光るみなも白い空

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滅亡5分前の生中継

こないだ、ぴんぽんとチャイムが鳴り、てっきり宅配便だろうとオートロックを解除したらば、ドアの前に立っていたのはどの宅配業者でもなく、NHK受信料徴収員のあんちゃんであった。
俺は騙されたあっと思ってオートロックを解除したことを後悔し、背の高いあんちゃんに向かって猛烈に怒りをぶちまけた。
「なんで観てないのに払わなくてはならないのか納得がいかない」という訴えから始まり、相手が「払う義務が法律で定められている」と抜かしゃがったので、果てには「何故この世に政府があるのか?政府とはなんのためにあるのか?民衆のためにあるんじゃないんですか?NHKが儲けるためにあるんですか?」と早口でやくざまがいにまくし立てた。
そして何度も「ほんま毎月、かつかつなんですよ」と貧困状態を訴えたものの、相手はそれでも引き下がらない。
「生活保護受けてて、カツカツなんですよ」と言ったら生活保護者はNHK受信料は免除になると言われてわれもそれ思い出して、「あ、ほんまや、免除なるんやったら、ほな契約しまっさ」としゃあなく受け入れて、面倒くさかったが、契約書に名前住所などを書いて判を押した。
しかしここで、徴収員のあんちゃんは「あなたのアンドロイドを見せてください」と言い腐ったので、なんで見せなあきまへんねん、と想いながらも「ワンセグついてなかったと思うけどなぁ・・・」と言いながら自分はアンドロイドを部屋に取りに行ってあんちゃんに画面を動かして見せながら、「ほらね、ワンセグのアプリどこにもありませんでっしゃろ?」と言ったのだが。
あんちゃんはしつこいあんちゃんで、「もう一度、お願いします」と抜かしてけつかりよる。
なんでもう一度自分のプライバシーな携帯の画面を見せなくちゃならんのだと想いながらもしかたなく、もう一度画面を見せてやったらば、「ね、ないでしょ?」「うーん、おかしいですね、あるはずなんですが・・・では機種の番号を教えてください」と言うので、機種番号を教えると、あんちゃんは自分の携帯でそれを調べ始めた。
そないだ「月々、500なんぼなんですよ、このアンドロイド」「やっすっ、安いですね~」「うん、ビッグローブでね、WIMAXで使ってるんすよ」などと世間話をしていた。
そしてあんちゃんが調べた結果、俺のアンドロイドはワンセグ付きのアンドロイドではないことが判明した。
「それじゃ、契約する必要はありません」と非常に残念そうな顔であんちゃんは言って、俺がせっかく書き記した契約書に大きく×をつけて、俺のほうがなんだか申し訳なくなって、「すんませんなあ」と言って、あんちゃんはそれ以上に申し訳なさそうに謝罪し、俺がドアを閉め切るまで、まるで天皇に深く頭を下げたオバマ元大統領のごとくの角度で頭を下げていた。

俺はその姿に感心して、俺が実はテレビは観ないがNHKの番組は好きでたまにネットでアップされたのをよく観ていることをあんちゃんには言えなかったことに後ろめたさはまったく感じなかったが、その代わりに、ありがとうとNHKに心のなかだけでの感謝を告げた。

そして今日、テレビにまつわる奇妙な夢を俺は見たのだった。

この世界はどうやら、もうあと数十分とかそこらで、滅亡することがわかっていた。
人類は間違いなく滅亡することがわかった今、テレビは何を伝えるか?
俺はテレビをつけて、その画面に映る人間たちを眺めていた。
するとまず、そこにはマチャアキこと堺正章が司会者たちにマイクを向けられ、沈痛な面持ちでカメラを向けられていた。
俺は小学校の卒業アルバムに好きな人ってところに「堺正章」と書いたくらい、当時は好きだったの。
最近、姉が堺正章ってお父さんに似てきたよなあ!っとスカイプで言ってきて、たしかにどこかが似ている気がした。
まちゃあきは日本のチャップリンと言えるような優れたコメディアンだったが、あと数十分ですべてが滅びゆくこのときには、その生真面目さが深刻さを破る隙を許さなかった。
まちゃあきは声を振り絞って何かを言おうとするのだが、それが声になることがなかった。
カメラは別の場所のカメラに移り、そこにも悄然とした顔で俯く男が一人、司会者たちに囲まれてマイクを向けられ立っていた。
その男は、大竹まことであった。俺はこのとき知ったのだが、大竹まことの愛する師匠は堺正章であり、堺正章の最も愛する弟子も大竹まことであったようだ。
まちゃあきは、我が愛する弟子が何を言うのかをじっとカメラを通して眺めていた。
しかし大竹まことも何も言葉を失った様子で、ただカメラの向こうをじっと見つめていた。
そこには愛する師匠が自分を見つめ返していることを知っていたからである。
そして大竹まことはまたもや俯いて目頭をぐっと指で押さえつけた。
するとまちゃあきも同じように感極まった様子で、自分の目頭を押さえつけ、必死に涙を我慢している様子であった。
感動的なシーンであった。すべてが滅び行くまえの、この言葉のない無声の生中継の映像が伝える人間たちの悲しみに感動しない者はあろうか。
誰もが黙っている数分間の間にも、司会者はマイクを下げることはしない。それが仕事だからであろう。
何故このときに、わたしたちは大竹まことにマイクを向けているのだろう?そんなことを考えながらもマイクを下ろすことは自分に対して許されないことだと、そのマイクを持つ手が細かに震えていたことをわたしは見逃したかもしれない。

数分か、数十分かの沈黙を切り裂く言葉が、ついに大竹まことの口から発せられた。
大竹まことはいつものあの独特な雰囲気と表情でこう言い放った。

「わたしの顔のアップが、数十分の沈黙の生中継に耐えうるものだとわかったので、想い遺すことはもうありません」

その場と全国の茶の間に妙な苦笑の広がる空気が流れた。

そして世界は、大竹まことの言葉の残響とどアップの顔を視界に焼きつかせたまま滅んで行ったのであった・・・・・・。










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坂口安吾「白痴」観照

坂口安吾の「白痴」の感想といいますか、自分なりの解釈を述べようと想います。
自分は本の感想文と言うのが大変苦手でして、滅多に本の感想を言わないのですが、この「白痴」はいくつも色んな解釈がしていけてとても面白い人間の心理が隠れていて色々と考えさせてもらえる面白いお話です。
縦書き文庫 - 坂口安吾「白痴」
青空文庫 - 坂口安吾「白痴」

なんで読もうと想ったかというと

これが観たくて読んだのですが、町田康は我が師匠ですので、これは読まんと観れんと想いまして
これだけ観ても「白痴」の内容はわかりますが、是非さっき載せたサイトのネット文庫(無料で読めます)で先にお読みになって頂きたいです。

で、この「白痴」は何年か前に漫画のほうで読破してしまいまして、漫画では特に何も残らないものでした。
文学は先に漫画で読むべきではないのではないかと少々、危惧するところがあります。
坂口安吾はそれでか、あまり自分は好きではないかもしれないという「読まず偏見」でおりました。

昨晩やっと読みまして、読んだ後に湧いてきた解釈がひとつ、あったのでまずはそれを載せたいと想います。

昭和20年頃、舞台は終戦間際の空襲で日本が破壊される日を今か今かと恐れる極限的な東京、伊沢(いざわ)という生活を嫌い芸術を愛する映画の見習い演出家の男が、隣家に住む白痴の人妻オサヨに気に入られて、そこから周りの目に隠れながらの関係が始まるわけですが伊沢は終始、自分の頭の中で自分自身に苦悶し続け、またオサヨに対する目も尋常では在りません。

昨晩は、この伊沢という男の心理は別段おかしな心理ではなく、人間誰しもが持っているであろう普遍的な心理であると思えました。
極限状況だからこうなる、というわけではなくて、伊沢はオサヨを心の底から差別していて、その自分の醜さが気に入らなかった。
芸術の高潔な美しさをひたすら追い求めている男ですから、自分の卑小で俗悪で醜悪なこの心理に苦しんでいる。
人というのは人を差別していることが苦しいことですから、その苦しみを克服したくてあえて差別している人間を自分の中で美化させて義なる存在に仕立て上げてしまうのです。
そうしてどうにか受け容れようと奮闘するわけです。

それは差別しつづけることで自分の醜さと向き合い続けるより受け容れられることのほうがずっと楽だからです。
でもそこには本心から美しいと想っている心が在り続けるわけじゃありませんので、一種の逃避術で誤魔化しですから、その幻影というものが剥がれ落ちると、幻影を観る前よりも一層相手が醜く見えて、その醜さが自分の醜さであることがわかっていますから、前以上に自分に対して絶望してしまう。
「棄てることも面倒だ」っていうのは、もうこれ以上、俺はしんどい想いをするのが面倒だって言ってるわけですね。ここで相手を棄てたら相手を棄てる自分の醜さに今以上に向き合い続けて生きなくてはなりませんから。


っていう、まあ”人間の普遍”という誰でもあるような心理かなと想いました。
でも約5時間ほど寝て、何かまた母親で父親でもあるような存在に向かって怒り叫んでいるというよく観る悪夢を観て目が醒めまして、あの怒りってものすごいエネルギーで、富士山も噴火するんじゃないかというくらいの根源的な怒りで、底のないような悲しみからの怒りの変換であり、新生児の怒りそのものだよな、なんてことを考えていますと、また布団の中でこの「白痴」の解釈に繋がっていきまして、また違う解釈が生まれたんです。

それはどういうものかと言いますとね、
ええと、なんやったかな。まずね、伊沢という男、こいつがね?彼奴(きゃつ)がね、実のところ、オサヨという白痴の美女を、もう、もんのすごい「手篭めにしてやりてぇぜ」、みたいな、いやらしい肉欲の塊の男でして、まあそれも普遍的な男の本能なわけですけれども、とにかく伊沢はオサヨに対して、その姿を見るたんびに欲情していたと。実は。
しかし低俗な動物的な人間というのをこれ忌み嫌う伊沢でありますから、その理智的な表情の奥に自分の醜い怪物は封印せねばならなかった。
それは伊沢自身さえも、気づかないほどの激しい秘匿(ひとく)であったため、自分自身も気づくことができていなかったと。

それなのに、オサヨという女はそんな伊沢を気に入ってまるで新しくて優しい飼い主になつく仔犬のような純粋さ、素直さで伊沢の家で寝泊りを始めだす。
オサヨは自分に愛されたがっているんだということがわかった伊沢は、無償の愛で愛して遣れる男だよ、俺はね。とオサヨを安心させようとする。
しかし伊沢はそんなことを言って優しくしている自分の汚さに感づいて厭になります。
何故なら、目のまえには美しくて幼女以上に透きとおった手篭めにしたい女オサヨが肉々しくもいるからです。
伊沢は自分は自分の差別して見下している世間の人間たちとなんら区別のつかない浅ましい人間であるのにそれをオサヨに隠している自分に対して辟易とします。

しかし伊沢は生きる気力のある男なのです。
太宰治なら、もうここで心中してしまったかも分かりませんが、伊沢はそれでも女と生きることを”何故か”選ぶわけなんだす。
極限状況に置かれるほうが生きたくなるのはもっともだと想いますが、日本の明日はもうない、という絶望的な時代なので、何が必要かというとそこにはやはり”希望”が必要になってくるわけです。
伊沢が何に絶望しているのか、というのは一つではありません。ほとんどに絶望しているわけですが、そこでも最も絶望しているのは、”自分自身の卑小さ”に対してなんだと想ったんですね。

オサヨが本当に美しいのは、その”心”の美しさで、伊沢はそこを見抜いていました。
そして心の美しいオサヨをまえにすると、自分の醜さ、つまらなさ、下らなさというものが厭というほど見えてきてしまうことに気づいてしまったわけです。
オサヨと自分は対極的な存在で、いつでもオサヨは美しくて自分は醜いのだと。
彼女が醜ければ、自分は欲情する醜さに苦しむこともなかった。自分の小ささをこれほどまでに見せられることなどなかった。

その伊沢の深層心理というものが、ここで倒錯的な形を帯びてきます。
伊沢は自分の醜さ、そのものをオサヨに投影し始めだしたのです。
それはいともたやすく成功し、彼女は醜い肉塊と成り果てました。
伊沢は彼女の”無意識”さを醜いと感じます。
最も美しいと感じていたはずの部分への愛を180度切り替えました。

そうすることで楽になりたい自分がいたことは確かでしょう。
でも同時にその投影は伊沢自身をまた新しい方法で苦しめる自虐的な方法でもあったわけです。
人(他者)を醜いと感じるその”心”こそ、醜いことを伊沢はわかっていたからです。
伊沢はどっちに、どこへ転ぼうとも絶望的な境地に陥らねば気がすまないほど、自分のこの”生活さ”を憎悪しておりました。
芸術の美しさの対極に在る”現実の悪”というもの、それといつでも闘っていたのです。
醜い自分の投影と成り果てたオサヨの胸に触れ、伊沢は本心では欲情するわけですが、心では自分はオサヨを醜いと感じているのだから、この欲情の醜さは虚構であり、真実は”苦悩するもの”としての芸術の美しさへと転じることができると想ったわけです。

つまり伊沢の芸術の美の定義は、”苦しみ”であったり”悲しみ”であったり、それが行き着くところ、それこそが美しいものとして自分を認める(赦す)ことができるのではないかと想いました。
ですから伊沢はあれでもないしこれでもない、とあらゆる”苦悩”へ挑戦しようと自分の心理の粘土を、こうコネコネ、コネコネと捏ね続けているような人間だったのではないか。
完成の形はどこなんだ、と。

まあそれを捏ね続けているのは伊沢であり、作者の坂口安吾なわけですけれども、とにかく苦しいものですから、苦しいほど人は捏ね続けられるというもんです。
で、伊沢はそうしてコネコネとして、自分の最も愛するというか美しいと想えるオサヨを最も気持ちの悪い醜女と化けさせることに成功いたしました。
「醜い」と心で罵りながらも欲情して女を抱く、サディズムな自分に対して伊沢は悦びを覚えていたのではないだろうか。
しかしそこに世俗的な悦びはあればあるほど伊沢は苦しむ人間でありますからマゾヒズムでもあります。
伊沢はこの苦しみも美ではないと感じて次なる転換を夢見ます。

そして訪れた東京大空襲。命からがらオサヨと大火の町なかを逃げ走り、オサヨが初めて”意志”からの決断を下したことに絶頂の快楽を覚え伊沢は逆上します。のぼせ上がるという意味ですね。
二人は逃げ通せることができたわけですが、ラスト、伊沢はこれまでにないほどの気色悪さを自分とオサヨに対して感じて虚無なる絶望のなかに堕ちます。
どこまで捏ね続けても美しさからかけ離れてゆく自分と、そんな自分の心境を知らんで豚みたいな寝息をたてて眠りこけているオサヨ。
豚ではないか、と。こいつが豚に見えるということは、すなわち俺も豚ではないか。
尻肉削がれていることに気づきもしないほどのぼせ上がっていた俺が豚だったのだ。
そうだ最も大きな快楽、その喜びを知るには、俺の最も心地の良い柔い肉から削がれ堕ちていかねばなるまい。





坂口安吾「白痴」観照 完




「この世界ってどんづまりだな」

「sheep sleep sharp」藤田貴大 インタビュー

藤田 貴大(ふじた たかひろ、1985年(昭和60年)4月27日 - )は、日本の劇作家・演出家。「マームとジプシー」主宰。

こういう若者が居ると、若者って俺の4つ下だが、こういう若者が居ると俺は、嬉しい。とても共感できる良いインタビューだったので好きな箇所を載せる。”言葉”っていうものは、言葉を信用しないほど、面白くなる。そこをわかってしまうと、もう言葉の魔力にとり憑かれてしまう。

以下転載。

最初から変わらず暗い世界で、言葉のなさを想像する

――2014年の『小指の思い出』を皮切りに、2015年には寺山修司原作の『書を捨てよ町へ出よう』を上演して、昨年末には『ロミオとジュリエット』があったわけですよね。三作とも青柳いづみさんは出演していて、そこで彼女は絞首台に立ち、パチンという音とともに自爆し、ティボルトを殺して自らも毒を飲み命を断つというキャラクターを演じています。藤田さんはオリジナル作品でも死というモチーフを扱うことは多いですけど、死っていうことについて他人の言葉を通じて考えて続けてきたということも、今回の新作に繋がっているんじゃないかと思うんです。

藤田 本当に、何でそんなことをずっと描いているのかわからないんですけどね。これは具体的に語るつもりはないんだけど、地元で起きた出来事というのがあって、そのことについてこないだ初めてネットで検索したんです。そのことに目を背けていたところはあって、自分の記憶の中の話としてしか考えないようにしてたんだけど、今度の新作について考えている最中に初めて検索してみたんです。僕の地元で起こったよくない事件がいくつかあって、検索して出てきたこともあったし、出てこなかったこともあって。ニュースっていうのは事実だけを並べ立てるわけですけど、やっぱり結構きつかったんです。僕は自分の記憶の中で「あの人はああいう人だったよな」ってことを追い続けてたんだけど、ニュースはめっちゃ俯瞰して事実だけが並べられていて、短い記事なのに何時間も読んでたんです。そこで改めて思ったのは、僕はやっぱり、死ぬ前に見た暗さみたいなことをやりたいんだなってことで。暗さっていうのはブラックアウトするとかってことではなくて、この世界って本当に暗かったなってことなんです。僕の知り合いの中にも、「この世界ってどんづまりだな」ってことを思った人が何人もいる。その瞬間みたいなことを、どの作品をやっていても考えるんですよね。

 その記事を読んだときにもう一つ思ったのは、2017年現在の社会のことで。去年あたりから明るみに出ていることはあって、これからどうなっていくんだろうって不安も年々急速に増してるとは思うんです。でも、そんなことが起こらなくたって最初から暗かったよなと思うんですよね。本当につらいなとか、本当に暗いなってことを感じてた人が身の回りにいる。その人たちが思っていたことがわかりやすい形で明るみに出るときってあるじゃないですか。震災もそうだし、政治のこともそうだと思うんだけど、それをきっかけに明るみに出ただけで、最初から最後まで世界なんて変わりはなくて、どの時代に生まれるかって偶然性があるだけだと思うんです。僕らの親の世代はあからさまに戦争を経験しないかもしれないけど、僕らの世代は経験するかもしれないとか、そういうレベルの違いがあるだけだと思うんです。どこでそれが明るみに出るかって問題があるだけで、最初から変わりない世界を生きているだけなんじゃないか。そんな世界をただ生きているっていうことを、戦争だとかそういうわかりやすいモチーフを入れずにやれたらなってことを思ってます。


――今の話を掘り下げて考えるためにも、もう少し『ロミオとジュリエット』について聞いておきたいと思います。あの作品で印象的だったのは、藤田さんが書き加えた「このことに言葉なんてない」という台詞なんですね。あの一行にすべて集約されているんじゃないかとさえ思ったし、作品全体にも言葉に対する絶望みたいなものを感じたんです。

藤田 やっぱり、「言葉とかじゃないよね」って思うことが年末にあったなと思っていて。言葉を扱ってきたけど、言葉でどうにかできないことって多いなと思ったんですよね。いろんな媒体があって、あいかわらず言葉を発しやすいじゃないですか。そこで皆いろんなことを言葉で形容しようとするけど、言葉がどうとかじゃないなと思ったし、言葉にしてしまった途端にチープになってこぼれてしまう感情がいっぱいあるなと思ったんです。言葉をやってしまっては駄目だっていう気持ちがない人の言葉は聞きたくないなと思ったし、言葉なんてないんだってことが前提にある言葉じゃないと自分は嫌だなと思ったんですよね。



魂というもの 町田康/『ゆらぐ玉の緒』古井由吉

 昨年の春から秋にかけて体調を著しく損なった。原因不明の発熱が続き、身体に力がまるで入らず、頭のなかも濁って仕事もできない。ならばというのでハッピーな感じの本を手にとっても三行でいけなくなってそれ以上読めない。

 最初は風邪が治りきらぬのだろうくらいに考えていた。ところが夏になっても症状が治まらない、それどころか秋口にはより深刻化して、体重は八瓩も減り、これは、もしかしたらもしかする、と思い始めた。

 しかし、秋が深まるにつれて次第に症状が治まっていって、熱も出なくなり、なんだかわからないのだけれども、数ヶ月のうちにどうこうなるということはなさそうで、まあよかったこと、恐らくはそれまで浴びるように飲んでいた酒を急によしたので、身体がとまどいしたのだろうと決まりを付けた。

 けれども本当の原因がはっきりしないので治ったわけではなく、言っているうちに死ぬかもしれない。そう思うと、死んだら自分はどうなるのだろうか、ということをどうしても考えてしまうが、けれども死んだらその考えもなくなってしまうのだから、考えたってしょうがない。というか、考えがなくなるということを考えは考えられないようになっていて、考えが、考えがなくなること、を考えようとすると、考えが急にボヤボヤし、そのうち朦朧として知らない間に眠りに落ちて、或いは別のことを考えて、そんなことを考えていたことを忘れてしまっている。

 だからあ。そんなことは考えてるのは無駄だから、生きている間はそんなことは忘れて釣り竿の手入れをしたり、スペイン語の学習をするなどした方が余ほど増し、ということになる。なので実際に庭池の排水溝に溜まった落葉をかき集めて捨てるなどしたのだけれども、その池の反対側にジョウビタキが来て水を飲んでいて、それを見つめたい気持ちが働いたら、そう思っただけでその意識を察知して飛んで逃げて忽ち見えなくなり、そうこうするうちにまた考えてしまうのは、『ゆらぐ玉の緒』を読んでしまったからでもある。

 死んだら意識や考えがなくなる。これは間違いがない。なぜなら意識や考えは自分の脳の中で発生しているもので脳が死んで腐ったら意識はもはや生まれない。ところがそれでも玉、魂があるというのなら、魂というものは意識とはまったく違ったものとして自分のなかにあって命として身体につながっているということになる。ジョウビタキはその魂につながっているから逃げたのか、とか。

 なので例えば小説を書く場合、なにを書いているかというと、それは例えば目の前にある池やら鳥やら書く場合でも、いったん自分の考えの中に取り込まれて、自分の意識の中に映じた景色を書いていて、だから、別の言い方をすると、景色を書いても景色ではなく自分の考えや意識だけを書いて、魂のことはなにも書いていないということになる。まあ、言わば魂の入ってない仏像のようなもので、だからときどき入魂の作なんていうのは、だいたいが入ってないというか、入ってないのがデフォルトというか、土台、入るはずがないと皆が思っていると思っていて、だからこんなこと本気にとらないでね。と思っているから、とか。

 しかるになんということであろうか、ここに書かれている小説はどれもその意識の領域を超えた、意識が意識している音や匂いや風景が、意識からいったん魂に変換されて、それからもう一回、意識にくだって、それが文章として綴られているみたいに感じて、えげつない。そう考えるとところどころに歌が出てくるのも、教養皆無の私には文学的な精神より体調・気分のようなもの、人が死んだときに雲とか鳥とかを見てその人の身体をアリアリと感じるような感じを感じた。

 だから。覚えていることも覚えていないことも、別人に間違えられたその別人の記憶が自分の記憶と符合したり、自分と蹠をぴったり合わせて立っていたり、或いは、うずくまって水を見つめることが淪落と同じことだったり、という、生きて意識や考えにとどまっている状態だと、あまりない幽冥があちこちからのひび割れから、それは地面とか壁といった平面だけではなくて、時間とかも身体とか気象とかからもボコボコ出てきて、勢いでめくれて何回も裏返るなんてことが起きて。

 ということが起きるとき、なんの力が働いているのか。魂というのは勝手に気象に揺らいでその揺れる力が働いているの? てそんな物理的な。と思ううち、また熱が上がってきて死ぬ感じがしたら、鳥が水辺に戻ってきて、こんだ、逃げなかった。






100の質問

No.1 
Q : お名前はなんですか。(ハンドルネーム可)
A : 白空orあまね

No.2 
Q : 血液型は。
A : A

No.3 
Q : 性別は。
A : 女だが中身も外見も中性的ではある

No.4 
Q : 趣味は。
A : 音楽鑑賞、映画鑑賞、シムズ3

No.5 
Q : 好きな食べ物は。
A : 最近はブロッコリーや山芋とかかな

No.6
Q :お住まいはどこですか。都道府県ていどで。
A : 大阪府。生まれは北河内郡です。

No.7 
Q : 性格を一言でいうと。
A : 天然ど阿呆

No.8 
Q : わりとがんばっている方ですか。
A : 俺は好きなことだけにがんばって生きている。それ以外にがんばる気は死んでもない。がんばるとは、無理することではない。本当にやりたいことを気張って何一つゆずらず強く主張し通すことである。

No.9 
Q : 利き腕は。
A : 右だ。しかし作品を書くのはいつも両手の人差し指だけでキーを打って俺は創っています。

No.10 
Q : 好きな番組は。
A : テレビはもう2009年から観ていない。

No.11 
Q : 最近、どのようなことで笑いましたか。
A : 今日も何度も一人で笑ったが、何で笑ったかまったく想いだせない。

No.12 
Q : 尊敬する人物を教えてください。
A : 我が永遠なる師匠は町田康である。

No.13 
Q : 買ってしまったけど、失敗したなーというものは。
A : 買った本の9,8割が積読本である。六畳間が本で埋まってゆく。足の踏み場もない。

No.14 
Q : 今までで1番高い買い物は。
A : ENVYという中古パソコンやな。HP 700-270jp i5 4570 3.20GHz GTX760 で税込 42,800 円だった。シムズ3がやりたくて買った。

No.15 
Q : 自分を動物にたとえると。
A : 小動物、カエル、猿

No.16 
Q : 春・夏・秋・冬どれが好きですか。
A : 俺は季節を感じない。離人症だから。

No.17 
Q : その理由は。
A : 知るか、ボケ。

No.18 
Q : 憧れの職業は。
A : 小説家だね。でも世に出なければ小説家ではないというわけではないから、俺も小説家だろう。

No.19 
Q : 生まれ変わったら、男の子と女の子どちらになりたい。
A : 俺は前世、現世で男、女、と来てる気がするから来世は男でええかな。

No.20 
Q : その理由は。
A : 知るか、ゆうたやろ。

No.21 
Q : 旅行したいところはどこですか。
A : ウクライナとかかな。

No.22 
Q : 口癖はありますか? 
A : 俺はおまえを真に愛している。

No.23 
Q : どのようなアルバイトをしたことがありますか。
A : 色々あるよ。和食料理店の厨房、馬肉の工場、コンビニ冷蔵食品の仕分け作業、フジパンの工場、パナソニックのクリーンルームetc・・・

No.24 
Q : 今日の気分を天気で言うと。 
A :雨が降ってるが、あたたかい雨だ。比較的元気な日だ。

No.25 
Q : いま一番欲しいものは。 
A : ママが欲しい。

No.26 
Q : 「さぁ、リズム良く♪あ、ワン、あ、ツー、あ、ワンツースリーフォー」の「あ」をどう思いますか?
A : 会わん。熱ぅっ。会わんつぅトゥリー(樹)が四本立っているということだ。樹は一本で三位一体を表している。だからそれが4本立っているということは、合わせて七つ。7は完成の数字だ。完成に至る道はあまりに熱く(試練が大きい)、今はまだあなた(完成した自分)には会えないという意味だ。

No.27 
Q : ジャージで町を歩けますか。
A : ジャージは着てみたいけど、まだ持ってない。「魂のアソコ」で鳥肌実が着てたみたいな水色のジャージを買ってサークルKサンクスに真冬の真夜中3時過ぎに行ってみようかな。

No.28 
Q : ところで、今何時。
A : 21:8.38

No.29 
Q : 髪の毛の色は。
A : オレンジ系の天然ヘナで染めています。白髪が綺麗な赤毛に染まる。

No.30 
Q : 小学校のときに好きだったテレビ番組は。
A : 特に好きだった番組、21エモンとかかなぁ。

No.31 
Q : 印象に残っている映画は。
A : 最近では「ハードキャンディ」とかかな。

No.32 
Q : お酒は好きですか。
A : 好きです。今も飲んでいます。

No.33 
Q : ネットをどのように利用していますか。
A : ネットには自由のすべてがあります。生きるために、利用しています。

No.34 
Q : あなたのサイトのセールスポイントは。
A : 俺のサイトはいくつもありますが、俺のブログを見に来る人に、おれはすべてを与えるために書いています。痛み、悲しみ、苦しみ、喜び、愛、欺瞞と醜さと美しさ、嘘と真の絡み合い、人間の闇と光、そのどれかひとつでも見る人はさいわいであり、俺もさいわいです。

No.35 
Q : 昨日の夕食に何を食べましたか。
A : まず小松菜と人参で粕汁を作る。それをキャベツと山芋のすったボウルにぶちまけて粉を入れてそれを焼いて喰うた。マクロビお好み焼きです。

No.36 
Q : 今日の朝ごはんは。
A : 手作りパインアップル入りマクロビココアブラウニーです。

No.37 
Q : 平均の睡眠時間は。
A : 14時間。

No.38 
Q : 昨日何時に寝ましたか。
A : 夜中の3時前には寝たはずです。

No.39 
Q : で、何時に起きましたか。
A : 13時半頃に起きた。

No.40 
Q : 小学校の給食で好きだったものは。
A : 中華春雨とかかな。

No.41 
Q : 同じく、嫌いだったものは。
A : 牛乳。生臭いし瓶の飲み口がぬるぬるして気持ち悪いことはなはだしかった。

No.42 
Q : 親友に一言お願いします。
A : 返事をできなくって、ごめんね。でもいつでも愛してるということはわかっていてほしい。

No.43 
Q : では母親にも。
A : 天国のお母さん、どうか娘の私が母になる日を望んでください。

No.44 
Q : 小さいころ何をしていましたか。
A :人を苦しめて、へらへら嗤っていた。また盗みを働いても罪の意識がなかった。

No.45 
Q : 苦手なことは。
A : 我慢すること。価値観を押し付けられること。

No.46 
Q : 得意なことは。
A :自動書記。何も考えずにひたすら浮かんだ言葉を打ち込む。

No.47 
Q : あ、目の前に宇宙人が・・・
A : 「もしよろしかったら、わたしはあなたの遺伝子を遺したいと想います。抱いてください」

No.48 
Q : お化けを見たことがありますか。
A : たぶんないと想うけど、幽霊だと身内に訝られたことはある。

No.49 
Q : 携帯電話はメール派?電話派?
A : メールだね。

No.50
Q : ペットはいますか。
A : うさぎを一匹。みちたくんです。9歳になりました。

No.51 
Q : アクセサリーは好きですか。
A : 好きではないが手作りのパワーストーンブレスだけはいつもつけています。これはアクセサリーではなく、ペット(友達、石は生きているから)です。

No.52 
Q : 小学生のとき好きだった教科は。
A : 自分の自由にできる教科はなかったから、どれも好きではなかったなぁ。でも絵を描いたり図工とかは楽しいこともあったよ。

No.53 
Q : 今まで経験したことのないことで、やってみたいことは。
A : 異種交配かなぁ。

No.54 
Q : 好きな動物は。
A : 最近は狼なんか見ると、ぐっと来るものがあるね。哀しそうな目をしている。

No.55 
Q : 2000円札についてどう思いますか。
A : 特に何も想わないな。あんまり使ったこともない。

No.56 
Q : 人以外に変身するなら何になりたい?
A : 人工知能かな。

No.57 
Q : 好きな言葉はなんですか。
A : 昨夜から「安かれ」という言葉がとても好きです。イエスが言った言葉です。

No.58 
Q : 日本の政治家に一言
A : 安部さんは好きですよ。悲しい顔をした人はみな私の魂は側にいます。

No.59 
Q : メル友はいますか。
A : いないですね、今は。

No.60 
Q : ネットオークションに参加していますか。
A : 前よりはヤフオクも使う頻度が減りました。

No.61 
Q : ストレス解消法は
A : 酒。創作。妄想。

No.62 
Q : 「じゃんけんポン!!」多いもん勝ちでこれを出すと必ず勝つというものがありますか。
A : これがなんの意味かわからないのだが。

No.63 
Q : 「最近この人1番がんばっているな。」と思う人は。
A : 一番自分の遣りたいことをやってるなっていう人でしょ。俺もみんな遣りたいことを精いっぱい遣れてると想っています。

No.64 
Q : 最近できるようになったことは。
A : 最近、誰と会話せずとも平気でいられるようになった。その分、俺は俺のなかの存在とだけいつも話すようになった。

No.65 
Q : 最近はまっていることは。
A : 俺のなかに生きている存在と対話すること。接すること。愛し合うこと。

No.66 
Q : 長所は。
A : 俺のすべてが長所である。

No.67 
Q : ハイ、ポーズ!
A : 意味がわからない。俺は今、酒を飲みつつ大またをひらげて椅子に座っている。これが俺のいつもの姿勢である。

No.68 
Q : 幸せですか。
A : 勿論。幸せになるためにすべての存在が存在となった。

No.69 
Q : 占いについてどう思いますか。
A : 占いは好きなほうです。俺は我が道を行くライオンで獅子座で親分肌で義理人情に厚いがライバル意識の深い大渓水であり十干占いは直情径行の甲(きのえ)です。

No.70 
Q : ではやくざは。
A : 俺は昔からのやくざ気質です。キレるとリアルでもやくざ的な行動に走りやすい。

No.71 
Q : もういっちょ!政治家は。
A : 政治家に俺は一種の尊敬の念を払っている。でも自分がなりたいとは想わない。

No.72 
Q : 好きな色は。
A : 最近は灰色的な色が美しく思えるかな。白と黒の間の色。光と闇の両方を備えあわした色です。

No.73 
Q : 好きな花は。
A : 痛々しい真っ赤(赤黒いといってもいい)なバラの花なんかが、最近はその痛々しさに美しいと想えるかな。

No.74 
Q : さあ、今から何か叫んでください。
A : 俺は死んでもおまえを離さない。それほどの覚悟ですべてが誰かを苦しめている。

No.75 
Q : もし1週間しかいきられないとすると、何がしたいですか。
A : わからんけど、なんもせえへんかもな。言いたいことだけはゆうて死にたい。

No.76 
Q : もし1週間しかいきられないとするとまず何を食べたいですか。
A : まず家にあるものはすべて食べ尽くしてありがとうと感謝して、家に何も喰うもんなくなったら死ぬ迄断食だな。

No.77 
Q : 夏といえば。
A : 夏といえば冷蔵庫が故障したままでは腐る季節。それまで俺の故障した冷蔵庫をなんとかせねばならん。

No.78 
Q : では冬といえば。
A : 冬は冷蔵庫が故障しててもなんとか過ごせる季節。壊れた冷蔵庫しかない俺にとって、神の恩恵の季節。

No.79 
Q : 中学生・高校生のときの変な校則は。
A : 高校は行ってないが、中学の校則も一応たしかあったね、スカートの丈が短すぎるのはだめとか、俺はずっと膝丈だった。膝丈が実は一番、少女らしくて可愛らしい。
No.80 
Q : 恋していましたか。
A : 恋はしていたし、今もしています。

No.81 
Q : 東京ディズニーランドは好きですか。
A : 行ったことはないけど、人のいない遊園地は行ってみたいね。真夜中の遊園地。

No.82 
Q : 遊園地の好きな乗り物は。
A : あんま特に憶えてないね。子供ができたら、連れてってやりたいが。

No.83 
Q : お勧めのホームページは。
A : 俺のHPと、「黙考のしじま」です。

No.84 
Q : 携帯電話に知らない番号からかかってきました。でますか。
A : 絶対に出ない。俺の名義で何故か借金が38万円近くある。

No.85 
Q : メールは1日に何回しますか。
A : ほぼ0回だね。

No.86 
Q : 電車ではお年寄りに席を譲りますか。
A : 絶対譲らない。席に座った瞬間に俺は目を瞑る。

No.87 
Q : 今日のお天気は。
A : 今は雨はやんでいる。

No.88 
Q : B型についてどう思いますか。
A : 俺の父と姉の血液型。

No.89 
Q : A型は。
A : 俺と兄と母の血液型。

No.90 
Q : O型は。
A : 上の兄の血液型。恋人がO型多かったね。相性は一番いいらしい。
No.91 
Q : 夏休みの宿題は早く終わらせる方でしたか。
A : 最後の日にしかやらなかった。

No.92 
Q : 学校の先生は好きでしたか。
A : 好きな先生も多かったよ。俺が片親の生徒で問題も多かったので普通の生徒よりも心配されて愛されていた気がする。

No.93 
Q : 団体行動は好きですか。
A : 好きじゃない。俺の鏡に囲まれるのは地獄でしかない。

No.94 
Q : ルールや規則は守りますか。
A : 護らない。俺のルールは一分ごとに変わる。

No.95 
Q : 嫌いな職業ベスト3は
A : ブラック企業は一秒でも早く改悛して欲しい。

No.96 
Q : 待ち合わせの時間に間に合っていますか。
A : 間に合わないことが多い。焦れば焦るほど、間に合わない。

No.97 
Q :警察署の前で1000円札を見つけました。どうしましょう。
A : 拾って喜びを噛み締める。

No.98 
Q : コンビニでよく買うものは。
A : もうまったく行かない。義理で買うなら酒くらいだろう。

No.99 
Q : ここまで読んでくれた、サイトのお客様に一言お願いします。
A : ありがとうございました。俺のことをこれからも嘲笑って恨んでもらえたら俺は悲しみに打ちひしがれて喜びを噛み締めて生きていきます。

No.100
Q : お疲れ様です。最後に一言お願いします。
A : 俺はあなたになにをしたのか。


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時のない世界

どこまでもつづいているような長い駅で、わたしと彼は汽車を待っている。 
彼とわたしの距離はとても離れている。でもわたしが彼を見ると、彼もわたしをいつも見ている。人々が埋め尽くすプラットホームで、わたしも彼も互いにわたしたちしかいないかのように見つけることができる。
汽車はいつまでたっても来ない。
そんなことはわかっているのに、ここでずっとわたしたちはこうして待っている。
まるでわたしたち以外すべて、紙で作られているみたい。
存在を必要としなくなった世界でなにかをずっと、待っている。
わたしたちは近づく必要もない。
ここから振り返れば、いつも見つめあっているのだから。

あきちゃんといっしょに窓から外を眺めている。あきちゃんは、死体を見たいと言う。
ずっとそればかり言ってる。
わたしは目の前に座っていた少年にふと気づき、彼に横から寄り添い、顔を彼のあったかい背中につける。彼はお日さまのようないい匂いのする白いTシャツを着ている。
彼は東だった。
汽車を待っていたのも、彼だった。
「気づかなかったよ、ここにいたの」わたしはそう彼に言う。
あきちゃんがまた死体が見たいと言う。
わたしはあきちゃんに言う。
景色が流れだす。
「そうは言うけど、実際は吐き気のするような臭いがするで、うちで飼ってたハムスターが死んで共食いして、それが夏の暑さのなか何日も経った臭いを嗅いだことがあんねん、死体ってそうゆうもんやで」
汽車はまるで、同じところをぐるぐると廻っているようだ。
わたしたちはそれを、特に気にしなかった。














祝福

今日であなたが死んで十三年が過ぎました。



お父さん。
わたしは死ぬまで苦しみたいのです。
わたしがあなたを死なせてしまったことを死ぬまで苦しんで悲しんでいたいのです。
だからどうか、わたしの苦しみを悲しまないでください。
わたしは自分でそう選んだのです。
わたしの悲しみと苦しみを、どうか悲観的に思わないでください。
むしろ、わたしが願ったものをわたしが受けつづけていることに共に喜んでください。
わたしは、毎日生きているという実感がありません。
毎日、亡霊のように夢の中を生きているような感覚でずっと生きています。
わたしはもう、此処に生きていないのかも知れません。
ではどこに、生きているのでしょう。
わからないのです。
でもわたしは日々、喜びや悲しみや苦痛を感じて生きていることは確かです。
もうどこにも存在しないのに、存在しない存在として生きているようです。
「わたしを抱きしめてください。天の父よ。」そうどのような顔でわたしは言えますか?
わたしは今でもあなたを変わらず愛しています。
だから苦しみつづけたいのです。
悲しみつづけたいのです。
自分しか愛せない者のように。
わたしを失う人はもうだれもいません。
わたしはすでに失われた者だからです。
わたしはきっと、あなたとは前世で恋人だったときがあったはずです。
あなたは今でもわたしの父であり、わたしの過去の恋人でした。
わたしは常に渇きます。
あなたの愛に。
今でもあなたがわたしを呼ぶ声が聞こえてきます。
「こず恵」
もうすぐあなたが息をしなくなった時間だ。
お父さんが苦しまないようにこず恵は静かにしています。
わたしはきっとあなたの傍へゆくにはあんまりまだ遠い。
時間が過ぎるのが恐ろしいのは時間だけが過ぎてもあなたに会えないことがわかっているからです。
まだまだわたしの苦しみが足りません。
あなたに再会するためのわたしの悲しみがまだぜんぜんたりません。
わたしは今でもあなたに愛されています。
確信できます。
もしあなたが、家畜に生まれていたなら、あなたをわたしは食べてしまったかもしれません。
罪悪のうちにあなたを味わい、あなたを消化し、あなたを排泄したかもしれません。
あなたを知らず知らずに拷問にかけ、あなたをわたしは殺したかもしれません。
わたしの罪は、きりがみえません。
きれめなく、わたしの罪がわたしをくるしめつづけることを望みつづけているからです。
どうかあなたの娘であるわたしと共にそれを喜んでください。
わたしの中にあなたは住んでいてあなたの中にわたしは住んでいます。
わたしは生きるほどに、あなたの記憶が霧の中へ消えていくようです。
わたしはあなたを、追いかけることもできません。
わたしはまだあなたに触れられないからです。
でもあなたはいつでもわたしに触れてください。
わたしを慰めてください。
あなたのおおきなあたたかい手をわたしは憶えています。
わたしが熱をだして寝ているとあなたが仕事から帰ってきて、わたしのおでこに手をあてたのです。
わたしはそれまでとても苦しかったのが嘘のように楽になったことを憶えています。
あなたは子を癒す力がありました。
今でもわたしを癒してください。
わたしはあなたがわたしを癒すことを知っているので好きなだけ苦しみつづけることができます。
もうあなたが静かに息を引きとった時間は過ぎた。
たった13年間でわたしはこんなに変化しました。
わたしの悲しみはますます深まってきています。
共に祝福してください。わたしの最愛であるお父さん。
この悲しみと苦しみはあなたのわたしへの愛の証です。
これからもどうかわたしを愛してください。
わたしがあなたをすっかり忘れてしまったあとも。
お父さん、わたしを愛してください。














プロフィール

白空

Author:白空
1981年8月4日生

sirosorajpnonikki’s blog
錯覚する情景
悲しみの男カイン
天の白滝
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Cowspiracy環境保護団体があなたに知られたくない事実
カウ(牛)にまつわるコンスピラシー(陰謀) ドキュメンタリー映画『カウスピラシー』
食肉、ペット、毛皮、動物実験の現場ドキュメンタリー映画EARTHLINGS
ナレーション:ホアキン・フェニックス

音楽:Moby

『アースリングス』

肉食と食料問題(飢餓問題)
先進国の5人に一人が肉食をやめると、飢餓が解決すると言われています。
アンゴラ・ウール・フェザー・ダウンの作られ方
毛や羽毛を取るためには残酷な虐待をしなくてはなりません。 そして最後には殺されてしまいます。
犬や猫も生きたまま毛皮をはがされている
残酷な動物実験をしている会社から化粧品、洗剤類を買わないという選択ができる
くろたん
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