児童連続殺人者Wesの最も切実な切望———被害者意識と犠牲者意識———

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Wesの少年時代

Westley Allan Dodd(ウェストリー・アラン・ドッド)の少年時代



 

WesWestley Allan Dodd)が子どもたちを殺してしまった最大要因の一つが、またわかった。

 

 

Wes

Wes(ウェス)

 

 

我が同志よ、もし良かったら、この話を進める前に、僕が2015年6月に書いた

ベンジャミンと先生 - sirosorajpnonikki’s blog

という物語を読んでみてほしい。

僕はWesを知ったのは2022年の6月だったけれど、約7年前に、僕はWesを表現できていたんだ。

この物語を何一つ意図せず(何者かの力によって)書き上げた瞬間、僕の心は震え上がるほど感動したんだけど、それはずっと僕でさえ知らなかった知らない僕の本質(最も深い潜在願望)を表現できたと感じたからだった。

でもこの物語の主人公であるベンジャミンという少年は、どうも僕自身ではない。

僕はベンジャミンほど純粋な人間ではないんだ。

もう一人の主人公である先生も僕にとって憧れの存在だけれど、ベンジャミンも僕の理想的な男の子だ。

Wesの本質だ。ベンジャミンは、Wesの本質を表現しているんだ。そう僕は今朝にやっと気づけた。

それはその数時間前に僕は起きて、『ラムサ 愛という名のエリクサー 改訂版』

を読んでいて、ラムサのこんな言葉を読んだからだ。

 

『性欲、犠牲者意識、病気、権力欲、暴君的態度、被害者意識といったものを彼は持っていなかった。彼にはそういったものがまったくなかった。あなた方はそれらを持っている。あなた方はそれらに基づいて機能している。』

 

ぼくはラムサの言う犠牲者意識とは被害者意識のことだと勘違いしてしてしまっていたが、それらは別の意識だった。

深く愛されたくとも、愛されない(愛されてはいない)というWesの潜在意識にある凄まじい被害者意識は生きる程にどんどん巨大化して行き、もう手に負えなくなった。

Wesが子どもたちを殺害するに至った最大要因の一つはその被害者意識であると僕は確信している。

そしてもう一つ、今日確信できた。

犠牲者意識』というものだ。

犠牲者意識とは、みずから自分が犠牲となりながら(自分自身で自己犠牲を選択しておきながら)、その犠牲に対して最高の報いを求める意識だ。

僕は、それで気づいたんだ。

Wesが求めていたものとは、ただただ、普遍的な愛で深く愛されることではなかったのだと。

Wesが本当に本当に求めていたものは、もっともっと特別なものだったんだ。

それは、神の愛と呼ぶに相応しい。つまり、堕落した我々は到底与えることもできないようなもの、真の無条件の愛であり、それだけではなく、「自分だけに特別に与えられるもの」であって、Wesは心の奥深くで、自分ではまったく気づかない場所で、Wesは本当の特別な愛を強く強く求めつづけ、何よりも、切実に切望していたんだ。

だからこそ、Wesはあのとき、自殺するわけにはいかなかった。

最初に子どもたちを殺したあの日の数日前に、Wesは本気で自殺しようと考えたが、考えを変えた。

自殺したところで、自分が最も求めているものは手に入らないとWesは覚ったのだ。

この時点で、Wesの人格は凄まじい程に崩壊している。

Wesは、此処で死ぬわけには行かないんだと想った。

そのとき、Wesのなかにある闇の底に、確かに何かが降りて来たんだ。

そしてその時に降りて来たアイデア、まさしく悪魔(Satan)からの贈り物と言えるその一つのアイデアを、Wesは絶対に、実行させなくてはならなかった。

それが「子どもたちをでき得る限り残酷に殺す」というアイデアだった。

そのたった一つのアイデアは、Wesにとっての最後の砦でもあった。

つまり、自分にある特別な神聖さ(神聖な潜在願望)を、護り通す為にも必要だったんだ。

ただ此処で自殺してしまえば、自分は無価値な存在だとこの世に知らしめて終る。

でも僕は、こんな馬鹿げた人生で終わるべきではない特別な人間なんだ。Wesはそう確信し、ベッドに深く沈み込むように横たわらせていたその身体を立ち上がらせた。

Wesは心の底から信じた。

僕にこのアイデアが降りて来たのは、僕が本当に特別な存在だからだ。

そして僕ならば、これを遣り通すことができるし、死が訪れるまで遣り続けられる。

Wesは実際にこれまでにオカルトを研究していた為に、殺す子どもたちを上手く捕まえられないことに苦悩し、最終的に(ルシファーとも呼んでいる)サタンと契約を交わし、そしてサタンとの契約書に、子どもたちを殺させてくれるならば僕の魂をくれてやると書いてサタンに誓った。

Wesは逮捕されたあと、『I don't understand how I can love kids so much and yet do all that I've done.僕はどうしてこんなに子供を愛しながら、僕がしたことのすべて実行できたのか(何故、あんなことができたのか)、理解できない。』と素直に述べているので、Wesは自分の潜在願望に何も気づいていない。

でもWesの潜在意識は、Wesが本当に求めているものがなんなのか、ちゃんとわかっていたんだ。

だからこの時点で人格を完全に崩壊させることに成功できたWesは、"それ"を叶える為に、突き進むしかなかった。

何よりも、他の何よりも、Wesはそれが必要だった。

それを叶えたかった。

Wesは、此の世に存在するだれよりも、自分こそが真の特別な愛によって愛される人間であるということを信じて疑わなかった。

疑うならば、Wesは(完全に無価値な存在として)自殺する以外、道はなかったからだ。

Wesは、Wesには、それは堪えられなかった。

Wesは、神を信じてはいなかったし、サタンも信じて崇拝はしていなかった。Wesはただ自分の最も大きな潜在願望を叶える為にサタンの力を借りただけだった。

僕はWesほど、自分の良い部分を何から何まですべて裏目にした人間を知らない。

Wesの純粋性、純真さ、無邪気さ、男の子たちに性的虐待をしたいが為に真剣に平然と「このゲームの優勝者はパンツを下ろさなければならない」と言える稀有な天然さ、綺麗で(子どもたちから信用される)幼い顔立ち、嘘をついているとは信じられない透き通った感情深い優しく美しい眼、独特な面白いユーモアの才能、聡明な知能。

子どもたちが純粋な自分自身を投影できる存在として関心を深く抱き、素直に惹かれ着いていきたくなる本当に素晴らしい嘘偽りのないものがWesのなかには確かにあった。

Wesはいつでも純粋な切実さのなかで生きていた。だから子どもたちは、Wesを信用し、Wesに着いて行ってしまったんだ。

それは子どもたちがWesの邪悪さ、暗黒性を見抜けなかったからではない。

Wesの本質は、Wesが本当に深く求めていたものが、"特別な愛によって自分だけが愛される"という純真無垢なものだったからなんだ。

Wesにそれを叶えられる日は来るのか?

Wesは絶対に取り戻せない、その子どもたちがあのときに味わった苦痛の全てに、宇宙で最も深い闇の底でたった独りで永久に後悔し続けているに違いないのに。