光るみなも白い空 | 2008年01月

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閑寂の森

顔の見えない少年が僕の手を引いていた

ほんの悪ふざけしただけだったんだ

それなのに僕は天から見放された

蛇の冷たくて優しいその目を見つめていると

僕の細胞は全て踊りだした

天に召される時はきっと静かなんだ

天使なんかも飛んでいるんだよ

僕が話しているときも少年は無言で

ただ僕の凍る手をその温かい手は引いていた

知らない時間だった

ただ僕の落として来た小さなボタン、それらを

少年の見えない顔の見えない目が強く

僕に「振り返るな」と言い聞かせていた

僕は気付くと泣いていた

僕は大粒の涙をポタポタ零しながら

ボタンをたくさん落としながら

ただただ静かで淋しい森の中を

ただただ温かい手の少年に手を引かれて歩いていた

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竜と少年


生まれてこなきゃよかったと思うよ

こんな僕にも微笑んでくれる人はいるけれど

僕は後悔もしないよ

僕が生きてると世界が暗くなって

みんなが不幸になって

僕には生きる資格も

息をする資格も

ない

聞きたくない

聴きたくないよ、そんなこと

またもう空は真っ暗闇だよ

夢の中で夜空を橙色の竜が何匹も踊っていたんだ

その下で眠っていた黒い服を着た少年が落とし穴に落ちてった

深くて淋しい落とし穴だった

終焉の景色

錆びた夜の庭、

走る少年の青白い背中を蝕むモノクロオムの記憶

生まれたばかりの凍えそうな小鳥の上に降る雨

夢の中、吸血鬼、黒い海へ入ってゆく人達

夕陽が反射する窓、流れる風景に心臓遠く鳴り出す

蜃気楼のように止まっても見える、揺れても見える

もの言いたげな目、その目が求める先に立っている僕

何も出来ない僕の体、動かない僕の手、残された生命

一つ一つ終焉してゆく

夢も幻も全て現実の如く

静かに終わりを迎えゆく

幻想


かつては聡明な生き方を望んだ頃もあったろうか


今はずっと何も考えずに生きてゆきたいと望む

中也


録画しておいたこの間NHKでやってた

「大東京の真中で、一人 ~詩人・中原中也を歩く」

を見ました

昨年4月29日で生誕百年を迎えたんですね

作家町田康が中也の育った場所へゆき

詩を朗読していました

中也に久しぶりに会ったような感覚でした

中也を初めて知ったのは中三の頃

私は生まれて初めて自分と似たような思いを

他者に感じたのかもしれない

中也の詩にあるものは、

底知れぬ悲しみと

解り合えない孤独

其処から沸きでた開き直る態度

世界を薄ら嘲笑うことで

自我を守っているようで

空虚に満ちた世界観の果ての姿

そのどれもが私の中にも在るように思えた


でもわかったかのような思いでいただけなのだろう

中也の悲しみはきっと想像も

つかないほどに、どうしようもないもので

あったのだろう


ノンフィクション作家の柳田邦男は中也と同じく

幼い頃に兄弟を亡くし、また息子を亡くして

中也の悲しみがよくわかったと言いました

幼い頃に身内を亡くした子供は無意識に

それをずっと閉じ込めて生きてゆくが

また大切な人を亡くした時に閉じ込めていた全ても

一緒になってやって来るのではないかと



閉じ込めているとゆう感覚は私の中にもある気がした

でも私は母を亡くし父を亡くし二人を亡くしたけれど

私は父を亡くす前に何か心の中だけで誰か二人目をも

亡くしたように生きていたような気がする

それが本当に父が死んでしまったものだから

私はもうこのままじゃ生きてゆけるはずもないと

開き直り余生ではあるがとにかく死ぬわけには

ゆかないのだから生きてゆくしかない

と、ただそこには希望も絶望もなくそうとする

自分がいたのかもしれない


中也は八歳の時可愛がっていた弟亜郎を亡くし

亜郎の死を歌ったのが試作の始まりでした

そこから中也の悲しみとゆうものは

悲しいまでに広がって行ったのだろう

弟亜郎の死、親友富永の死、父の死、弟恰三の死

大切な者を次々に亡くしていった中也は

もはや人生に期待することはやめかけていた頃かもしれない

しかしそんな頃、親の縁談で結婚をし

生まれた愛息子文也の存在は

きっと中也にとって初めての捨てがたい幸せだったのだろう

中也はまるで童心に帰ったかのように

文也といつも楽しそうに遊んでいた

本当に幸せな時だったのだろう

その幸せがあまりに早く奪われてしまうことを

中也はそっと感じていたのだろうか

わずか二歳で死んでしまった文也を

中也は抱きしめてずっと離さなかったようです

翌月には次男愛雅が誕生しましたが

中也は幻聴が聞こえるなどの神経衰弱に陥り

入院しますがすぐに退院します

故郷に帰りたいと願い

第二の詩集「在りし日の歌」を編集し終え

友である小林秀雄に託しますが

結核性脳膜炎にかかり入院します

刊行されるのを待たずに

昭和12年10月22日、永眠

享年三十歳でした

翌年一月には次男愛雅も病気で短い生涯を閉じました



下に載せた中也のこの詩の中にある「あれ」

とはきっと、、、でしょうね




在りし日の歌
亡き兒文也の靈に捧ぐ



「言葉なき歌」


あれはとほいい處にあるのだけれど

おれは此處に待つてゐなくてはならない

此處は空気もかすかで蒼く

葱の根のやうに仄かに淡い


決して急いではならない

此處で十分待つてゐなければならない

處女(むすめ)の眼のやうに遥かを見遣つてはならない

たしか此處で待つてゐればよい


それにしてもあれはとほいい彼方で夕陽にけぶつてゐた

號笛(フィトル)の音のやうに太くて繊弱だつた

けれどもその方へ駆け出してはならない

たしかに此處で待つてゐなければならない


さうすればそのうち喘ぎも平静に復し

たしかにあすこまでゆけるに違ひない

しかしあれは煙突の煙のやうに

とほくとほく いつまでも茜の空にたなびいてゐた





http://www.chuyakan.jp/

プロフィール

白空

Author:白空
1981年8月4日生

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悲しみの男カイン
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ナレーション:ホアキン・フェニックス

音楽:Moby

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