光るみなも白い空 | Category : 音

セクシー

トライセラ和田×バイン田中が語る、ロックバンドの美学(後編)「音楽にはセクシーさがすごく大事」

この対談を数日前に読んで、確かに、と変に納得が行ってからと言うもの、セクシーについて、ぼんやりとずっと私は考えていた。
そして脳髄の中で数々のセクシーな曲を流して検証にあたったところ、ある一つのふんぞり返るような結果が出たので報告するとしよう。

まずは「俺の好きな曲って、ほぼセクシーやんけやんけやんけ」と驚愕したのだ。
そして、そのほぼすべての曲がセクシーかつ、悲しみのある曲だとわかったのであった。
私はもともと、悲しい、切ない曲が好きだ好きだ出す気?いいや抱き巣。
悲しみが深いほど、切なさが深いほど僕は好きだったのである。
そしてその曲たちは、悲しみが深いほど、切なさが深いほどセクシーであるという検証結果がまさか、出てしまった。
それに今まで気づかなかったオラは馬鹿さ。ま、いいさ。今気づいたからいいよ。
ではこれから、たくさんの、そのセクシーな音楽を張っていこうと思うから。
思うから。思ったっていいだろ?いや、実際張っていくんだよ。
聴きたい奴だけ聴けばええのじゃっ。

では、まず、おい、トライセラの和田唱、そんな大口言うのだからあんたさんの音楽はどれほどセクシーかい?
っつっことで、トライセラの曲から張るとしようかの。

TRICERATOPS - GOTHIC RING



98年の曲だ。『松任谷由実が「初めて聴いた時泣いちゃった」と言い、その縁で彼女のラジオ番組に和田が呼ばれ、松井秀喜と共にゲストとして出演した。』んだと。
って松井がなんの関係があんねん、って、まあいい、この曲を和田は当時22歳とかで作ったわけだが、どうだろう?
子栗鼠?と思わせしめるほど小動物系の草食男子系塩顔の22歳がこんなセクシーな切ない曲を作るとは、なかなかなものではないだろか。
ちなみにトライセラは僕が17歳の時ちょうど98年あたりに好きでよく聴いていた。
ベースの林の顔がぼーっと放心しきってるようなところとか兄にかなり似ていて、顔を観たらいつも二人で一緒に笑っていた。

ところで和田唱の曾祖父は「祖先はスコットランド貴族の家系であり、一族にはナポレオンの最初の皇后ジョゼフィーヌがいる。」とされる日本美術史家、法律家のヘンリイ・パイク・ブイというじいちゃんで、若いころはやっぱりブイブイいわせてたんかな?その血が8分の1混じると子孫はtop_photo.jpgこんな顔になるわけかあ、と思った。

なるほどなあ、というところで、では次にはバインちゃんの曲は、じゃあどう?セクシーなのか?
音量差には注意しよう。

GRAPEVINE-good bye my world



2003年の曲だ。激しくもセクシーではないか。
2002年にリーダーであるベースの西原誠が楽器を弾くミュージシャンを襲うジストニアという難病にかかり脱退したことからメンバーは解散も考えたようだ。
そのあとに出された曲は今までより悲しげで寂しさの漂う曲が多い。
この曲がセクシーなのは、やはり悲しみが入った曲だからだ。
少し聴いた後ぼーっとしてしまうほど余韻が後を引く曲となっている。
しかしいつまでもぼーっとしていると、先を書けないので、気持ちを入れ替えなくちゃだめなのか?
もう少しぼーっとしていたいかも。ではぼーっとしていよう。

ぼー・………………………………………………………………………………

したした、んじゃ次は「音楽はセクシーさがない駄目だ」と言いきっていた椎名林檎を張ろう。

Shiina Ringo x Saito Neko - ハツコイ娼女 pv


Shiina Ringo x Saito Neko - ハツコイ娼女 pv 投稿者 utadalove

椎名林檎が一番セクシーな時は僕は平成風俗を出した2007年の時だと思っている。
28歳の時に出したこの曲は他の曲のセクシーさとなんとなく何か違うような気はしないだろうか?
この曲はセクシーかつ神秘的で、そして深い悲しみが入った曲だと思う。
林檎がただ色っぽい歌い方をする歌手なら僕は決して好きになどなっていなかったろう。
林檎の曲はほとんどが、とても深い悲しみを隠している。だから好きなんだ。
でも東京事変のときの林檎が作曲じゃない曲は、なんだかただエロティックなだけでセクシーさに欠ける。
ポップミュージックとして良いのかもしれないが、ポップミュージックは軽くてもいいというわけじゃない。
軽いものが好きな人はそれでいいだろうが、僕は本物のポップとは重みの入ったポップだと感じる。
それならば深い悲しみの入った林檎の作曲の曲と軽いがエロティックな曲のどちらがよりポップかと思うと
やっぱり林檎が作曲した重さのある曲のほうがずっとポップで好きだ。
つまり、“セクシー”と“エロティック”はまったく別のものだと言うことになる。
ただエロティックに歌っても、深みがなければセクシーではない。
僕はセクシーなものが好きでも、エロティックなものには興味さえないのだから。
ここで誤解を生じそうだが、僕の言う“エロティック”と“エロス”もまた別のものだと感じてしまう。
“エロス”とは“タナトス”と対当するほどこの世界に重要なものとして存在している。
その最も重さを持つ“エロス”は“エロティック”ではなく“セクシー”なものなのだと僕は感じた。

じゃあ、次は何行こう、だんだんと深さを増していく音楽にしたいけど難しいな。
んじゃ、そこの君、うんそうだよ、君、キュートだね、君のために選んだこの曲を行ってみよう。
僕の好きなファックポニーっていうインストのエレクトロニカの曲だ。

Fuck Pony - Always Sunday



なかなかセクスイーだと思わないかい?好きなんだファックポニーたん。
でもこの曲だって何故セクスイーンだというかというと、やっぱり悲しいんだね。
悲しみを知らない大人なんて大人じゃないだろう?彼らは皆大人なのさ。
セクスイで悲しい音を奏でられるのは大人な証拠なんだ、というわけなんだ。
僕ももちろん?お・と・な、だからやはし、大人な音に惹かれるっちゅうわけさな。
悲しい悲しいよー!うオー悲しいぜー!ってのを前面に押し出してくるタイプはちょっと、なんだか、違う意味で悲しいよね…。
でもそんな人がこんなセクシンな音楽を作っちゃったら?もうあなたもメロメロなのね?そうでしょ?違うの?そうなんでしょ?
別にそれは音楽じゃなくったっていいんだよね。
そういや、さっきの林檎のPVの煙、妙にセクシーだったじゃなぁい?セクシーな自然物もぼかぁすきだなぁ。
セクシーなものはいろいろなところに隠れているようだ。
煙もそういえば、なんだか悲しげなものだよね。

次は、僕の大好きノルウェーのオイエたんで行こう。

Erlend Øye - The Talk



この曲はセクシーさの中に怒りや焦燥が強く出てるのだけれども
彼は何故怒りと焦燥を抱えてるのだろう?
怒りと焦燥はどこからやってくるのだろう?
僕が怒りと焦燥を持つ時、それは、悲しい時だ。
好きな人からスルーされた時や、好きな人から冷たくあしらわれた時に怒りや焦燥となってイライラとする。
それはいつも悲しくてやりきれないからだ。
この曲がとてもセクシーなのはただただムカついてるからじゃない、愛する人に愛されなくて悲しくてそこに激しい感情があるからだ。


どんどん行こう。次はドイツのヴィクセル・ガーランドにしよう。

Wechsel Garland - Walker



なんて大人な音楽なのだろう?
ただおしゃれな音楽はたくさんあるだろうけども、僕はただおしゃれな音楽は聴きたいと思わない。
おしゃれに共感なんてできないからね。
この曲は寂しいセクシーさがある曲だ。彼の深い孤独こそがセクシーさなんだ。
孤独には悲しみがいつも付き添っている。
でも彼はそれから逃げようとするのではなく、それを作品にしてるのは、孤独を良いものとしているからだろう。
寂しさをネガティブには捉えないからこんなに色っぽい曲が出来上がるんだ。
本当の大人とは悲しみが深く大切なものなんだと知っている人のことなんだろう。

では次はヴェルヴェットティーンを紹介しよう。

The Velvet Teen No Boi



ドラムを病気で失くし、新ドラムを受け入れて作ったまさに血と涙で作られたような渾身の作品からの一曲だ。
新ドラムは人力トランスとか生エイフェックスツインなんてamazonレビューで言われている通りそのリズムはまじでやヴぁい。
でも僕が好きなのはそこではなく、このアルバムはあまりに強い喪失感で作られたのが聴くとわかるアルバムだからだ。
メンバーを失くした喪失はどれくらい大きなものだったか音楽を聴けば伝わってくる。
そして3枚目のこのアルバムはヴェルヴェットティーンで一番のセクシーな作品だ。
どうして悲しいとセクシーになるんだろう?
これを今からちょっとずつ紐解いてゆく。
何故、人は悲しいのか?
それは、いろいろあるだろうけど、一番悲しいのは、そこには必ず相手がいるんじゃないだろうか?
このヴェルベットティーンは大切なメンバーが死んでしまったことがとても悲しいことだった。
相手を想う気持ちがそこにないなら、悲しくもなかったはずだ。
相手を想う気持ちが強いほど、人は悲しい。
そして悲しいほどにセクシーになる。
何故なんだろう?
悲しいほどセクシーになることに疑いを持ってる人は多くいるかもしれない。
そこにある感情は共感するだけの感情が自分の中にないとわからない。
音楽は共感で聴くものじゃないと言う人もいるだろうけど、僕はどうしても感情で聴いてしまう。
エイフェックスツインのようなどんなに感情が奥へ押し込められている曲でさえ、僕は感情で聴こうとしてしまう。
どんな聴き方をしても自由なのだから、こう聴かなくちゃだめだと言うルールはない。
でもそこにあるものすごく深くて素晴らしい感情を理解できないより、できるほうが喜びであるのは確かだと思う。

何故、音楽にはセクシーさが大事なんだろうか?
それは、深い感情だから。
何故、深い感情はセクシーなんだろうか?
それは、誰かを強く想う感情だから。
何故、誰かを強く想う感情はセクシーなんだろうか?
それは……

それじゃここで、僕のずっと愛してやまないアーティストを次は紹介しよう。
Grandmaだ。

Grandma - Kl



GrandmaはKhonnor(コナー)というアーティストの別名義だ。
86年生まれの彼は、今はもう28歳だけど、この曲を作ったのは2003年とかだから当時17歳ほどだ。
僕は何度聴いても本当に信じられない。
どうしてたった17歳ほどで、このような、これほどまでの強く誰かを想う感情が彼の中にあったのだろう?
彼の音楽は、恋人へ当てた曲かと思えば、歌詞を良く見てみるとママへ当てた歌詞だったりする。
彼はどうやら母親と離れて暮らしているようだ。
母親の手紙をとても嬉しそうに読んでいる映像があった。
僕は思う、彼は本当にママのことが大好きでたまらなくて、ママのことを愛する想いがこんなに悲しい曲を創りだすんだって。
そしてこの曲は同時にあまりにもセクシーだ。
たった17歳で、こんなにセクシーな曲を創れたのも、彼のママへの愛が深くてしょうがないからだろうって思うんだ。
もう言っちゃった。
何故、セクシーさが大事なんだろうか?
それは、セクシーは、愛で構成されてるからなんだ。
これは驚きだ、でもなんで今まで気づかなかったろう。
愛は何よりも、セクシーなんだ。
深い深い愛こそ、深く深くセクシーなんだ。

では今日のところはこれくらいにしといたる、じゃなくて、これくらいにしておいて(まだまだたくさんセクシーな音楽があるから第二弾も書きたいと思っている)
最後は今聴いて、腰が抜けて地べたにヘタンとなるのを必死にこらえてこれ打ってるほどの音楽を創ってくれたTelefon Tel Avivの曲で締めくくりたい。

Telefon Tel Aviv - At The Edge Of The World You Will Still Float



そいや、言い忘れた言葉があるけども、セクシーなものはどこまでも美しい。
愛だからね、なんせ。
なんて美しいのだろう。
なんて悲しいのだろう。
なんてセクシーなのだろう。
何べん聴いても、美しくすぎて悲しすぎて腰が抜けそうになる。
タコかイカみたいに床にへたばってふにゃんとなりそうになる。
2004年1月にリリースされたセカンドアルバム。ちょうど僕の父親が死んだ一ヶ月後あたりに発売されたアルバムだ。
2004年に僕はよく聴いていた。
とても救われた。
深い悲しみを救えるのは深い悲しみしかないということを知った。
だから僕はうんと深い悲しみを知りたい。知り続けていたい。
テレフォン・テル・アヴィヴの片割れチャールズ・クーパーは2009年1月21日に恋人との喧嘩のあと家を飛び出したまま連絡が取れなくなり、26日に発見されたときもうすでに息を引き取っていた。のちに22日には息を引き取っていたことがわかったので4日間も真冬の外のどこかで倒れていたんだと思うと、なんという悲しく孤独な死なのだろう。
31歳の生涯だった。
1月23日には3枚目のニュー・アルバム "Immolate Yourself" がリリースされ、ツアーも予定していた矢先のことだった。
その後7月にクーパーの死は自殺ではなく、睡眠薬とアルコールの併用による事故であると発表された。

どうして天才的な人はとても悲しい死を遂げるのだろうか。
自殺する気で危険な睡眠薬とアルコールの併用をしたとしたなら、と周りはそう思いたくない。
でもチャーリーの悲しみが深ければ深いほど彼は絶望に陥ったはずだ。
恋人と喧嘩しただけで、なんで死ぬかもしれないような行為をするのかと思う人もいるかもしれない。
でも僕はチャーリーの苦しみがものすごいわかる。
彼は僕と同じ恋愛依存が激しくて、恋愛にまさに命をかけて死んでしまった。
命をかけるほどに恋人を愛することのできる人だったから、こんなにも深い愛の音楽を創ることができたんだと思う。
深い悲しみこそが、深い愛を知っているのだから。

Aphex Twin ~ ぼくのドラックス~

んでなんでこんなに美しいんだろうAphex Twinは。
俺の汚れた小さく透明な心臓がなんと癒されることだろ。だろっ。
もし君がまだAphex Twinの美しさに気づけないならちゃんと聴いてないからだと思うんだ。ただ。
でももし良かったら君はAphex Twinの「Drukqs」という二枚組みのアルバムを一日中流して。流して?
まぁ無理、言わないけどさァ、なんて素晴らしいんだろうって今素晴らしいって言ったけど、ほんとにこのアルバムって言葉に表現できない美しさがあるんぢょ。あるんだぢょ。誰なんだ俺は?
ほんとうに俺って誰なんだ?教えてくれよ俺、誰なんだ?
思えば俺の記憶にない喪失は母親だった。
エイフェックス・ツインはそれが自分の双子の兄なんだ。
僕は母の記憶はない、でも僕は覚えている、僕が覚えていないところの僕が絶対覚えてるんだお母さんのことをちゃんと。それがわかるんだ。
僕はそれが僕をあたたかい胎内で十月十日ほど育て一緒にすごした母親だった。
ツインはその同じ間に母親の胎内で一番近くで一緒にすごした兄だった。
いつ死んでしまったのかはわからないけど、もしかしたら母親の胎内でツインは兄の喪失を経験したのかもしれない。
どっちにしたって僕より早い喪失を経験している。
生まれる前にとても大事な存在の喪失を経験してしまったら、もしくは、ずっと一緒だった存在が生まれてきたら消えて居なくなってたら、いったいどんな悲しみがそこにあるんだろう?
いったいどんな気持ちなんだろう?いったいどんな気持ちで生きて来たんだろう、どんな気持ちで生きてるんだろう。
ツインの音楽を聴いてると、そんな思いにならずにはいられない。
僕がツインの何枚かのアルバムを聴いて率直に感じたのは本当に深い悲しみと愛情の深さだ。
最初に聴いたのはAFX名義の「Chosen Lords」というアルバムで最初に聴いたときはなかなか良いと思ったもののそこにあるとんでもなく深い感情を僕は読み取ることができなかった。
でも二回目に聴くとそれはわかった。そして三回目に聴くと、もっとそれはわかった。
それを伝えるだけでこの世界のどこにも希望を見出せない人々が癒される。
それは多くの人じゃなくてたった一人でもいいと思うんだ、そのたった一人からありがとうって気持ちが返ってくる。
自由な表現ほど人を不快にさせることも多いかもしれないが、でも何かに縛られてる場所での表現にきっと人は心から感動できない。
もしかしたら人を強烈に不快にさせる人ほど強烈に人を感動させる人かも知れない。
いや、きっとそうなんだ。
いや、まさしく、そうだ。
それは人間の本能的にあるような理性に向かって、そんなもん、超えてゆこうよって言ってるようなものだ。
それはつまり神のような存在に向かって、ぼくはあなたを超えるために生まれてきたよ、って言ってるようなもんだ。
理性さえ人間の作り出した縛りなのかもしれないと感じるなら、それはきっと縛りなんだろう。
人を不快にさせずに人を感動させることはできないと言えると思うんだ。
縛りがあることは悲しいことだよな。憧れるよ、自由な人。
そりゃ俺だって自由になりたいさ。
奇形児を使って芸術作品を作り世界中の多くの人から大非難されたりとかね。
なんだろな、生理的嫌悪ってのは。
妬みを含む嫌悪とかね。人間って面白いよな。
僕はツインがそんな人だった気がする。
僕は彼の変態性に嫌悪しながら妬んでいたんだ。
なんて自由なやつなんだ!ってどこかで憧れてた。
彼を知ることは、彼を良いと認めてしまうことは僕は不快だったはずだ、悔しかったはずだ。
僕はそうやっておそらく10年近い時を彼を認めようとせず彼を妬み続けて避けてきた。
でもなんということなんだろう、彼の音楽は彼の人間性はこれほど美しかったなんて。
ぼくはほんとに一面しか見ていなかった。
何曲かを視聴しただけで好きではないと遮断していた。
彼の音楽はアルバムで通して聴かなければならない。
それに大体の曲が一度聴いただけではそのよさをわかれない。奥の深い曲ばかりなんだ。
「Drukqs」はまさに全体的にそういうアルバムだと思う。
最初聴いたときはなんてカオスなアルバムなんだって思った。
でも何度も一日中聴いていくほど、なんと味の深いアルバムなんだと感じるようになった。
僕の愛するKhonnorからThe Flashbulbに至るまで、ああそれとnikakoiやrobokonekoに至るまでああみんなツインが大好きなんじゃんってわかった。
僕は本当にAphex Twinを愛しちゃった・・・・・・。
もう悔しいという気持ちはない。妬みは確かにあるが。
俺の今特に一番好きな「ドラックス」のくだりは、一枚目の6曲目のGwely Mernansから7曲目Bbydhyonchordに入るところが一番好きです。
彼の音楽は宇宙でありぼくらすべてにそんざいしているせつなすぎる遠い記憶だ。
どんな奇人天才も影響しあわずには生きて行けないということもわかったよ。

愛情の深さは、絶望の深さでもあるってことなんだ。
君が深い愛情を求めるなら、同時に深い絶望も知ることになる。
求めずにはいられない世界だと僕は思うよ。
だから絶望を避けて生きることはできないけれど、そのかわり誰のもとにも優しい時間が与えられてほしいと思う。

Drukqsは感情を越えた感情のようなものを感じるアルバムかもしれない。
このアルバムで重要な曲であることがわかる何度聴いてもカオスさの残る奥深い曲を今日は貼って記事を終えようと思う。
でもできればみんなには是非アルバムを通して何度も聴いていただきたい。
だからやっぱ貼るのはやめようかなって思ってる。
重要な曲とは二枚目の13曲目だけどね。
じゃあやっぱあえて、始まりのほうの好きな曲にしようかな。
んじゃ、そうしよう。ああ、でもなぁ・・・。難しいところだ。
もろに感情が伝わってくる曲も多いが、そうじゃない曲も多い。
今日はそうじゃないカオスなほうの曲を貼りたいと思うんだ。
だからじゃあやっぱ、う~ん、でもなぁ・・・重要な曲を先に聴かせるっていうのはどうなんだろう・・・。
う~んでもやっぱり聴かせたいっていうのもあるし・・・あ~でもなぁ~どうしようっかな~。
まぁいいっかぁ~俺この曲やっぱ好きだな。
じゃあそのやっぱ重要だと思われる二枚目の13曲目を貼って記事を終えようと思う。


最後に僕は言っちゃいけないようなことを言っちゃうと僕は小説家をまだ今でも目指している人間だが、小説を読めない、書けないほど落ち込んでしまっているときに救ってくれたのは、音楽だった。だから僕は音楽に本当に感謝している。ありがとう。僕の愛する音楽たち。






Aphex Twin - Ziggomatic 17



「やっと再会できたね。おかえり」



Art-School

きりがけだった岩の山の上で夜にお父さんと一緒にお弁当を食べてる。
向こうのほうの遠くに赤や緑に光った乗り物のようなものが飛んでる。
私はそれを一つ向こうの山に飛んで見に行こうとする、その乗り物に見つかると危険だからとお父さんが止めて私はお父さんのいるところに戻る。
崖から上に登って飛び乗れるように散らかったお弁当とかをお父さんがのけて広くする。

実家のお兄ちゃんの部屋にアートスクールの木下が来る。
部屋にはいつのまにかお父さんもいる。お父さんはとてもしんどそうだ。
木下がずっと前に私のことを好きだと言ってたこと、あれは嘘だったのかと、この機を逃さないようにと訊いてみる。
木下は嘘だったよと言う。
私は、そうだよな、好きだったら会いに来るもんな、と言う。
お父さんはお父さんの家にいるとき、死んだおばあちゃんがお父さんにとって大事なことを言いにきたことをしんどそうに話す。
私は部屋の一つ上の段になってるところに木下といて、私は横になってる、私も疲れていた、木下は親切心からガスの火にかけてるものを見てくると言って台所に行ってくれる。
私はお父さんとの別れがとても近いのだと感ずる。
お父さんは寝る部屋に眠りに行った。
私は木下のいない間に木下の財布に入っているメモ類を一つ一つ見ていく。
木下は学校で人気者だったのがメモに残した電話をくれという者の名前の多さからわかる。
電話を誰に何回かけたかわかるように木下は名前の横に数字を書いていた。
私はふと木下が珍しく家にやってきたのはうちにあるお金を盗むためだったのじゃないかと思い、向こうに確かお父さんの財布が置いてあったと思い出して居間に行った。
木下はまだ台所にいた。
お父さんが酷くしんどそうな様子で起きて居間へ来た。
お父さんはラーメンが食べたいと言った。
私はとても心配になりながら、食べれそう?と言って、ラーメンに入れる蕪をお父さんの目の前でチラシを敷いてその上で切り出した。
でも切ってるのは茹でた里芋のようだった。




あんまり憶えてないがそのような夢を見た。
お父さんの夢は良く見るし、もうすぐ死んでしまいそうなしんどそうなお父さんの夢もよく見る。
でもそうゆう夢に家族以外の人間が登場することは憶えてる限りなかったので、なんで木下が夢に出てきたのか気になってしまう。
木下理樹と私の共通点は大阪出身であり、木下は2001年に23歳頃で母親を亡くし、私は2003年に22歳で父親を亡くしている、木下は18歳から23歳の約5年間母親から仕送りをしてもらって暮らしていたというが、私はその年頃はろくに働かずほぼ父親のすねをかじって生活していたことと、中原中也がとても好きなこととArt-Schoolの曲を聴けばわかるが親からの愛情の欠如によると思われる恋愛依存をしてしまう傾向があることである。
今、調べて初めて知ったが木下は子供の頃に父親にぼこぼこに殴られて育ったようだ。私の場合は母親との早くの死別が依存体質の原因に思われるが、親からの虐待を受けて育っても依存体質になりやすい。
せっかくなのでもともと音楽はいいと思ったがART-SCHOOLの木下のある発言が嫌になりずっと避けて聴いてこなかったが、2008年の9月から突如聴きだしてはまった経緯を少し書こうかと思う。
それはある大切に思える人との出会いからだった。彼女のことはあるSNSサイトで知った。
日記はどれも痛々しいものが多く、本当にぎりぎりで生きてることが伝わってくるそこにしかない美しさとものすごい魅力があった。私は彼女のことがとても好きになり、日記の最後の記事には腕をたくさん切って、その血の床に手をついている芸術的に美しくも、痛々しくもある写真を載せて完結的なものであった。私は彼女の一番好きな音楽だったART-SCHOOLを聴き倒した、そして大好きになれた。でも何日経っても彼女の日記は更新されず、最後の記事が何ヶ月か前から更新していないことが気になって仕方なく、私は彼女の友人登録をしている人と偶然少し仲良くなったことで、そのことを訊いてみた。言葉を失う事柄をいくつも言われた。一つは彼女のプロフィールには40代とあったが、実際の年齢は23歳であったこと、また彼女は男の子だったこと、それから彼女はあの最後の記事を書いた少しあとに、本当に亡くなってしまっていたこと。
私はそれを知って本当に酷いショックに陥り、耐え切れずにART-SCHOOLを聴きながら鏡に映った自分の姿を見て大声で泣きながら絶叫した。そしてあの時は本当に後を追って死にたいという気持ちになりずっと連絡を取り合ってなかった姉に心配させるメールを送ったり精神薬を求めたりしていた。
そういえば一度彼女は夢の中に出てきたような気がする。でもどんな夢だったか思い出せない。
あんなに大切だと思っていたのに、私は気付くと彼女の大好きなArt-Schoolをもう二年以上は聴いていない気がする。
聴けば彼女の美しさ、純粋さ、優しさを思い出して悲しみに暮れていたのが、ここ二年以上離れてしまっていた。
彼女の生きていた頃のART-SCHOOLのアルバムが好きで、それ以降のARTは好きになれず聴いていない。
でも最近木下の新しいバンドであるkilling Boyの1stを聴くと木下のボーカルはやはり格別にいいものだと思った。
夏になると必ずArtを聴いていた。聴くといつも苦しかった。
でもまた、聴きたい。


彼女の好きな一曲 Art-School - Love / Hate

たかじん

今日、夢に初めてたかじんが間接的に出てきた。
それは
おねえたまとのLINE☆2014,05193

こうゆう変な夢であったが、いろいろ調べていると、既に亡くなっていたことを知ったのである・・・。
テレビも観なければ、ネットでニュースなども、精神に余裕がなく観れない日が多いのでこんなことになってしまうのであるが、調べていくうちに、僕はたかじんが好きになれた。嬉しい。

たかじんの話

で、アップしてもらえたらわかるのですが、一人でチャット部屋でたかじんの話を話しました。
ふんで、あ、そういや、お姉ちゃんが昔働いてた飲み屋にたかじんが来てたってゆうてたような・・・
と思い出し、早速姉にLINEを飛ばしましたらば、こう返って来ました。

おねえたまとのLINE☆2014,0519

おねえたまとのLINE☆2014,0519後半

びっくり、姉はたかじんのマンションにも行ったことあってんて~すごいなあ
と思って、せっかくなので、姉とのLINEを黙ってブログに貼りました。
見つかったら何ゆわれるかわかりませんが・・・ま、大丈夫かな・・・とゆうことで

聴いてください。姉の好きなたかじんの一曲

やしきたかじんで「泣いてもいいか」



ええ曲やなぁ~としみじみわかるようになった俺は、今32歳ですけども
いやぁ、俺も大人の階段を登りゆこうとしてるのでしょうか~嬉しいなぁ、せつないなぁ。
聴いてて、ちょびっと泣きかけましたね。(酒入ってますが・・・)
ちなみに歌詞はこちらでやしきたかじん 泣いてもいいか

Polaris




19:03 Tigerbomb>https://www.youtube.com/watch?v=hEJw_YbEJqg
19:03 Tigerbomb>Polaris / 光と影
19:18 Tigerbomb>初めて聴いたのは、確か2002年の夏です。
19:20 Tigerbomb>で、ライヴ行ったんですよ。真ん前で観ました。フィッシュマンズのベーシストがそこにいた。
19:36 Tigerbomb>実際、どうゆうことがあったか知らないんですけど、このフィッシュマンズのかつてのベーシストでありPolarisのベーシストである柏原譲がフィッシュマンズを脱退して、で、フィッシュマンズのボーカルである佐藤伸治が、メンバーが二人になってしまったことに悲しんで、でそのちょっとあとに、サトちゃんは亡くなってしまったんです。
19:38 Tigerbomb>自分のせいで、って、思ったでしょうね、柏原譲は、もう音楽業界からも離れてたんですけど、でも、その3年後くらいにPolarisとして復活した。
19:39 Tigerbomb>僕は最初にPolarisがラジオから流れてきて、聴いたとき泣きましたね。ああ、フィッシュマンズが戻ってきた・・・・・・!って思ったんです。

20:01 Tigerbomb>
20:01 Tigerbomb>それが、この「季節」という曲でした。
プロフィール

白空

Author:白空
1981年8月4日生

sirosorajpnonikki’s blog
錯覚する情景
悲しみの男カイン
天の白滝
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Cowspiracy環境保護団体があなたに知られたくない事実
カウ(牛)にまつわるコンスピラシー(陰謀) ドキュメンタリー映画『カウスピラシー』
食肉、ペット、毛皮、動物実験の現場ドキュメンタリー映画EARTHLINGS
ナレーション:ホアキン・フェニックス

音楽:Moby

『アースリングス』

肉食と食料問題(飢餓問題)
先進国の5人に一人が肉食をやめると、飢餓が解決すると言われています。
アンゴラ・ウール・フェザー・ダウンの作られ方
毛や羽毛を取るためには残酷な虐待をしなくてはなりません。 そして最後には殺されてしまいます。
犬や猫も生きたまま毛皮をはがされている
残酷な動物実験をしている会社から化粧品、洗剤類を買わないという選択ができる
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