会えなかった。
その姿を知るぼくのお兄ちゃんは点滴を打ち続けていたその時の方がずっと顔が浮腫んでいて、酷い姿だったから、今の姿(死体)のほうがずっと生前の姿に近いと言った。
ぼくは最初、お姉ちゃんの死に顔を観た時、額の方の角度から観た。
まったく別人に観えた。あまりにショックだった。
咄嗟に、お兄ちゃんや甥っ子に「これがお姉ちゃんなん…?」と言ってしまったような気がする。
でもお兄ちゃんや甥っ子がその場を離れて、ぼくは顎の方からお姉ちゃんの顔を観た。
そしたらそのドーランをべったりと厚く塗られた顔だったけれども、お姉ちゃんの面影が確かにあった。
お姉ちゃんだとぼくは想った。
そしたら涙が溢れてきてぼくは咽び泣いた。
生きてるときのお姉ちゃんとは全然違ったけれど、やっと実感が少し湧いたから、深い悲しみに襲われた。
でもこの現実を受け容れられなかった。
別の場所から、「こず恵、何泣いてんねん。これは悪い夢やで。」って言ってひょっこり元気なお姉ちゃんが姿を表すことを願っていた。
ぼくとお兄ちゃんと上の兄のしんちゃん(一歳のときにぼくの母の姉のところへ養子に行った兄)とお姉ちゃんの息子としんちゃんの息子二人としんちゃんの内縁の妻のような恋人とお姉ちゃんと一昨年に夫婦の関係を持たない奇妙な結婚をしたお姉ちゃんの旦那さんと昔からの一番の仲の良い従兄弟、全員が揃った。
旦那さんと従兄弟は通夜の(食事を摂った)あとすぐに家へと帰った。
ぼくら全員、朝の6時頃まで飲み明かして、盛り上がって爆笑し合って話をするのとみんなで号泣しながら話すのを何度と繰り返した。(きっと良くある通夜の光景だろう。)
葬儀屋が良かれと想って用意した如何にも涙を誘うための耳障りな曲が延々とリピート再生されていた(あとで音量を下げることができることがわかった)が…ぼくは君の「Transcend」がずっと流れてたら良かったと心底想った。
もしくは、お姉ちゃんが好きだったデヴィッド・シルヴィアンの「Brilliant Trees」や「Secrets of the Beehive」、お姉ちゃんがこの曲が特に好きなんだと言った彼の「Nostalgia」がリピート再生されてたらどんなに良かったかと想ったよ。

お姉ちゃんは、すべてに於いて華やかで、明るい人だった。
とても綺麗で純粋で愛らしい性格であらゆる才能があった。
そして自分と他者に大変厳しくて、怒ると物凄く怖くて(陶器皿を投げられてぼくの肩に思い切り当たったとか、語り尽くせない…。)、男勝りで男よりも或る意味強いのにすごく傷つきやすくて、ぼくら兄弟(弟と妹)全員が一番に頼れる人だった。
兄弟のなかでだれよりも元気で明るかったけど、ずっと苦労して来た人だった。
お姉ちゃんがいるだけで、ぼくら兄弟みんなが深く安心できた。
お姉ちゃんがこの世界にもういないなんて、今でもぼくは信じたくない。受け容れたくないよ。
上の兄のしんちゃんが最後にお姉ちゃんと話したのは今年の5月、ビデオ通話でだった。
お姉ちゃんはそのときもすごく辛かったのはわかってるけれど、少しでも元気な姿を見せようとしたのだろう、点滴を打った状態の身体を起こしてベッドから降りて、少し歩いてしんちゃんに観せた。
お姉ちゃんの棺の前でぼくはこの話を聴いた。
お姉ちゃんはしんちゃんにそのとき何度も言ったんだって。
「こず恵が心配や…。」って。
お姉ちゃんは、ぼくのことが心配でならなかったんだ。
だからお姉ちゃんはずっと、入院しても一度危篤状態になっても、ぼくに連絡はして来なかったことをそのとき初めて知った。
ぼくはそれを聴いて、悲しくて堪らなかった。
それで噎び泣きながらぼくは言った。
「こず恵もお姉ちゃんがこず恵の言葉(連絡)でストレスにならんように、なんもメッセージ送らんかってん。(わたしも姉がわたしのメッセージによってストレスを抱えてしまうことが心配で、だから送らなかった。)」
ぼくはお姉ちゃんと仲直りしないままに、喧嘩した状態のままで死別したのだとみんなに言った。
でも本当は互いに信じたかった。互いに信じていた。
わかってたつもりだったけれど、でもぼくは不安も確かにあったんだ。
お姉ちゃんのなかで、ぼくの存在の重さについて。
忘れてるんじゃないか、とか…。
ぼくは自分でわかってたけれど、お姉ちゃんが入院しているのを今年の5月に知ってから、お姉ちゃんのことを考えることが苦しくて、それが堪えられない苦しみだった。
だから必死に想い出さないようにしていた。
お姉ちゃんは、絶対に退院して、またぼくと仲直りして、また一緒に買い物へ行ったり、みんなで集まって話したりする日々に戻らなくてはならないと想ってた。

ぼくはお姉ちゃんが必ず元気になって戻って来るだろうと信じていた。
まさか、このまま、(この世界で)別れることになるなんてぼくは想わなかったんだ。
でも、やっぱり不安だったんだ。
もしかして、このまま、もう会えないんじゃないかって。
ぼくはお姉ちゃんが、やっぱりぼくのことをすごく心配してくれていたことを知って、本当に嬉しくもあった。
ぼくは棺のなかで眠るお姉ちゃんに餞の花を入れて涙を流しながら大きな声でみんなの前で言ったんだ。
「お姉ちゃん、たくさん苦しめてごめんなさい。またいつか、絶対に会おうな。絶対に再会しような。絶対に再会できるって、こず恵信じてるからな!」
みんな餞を棺へ入れ終えて、これから火葬場へ向かうと言われた時、ぼくは堪らず大声を上げて泣いてしゃがみ込んで、壁に凭れて慟哭した。
ぼくはそのとき、冷静に、あのときと一緒だなと想った。
2003年12月30日にお父さんがぼくをこの世界に残して去ってしまったとき。
お父さんの身体を火葬し終えて、みんなでその場を離れて帰ろうとしたそのとき、ぼくはふと、空を見上げたんだ。
そのとき想い出したんだ。
いつだったか、お父さんと一緒に釣りへ出掛けたときに、ぼくは釣りをしないで、お父さんの近くを散歩していた。
それで空を見上げたんだ。
綺麗な縹色の空だった。
でもぼくは想ったんだ。
ああ、ぼくは、この美しい空を見上げても、目の傷がたくさんうようよと動いて邪魔をしてしまうんだ。
ぼくは本当の空を観ることができないんだって。
清々しく良く晴れた心地良い陽気の春か秋の日だった。

ぼくはそのときのことを懐い出したんだ。
その瞬間、ぼくはこの現実に襲われた。
ぼくはもう本当に二度と最愛のお父さんと会えないんだ。って。(ぼくはその頃、すべてが永遠であることを信じることができなかったんだ。)
ぼくはその場で空を見ながら大声で「うわあああああぁぁっ…」と叫んでその場に崩折れた。
そのとき、一番最初にぼくの背に手を触れてぼくを支えようとし、ぼくに声をかけたのはお姉ちゃんだった。
確か、お姉ちゃんは泣きながらこんなことを言ってくれた。
「こず恵…お前の辛さをわたしはわかっとるよ…。」
わからない…そのときの記憶が曖昧になっている。
でもお姉ちゃんはぼくを励ます言葉を一緒に泣きながら、ぼくを支えながら言ってくれた。

今、時計を観たら日にちが変わって、10月28日になっていた。
昨日の27日(なんだか遠く昔のように想える…)、ぼくは慟哭したときに、そのときのことをぼくは想い出したんだ。
想いだして、余計悲しくて、少しの間ひとりで声を上げて泣いていた。
あの場に、元気なお姉ちゃんがいたなら、きっとあのときと同じように真っ先にぼくの元へ来て背をさすって、泣きながら何かぼくを励ます言葉を言ったんだろう。
でももういないんだ。
「こず恵ちゃん、だいじょうぶ…?」と心配する声を聞いた気がするけど、ぼくはひとりだと感じた。
ぼくはひとりで(みんなとの距離を感じながら)、慟哭して少しの間そこでしゃがみ込んで泣いていた。
ぼくはあとで、あのときにお姉ちゃんが乗り移ったんじゃないかと感じた。(いつでも何かが突然取り憑くかのように慟哭は起きるものだ。)
だからぼくはお姉ちゃんと一緒に、もうこの世界で会えないことに悲しんで、互いに後悔して慟哭して泣いていたんじゃないかって。
少し前に、ぼくはこんな言葉をTweetした。

亡くなった人に対して良く言われる言葉。
「自分のなかでずっと生き続ける」
実際そうなんだ。
私は私の姉を私の外では喪った。
今、わたしのなかで姉と話をして、一緒に笑ったりしている。
姉は私の外の世界から私の内なる世界へと生きる場所を変えただけなんだ。
わたしとお姉ちゃんは一つになった。

お姉ちゃんともう話ができないなんて、ぼくはとても堪えられない。
ぼくはもうこれから、お姉ちゃんとぼくの外では話せないから、自分のなかでお姉ちゃんと話すことになったんだ。
ぼくはもう、この世界ではお姉ちゃんと会えないから、ぼくとひとつとなったお姉ちゃんとぼくは会うんだ。

でもぼくはこの今の限界を、これから超えてゆく。
ぼくだけじゃないよ。
ぼくら生命と存在、そのすべて、ぼくらは本当に超えてゆけるんだ。
その可能性に満ちている世界にぼくらは生きている(生かされている)。
ぼくは決して死を恐れない。
ぼくはもう散々、死を恐れ続けてきた。
でもその死とは、”本当の死”ではなかったんだ。
ぼくらはみな死を、勘違いしつづけて来た。
これからぼくらは、そのことに気付くだろう。
そしてそれを、超越してゆく方法を知るだろう。




Your soul comrade.こず恵より







The Sky and Me in My Sisters Car







System96 · Transcend




















17年前と17年後の今

陽が差して来て、陽が陰るのを繰り返す。
そんな安らかで静かな午後の部屋で。
今日はとても風が強いよ、お父さん。
17年前の今日、ぼくはお父さんを喪って泣いていたのに。
17年後の今日、ぼくは大切な存在を喪ったかのように泣いている。
ふたりは、ちいさなちいさな彼らは、ぼくのことをまだよく知らない。
ぼくも、彼らのことをまだよく知らない。
でも彼らを、ぼくはお店から連れて帰って来た。
彼らは他の子たちより、安く売られていた。
ぼくは、一目見て、彼らを買うことを決めた。
彼らは、ちいさなちいさな身を寄せ合い、共に眠っていた。
ぼくは初めて、彼らに触れた。
とてもその身体は、あたたかかった。
柔らかい彼らは怯え、ふるえてぼくの手から離れた。
ぼくは店の者に訊ねた。
彼らは兄弟なのか?
店の者が言うには彼らは血は繋がっていないが、幼いときからとても仲が良くてずっと一緒にいた。
ぼくはふたりをちいさな箱に入れて家に連れ帰った。
帰りは真っ暗で、雨が降って来た。
とても寒い日で、ぼくは傘を持っていなかった。
ぼくは箱のなかの彼らを覗いた。
彼らは身を寄せ合い丸まって眠っていた。
約一時間歩いて、彼らと共に、ぼくは家に帰って来た。
ぼくはひどく疲れきっていたが、ほんとうにホッとした。
その日からまた、ぼくの家は賑やかになった。
ぼくは彼らが、ふたりで共に暮らし、ふたりで共に食べ、ふたりで共に眠る姿を眺めるのがほんとうに好きだった。
ずっとこんな日がつづくことを心から願っていた。

でも、今日、それは終わってしまった。
もう二度と、そんな姿をぼくはもう見れなくなった。
まるでママをパパが殴って、ママとパパの微笑み合う姿を二度と見ることはできなくなった幼い子どものように、目が痺れるほど独りで泣いた。
もう戻れない。
何故こんなに、世界は悲しいの…?お父さん。

肌色のちよっちは、お腹に傷を負い、初めて少し出血した。
黒色のしろっちが噛んだか、引っ掻いたのか、軽めに噛んだつもりが歯が引っ掛かった状態でちよっちが急いで逃げて皮膚が裂けたのか、わからない。
ちよっちはとても元気なのにしろっちは元気がまるでない。
ぼくは彼らを別々にした。

ぼくは彼らを愛している。
でも彼らはもう一緒に暮らせない。
もう二度と、ちよっちとしろっちは、共に眠ることができない。
どんなに寒い日も。どんなにさびしい日も。
あたたかい身を寄せ合って、共に眠りに落ちることもない。
取り戻せない時間は、どこに存在してるの…?お父さん。
どこかに、今も存在しているんだ。
今も、ふたりは、共に眠り、同じ夢を見ている。



























ぼくの永遠の少年神Khonnorが、帰ってきたよ。

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人間は何故、音楽を聴いて、感動して涙を流したり、哀しんだり、希望を貰ったり、絶望したり、不快さを感じたり、つまらなさを感じたり、するのだろうか。
ぼくは”音”と、”色”の関係、”音”と”色”と”光”の関係、そして”音”と”色”と”光”と”波(干渉)”の関係について、潜在意識でずっと熟考してきた。
そしてそれらは、”水(液体)”と関係していることに、気づいた。
”音”とは、”言葉”で在り、感情と思考というエネルギー(念)体であることにも気づいた。
それらのすべては、存在のすべてが、生まれる瞬間に生まれたものであり、ぼくらの存在とは、そのすべてであることに、ぼくは気づいた。
でも、ぼくらの本質的なものが音だとしても、ぼくたちは最初から、”音楽”であったわけではない。
言い表すなら、それは無機質な音であり、無機質な言葉であり、無機質な感情と思考であっただろう。
それらが、何を経て、音楽をみずからの内から紡ぎ出し、音楽を奏で始めるようになったのだろうか。
音楽とは、ひとつの物語である。
そのひとつの曲のなかには小さな物語が。作者が渾身を込めて創ったアルバムのなかには、壮大な物語が、隠されている。
一つのアルバムを聴き終わったあとに、言葉にすることのできない胸が苦しいほどの感動のなかで、心が打ち震えたことが、あなたにもあるのではないだろうか。
もしかしたらすべての存在が、そんな物語(生涯)を終えて死ぬのかも知れない。
でも世の中には、糞つまらないなと感じる音楽で溢れ返っている。
何故なのだろう?
何故、こんな聴き続けることが精神的拷問に感じるほどの糞つまらない音楽を沢山の人達が聴き続けて賛美したりしているのだろうか?
今までに、本物の才能を持ったアーティストたちが、ほとんど誰からの注目も浴びることなく、孤独に死んで行っただろう。
それはその作品が、あまりに先を行っていたから、ある次元を超えてしまっていたから、低次元の人々はそこに存在するものの価値が、理解できなかったからだろう。
だがゴッホやピカソやマグリットやアルチュール・ランボオや中原中也や町田康やRadioheadやラース・フォン・トリアーなどの作品の真の価値を、一体どれほどの人間が理解できているのだろうか?
ぼくらはその半分の価値も、理解できてはいないのではないだろうか。

長くなってしまったが、ぼくはぼくの最も愛し続けてきたアーティストの一人としてぼくのなかにずっと存在してきた”彼(Connor Kirby-Long)”の実に15年振りの、死の淵から蘇生した彼のニューアルバムを、言葉で表現することがやはり難しい。
ただ彼の復帰とこのアルバムを知った5日前(6月15日)からずっと、彼のニューアルバムをずっとずっと一日中聴いている。(それは聴けば聴くほどに素晴らしくなってくる!)
全体で37回ほど再生しているのにまだ、このアルバムをどう表現したら良いのか、頭を悩ませていて、そして何度とハッと気付かされる。
それは当然ではないか。
真に優れた音楽とは、真に優れたアルバムとは、”存在”が、生まれた瞬間から今までのその過程のすべての経験を、表現したものであるはずだからである。
そしてそこには、自分と他者という境界が、存在していない次元に存在している音たちの戯れが、物語を奏でているのである。

ぼくは、彼が生きて戻ってきてくれたことが、あまりに嬉しくて、彼の悲しみが、あまりに哀しくて、彼の新しい名義Cclcngの新しいアルバム「Niagara Falls」を聴きながら、すべての存在に対する存在としての根源的な悲しみと孤独を、歓喜を、みずからの内部の底の底の方で、感じつづけないではいられない。












Quantum Natives · Cclcng - Dangerous







https://soundcloud.com/cclcng
Cclcng - Niagara Falls (QNR035)(彼のニューアルバムを無料でダウンロードすることができます。)


永いブランク期間に彼の身に起こったことについて、彼がインタビューに答えています。
Khonnor returns as CCLCNG


以前のKhonnorの記事


最後に、ぼくから、人類に向けて言いたい。
彼は本物の天才である!
そして彼は、わたしたちと同じこの地球(次元)に、愛のうちに、生きている!












もう目覚めぬ夜の

今日は、父が死んで、16回目の12月30日。
お父さんは、知っているかな。今年の10月11日に、こず恵と共に、11年半もの月日を生きたみちたが死んだ。
父とは22年と4ヶ月、母とは4年と9ヶ月、わたしは共にいた。
みちたはわたしにとって、二番目に、わたしの側で共に長く生きて、わたしより先に死んだ存在だ。
つまりわたしは、わたしを、またも喪った。
わたしはわたし自身を。
どうして耐えられているんだろう?心から、不思議に想う。
自分をもう3人も亡くしたのに、わたしは今でも、時に笑ったりするよお父さん。
わたしは11月9日から、母が通った場所と、同じ場所に通ってる。
エホバの証人の王国会館という場所だ。
今は週に2日、王国会館で行われる集会でエホバの証人たちとの交わりに参加し、週に一度、聖書の研究を姉妹のお家で行っている。
そしてここ何日も、一日中動悸に悩まされていて、胸が痛い。
わたしは…自分に降り懸かる試練を呪ったりはしないけれど、耐え難いものがあるよ。
自分の信念と、母の信念が、本当に違うものなのか?それをわたしは確かめようとしている。
母が信じた神と、わたしの神の、どこが違うのか?そしてそれは違わないということがわかるまで、わたしのこの苦しみは取れないだろう。
こないだ、想いを寄せる長老である兄弟に、直接こう問い掛けた。
だれひとり、滅ぼさないで欲しいとエホバに祈り続けるのならば、その祈りをエホバは聴いてくださるのですか。
兄弟は、エホバへの祈りは、聴き入れられるものと、そうではないものがあると言われた。
エホバ神は、自分を喜ばせる者の祈りだけを、聴き入れられるお方なのである。
自分は、これを知り、がこんっ、と鈍い音のする鈍器で脳髄を思い切り殴られたような衝撃を受けた。
わたしは、スピリチュアルに深く傾倒している人間であり、すべての存在は永久に不滅であると信じている。
だがその確証は、どこにも存在しない。
もし、エホバ神が全宇宙の真の神であられ、この世界は無慈悲にも、エホバに逆らう存在は永久に滅ぼされてしまう世界だとしたらどうする。
その可能性の存在を、深刻に考えるべきである。
わたしは、エホバが真の神である可能性がある限り、エホバへの祈りを、し続ける必要があるのだということに、今更気付いて、胸が張り裂けそうだ。
エホバが求めているものとは、イエスと同じ犠牲である。
その犠牲なくして、どうしてわたしの祈りがエホバに聴き入れられようか?
信じたい神を信じていたらそれで良いなんて、言ってられない。
すべてに可能性がある世界じゃないか。
何が真の真実であるかを確実に見極める力がどこにあるのか。
もうすぐ、年も明けるな。年越し蕎麦には、玉ねぎの掻き揚げでも入れようかしらん。正月の夜にすぐに飲めるために、屠蘇酒を前もって作っておかねばなぁ。その為に味醂も買っておいてある。ははは。俺は準備が良いなあ。などと疲れ切った虚ろな目で考えている人間の何処に?この全宇宙の真理を見極める力が存在していようか?
わたしは人間の能力には限界があると言っているのではない。
すべては無限の力を秘めていると信じている。
だがそう安易にも、本当のことがわかるとは、想っちゃいない。
エホバが真の神ならばどうする?
イエスは終末の様子を、こう述べている。


天と地は過ぎ去りますが,私の言葉は決して過ぎ去りません。
その日と時刻については誰も知りません。
天使たちも子も知らず,父だけが知っています。
人の子の臨在の時はちょうどノアの時代のようになります。
洪水前のその時代,ノアが箱船に入る日まで,人々は食べたり飲んだり,結婚したりしていました。
そして,洪水が来て全ての人を流し去るまで注意しませんでした。
人の子の臨在の時もそのようになります。
その時,2人の男性が畑にいて,一方は連れていかれ,他方は捨てられます。 
2人の女性がひき臼を回していて,一方は連れていかれ,他方は捨てられます。
それで,ずっと見張っていなさい。
主がどの日に来るかを知らないからです。


これは新世界訳(エホバの証人だけの聖書)の今年に改訂された新訳版の、マタイ24章35節から42節の聖句である。
知る人ぞ知るシルバーバーチという聖霊たちのメッセージは、イエス・キリストから来ている。
イエスの預言を、スピリチュアリストは決して軽視することはできない。
終末の時には世の半分の人類は神のもとへ連れてゆかれ、残りの半分は、神のもとではない何処かに、捨てられる。
聖書では終末のあとに千年王国が訪れて、すべての死者は復活させられるが、その神による千年統治の最後には、サタンが世に離されて、最終の審判によって、永遠に生きる存在と、滅びる(永久の滅びに至る)存在とに選別される。
そして神の王国が、真に実現し、その国は、永遠に、存在し続ける。

わたしは同じ日(28日)に兄弟に、震える声で切実にこうも問い掛けた。
わたしがエホバに背いて、わたしが滅ぼされても、エホバに忠実である母は永遠の楽園で幸福に生きるのですか。
すると兄弟は初めて深刻な顔で言葉に詰まり、じっと俯いて少しの間考えておられた。
そして優しい笑顔をわたしに向けて穏やかにこう訊ねた。
上田さんは、お母さんを喜ばせたいですか?
つまり兄弟は、こう言いたかったのだ。
お母さんを喜ばせたいのであれば、エホバに喜ばれる生き方をするべきなのではありませんか?
そう…兄弟は、わたしのこの問いに、答えることはできなかったのである。
何故ならば、答えがNOである場合、楽園は幻想であるということになり、答えがYESである場合、わたしの母は、我が子が滅びようとも幸福でいるまるで心の死んだ自動人形のようであるからだ。
わたしは、あらゆる意味の悲しみに、打ち拉がれているのに、何故か心は同時に、あたたかくもあるのだった。
それはエホバの証人が、本当に愛の深い人間たちであるという幻想を打ち砕くことが、難しい(容易ではない)ことであることを、わたしが感じているからだった。
お父さんの命日なのに、お父さんのこと全然書いてへんね。
でも今日お父さんが夢に出てきたよ。
お父さんは実家で洗濯物を干していた。
今でもそこに、いるみたいに。
今、失われた時間のなかに、わたしも父も母も兄も姉もみちたもいる。
すべてが失った大切であたたかい時間が、すべての存在に戻る時間。
その世界を、わたしは楽園と呼ぼう。
もうだれも、耐え難い苦しみのなかで死んでゆくこともない。
わたしはその世界を、真の神の国と呼ぼう。
イエスの御声が聴こえる。
夜明けは近いから、目を覚ましつづけていなさい。
もう目覚めぬ夜の、深く静かな処から。

















夜明け前の声

今日で父が死んでから15年が過ぎた。

毎年、この命日に父に対する想いを綴ってきた。

人間が、最愛の人を喪った悲しみが時間と共に癒えてゆくというのはどうやら嘘であるようだ。

時間が過ぎて、父を喪った日から遠ざかってゆくほど喪失感は深まり、この世界はどんどん悲しい世界として沈んでゆく。

それはわたしがだんだん孤立して孤独になって来ているからかもしれない。

父の死と向き合う余裕さえないほど、日々は悲しく苦しい。

ここ最近毎晩、赤ワインを必ずグラスに6杯以上寝床に倒れ込むまで飲んで寝る。

胃腸の具合も最悪で歯もぼろぼろになって来ている。

こんな状態を続けていたら母の享年44歳までも生きられそうもない。

亡き最愛の父に対して、特に今は言いたいことは何もない。

もし父に再会できないのなら、わたしはまったく生きている意味も価値もない。

もしできることなら、タイムスリップしてこの気持ちを父に伝えて父を悲しませられるならどんなに喜ばしいだろうと想う。

父はわたしの為にもっと悲しむべきだった。

わたしがどれほどお父さんの為に悲しんできたか、それをお父さんは知るべきだ。

今も必ずどこかで生きているはずなのだから。

父は突然容態が急変した死ぬ一週間前に麻酔を打たれて眠らされた。

麻酔が打たれ、集中治療室のドアが開かれて、そこで眠っていた父の姿は、生きている人だとはとても想えなかった。

無理矢理人工呼吸器を喉の奥につける為、歯が何本と折れ、口の周りには血がついていた。

あとで折れた何本かの歯は肺に入ったと半笑いで若い女医から聞かされた。

喉には穴が開けられそこに人工呼吸器が取り付けられ、眼は半開きで髪はぼさぼさの状態でベッドの上に父は寝ていた。

無機質な白い空間のなかで冷たい器具に囲まれ、父は何度もそれから死ぬまでの一週間、肺から痰を吸引する時に鼻から管を通す際、必ず麻酔から少し醒めては苦しそうに呼吸した。

それでも一度も意思疎通はできずにそのまま父はあっけなく死んだ。

その間の父の肉体的苦痛と死を想っては、わたしは精神的な地獄のなかにいた。

もしかしたらあの一週間の間、拷問的な苦痛が父を襲っていたのかもしれない。

でもわたしたちは側にいても何もしてやれなかった。

姉と交代で集中治療室の父の側で眠る日々の絶望的な地獄の時間を想いだす。

父が側で拷問を受けているかもしれないのに、わたしはそれをやめろとも言えなかった。

ただ側で眺めて、苦しんで涙を流すしかできなかった。

一週間後に死ぬことがわかっていたなら、あんな苦しい目に合わせずに済んだと。

後悔してもしきれない。

何のために父があれほど苦しまねばならなかったのか。

何のために母は全身を癌に冒され死んでゆかねばならなかったのか。

今ではそんな疑問も持つことはない。

わたしたち人間のほとんどは、それを与えられるに値する罪びとだとわかってからは。

言い訳をすることすらできない。

いったい神に対してどんな言い訳ができるだろう?

何年か前に見た映像の屠殺された後の牛の血だらけの頭が、父に見えてしまったことは本当なんだ。

何故わたしたち人間は、それを回避できるだろう?

何故わたしたち人間は、安らかな死を許されるだろう?

何故わたしたち家族は、この死ぬ迄消えない苦しみについて、神に対して苦情を申し立てることができるだろう?

わたしたちのほとんどはまるで幼子の様に善悪を分別することすらできていない。

人類に耐え難い苦しみが終らないのは、人類が動物たちに耐え難い苦しみを与え続けているからなんだ。

堪えられる苦痛ならば、自ら命を絶つ必要もない。

堪えられないから自ら命を絶った人たちのすべてがわたしたちの犠牲者なんだ。

何故わたしたちがのうのうと楽に生きて死んでゆくことが許されるだろう?

神が存在するのならば、わたしたちのすべてはすべての存在の為に犠牲となって死ぬ世界であるはずだ。

安楽の人生と安楽の死を求めることをやめてほしい。

きっと求めるほど、罪は重くなり地獄に突き落とされるからだ。

楽園を求める者、弥勒の世を求める者は今すぐ耐え難い者たちを救う為に立ち上がって欲しい。

最早、父の死を悲しんでもいられないほど、深刻な時代だ。

ナチスのホロコーストが、20年以内に日本でも起きるかもしれない。

数10年以内に、肉食という大罪により、人類は第三次世界大戦と世界的な飢餓と水不足と大量殺戮と人肉食と大量絶滅を経験するかもしれない。

人類はいつまでも幼子でいるわけには行かない。

夜明け前はもっとも暗い。

わたしたちはすべて、受難への道を進んでいる。

それがどれほど苦しいことなのか、想像することもできない。

世界の家畜頭数はFAOの2014年データによると、

    世界の人口は73億人
    牛は14.7億頭
    豚は9.9億頭
    羊は12.0億頭
    山羊は10.1億頭
    水牛、馬、ロバ、ラバ、ラクダなど大きな家畜を含めると合計して50.0億頭
    鶏は214.1億羽

世界の人口の4分の1は15歳未満の子供であるので、世界全体で、だいたい大人1人当たり、約1頭家畜を飼っていることとなる。

また鶏は採卵鶏あるいはブロイラー等として214.1億羽飼養されているので、人口1人当たりでは、2.9羽飼っていることとなる。

鶏以外のすべての四肢動物は人間の3歳児ほどの知能があり、同じほどの痛覚を持っているとされている。

3歳児の痛覚と、成人の痛覚はどれほど違うものなのだろうか?

 

すべての人類の罪を、すべての人類によって分けて償ってゆく必要がある。

楽園は存在しない。

でも救いは必ず存在する。

殺されゆくすべての動物たちはわたしの父であり、母である。

夜明け前、わたしは一本の蝋燭に火をつけ、寝椅子に座り目を瞑った。

そして禁じられた夢の最中にわたしの名を呼ぶ大きく響く声で目が醒めた。

『こず恵』

その声はお父さんとお母さんの声の合わさった声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
プロフィール

白空

Author:白空
1981年8月4日生

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ナレーション:ホアキン・フェニックス

音楽:Moby

『アースリングス』

肉食と食料問題(飢餓問題)
先進国の5人に一人が肉食をやめると、飢餓が解決すると言われています。
アンゴラ・ウール・フェザー・ダウンの作られ方
毛や羽毛を取るためには残酷な虐待をしなくてはなりません。 そして最後には殺されてしまいます。
犬や猫も生きたまま毛皮をはがされている
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