光るみなも白い空 | 2011年10月

落語 四代目林家小染「堀川」





町田康の「告白」を読んでから、河内弁の面白さにとりことなり、そうや落語を聞きたいな聞きたいなと思いつつまだ聞けてなかったが今日これ聞いた。林家小染(四代目)の堀川という落語に熊太郎と弥五郎が出てくる。おもしろかった。勝新の映画「悪名」を見ても思ったが、やたら早口で何を言ってるのか聞き取るのが難しい。弟弟子の林家染丸の堀川を文にして載せてるところを見ながらだとわかりやすかった。http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug190.htm

自分は北河内生まれ北河内育ちの人間で言葉は南河内地方のとぜんぜん違い、今まではガラのえらい悪いしゃべり、横山のやっさんの話し方としか思ってなかった河内弁に魅了されることになるとはってやつで、ってことなんすわ、ははは、パソコンでずっと書いてるとほんま目ェ疲れるなぁ。


FOG





ふぉぐたん帰っておいでよ。
どこにいるんだい。
心配してるよ。
君の音楽もっともっと聴かせてほしいんだよ。




で、違う音楽だけどもこれも載せてみた、音楽誰かわかんないけど、このアニメ好きなんだぁ、なんてアニメだっけ、再生回数が0回だった。jamsween1 さんを応援しよう。伸びろ再生回数。

ドアホーン

「太田光のしごとのはなし」っての読んでて、ここからおもしろいなぁと思って。
http://sp.pia-es.jp/ota_shigoto/shigoto_16_4.html

失恋した人と遺族は同じという話から、自爆テロを行った人たちの話になる。
これを読んで思ったことは、彼らは神に見捨てられたと感じたとき、死ぬしかない、ということだ。
宗教、というだけで偏見を持つ人はたくさんいるのだろう。
私は宗教に入る人たちが好きだ。それがどんな宗教、でもだ。
悪そうな宗教もたくさんある、それらは慈悲の顔で微笑んでそれを眺めるのでなく、不気味に思いながらも、恐れながらも、そんなものに救いを求める人たちが好きなのだ。

私の母親は、一部の人間らの間でカルト宗教と罵られているエホバの証人という宗教団体組織の忠実な信者であった。
エホバの証人の人たちはできる限り他者の血を体内に採り入れることを避けたいと思っている、それは「一貫して血は神聖なものであり食べることは禁じられているという旧約聖書の教え」から血を食べることと、血を採り入れることは同一の意味を持っていると考えているからだ。
母は42歳の時乳がんを発病したが、医者が薦める手術を受けず手術以外の方法で治そうとしたのは手術が怖いということと、輸血することを拒んだことも理由のひとつにあるように思う。
私が小学生低学年程までうちにエホバの証人の人がよくうちに来られて父と三人で研究と呼ばれる聖書についての勉強をしていた。しかし父の忙しさからじきに遠のいてしまい、他の家で毎週行われて兄と二人で行っていた集会というものにもだんだんと行かなくなってしまった。
中学に入ると、私はエホバの証人をひどく憎むようになった。
母はエホバの証人という宗教のせいで死んだのだ、と思うようになったのだ。
近所に住む幼馴染のエホバの証人の女の子と下校中何かで言い合いになったときに、そのことを彼女に言うことはやめようとずっと思っていたのだが、ぽろっと言ってしまった。その憎しみをぶつけた。彼女は反発もせずただつらそうな顔で黙っていた気がする。

それからももう一度違う内容で反発したことがある。聖書の言うハルマゲドンという救いのことに関して議論になったときに一撃で相手を瞬殺するような言葉を投げたのだ。
その時も彼女は黙り込んでしまった。よほどこたえたのだろう。
私はそれからもう二度とエホバの証人に反発をしたくないと感じた。
それからも別のとても親しくしてくれた人にいくつかの疑問をぶつけたことはあった、それを言われた彼女の表情からとても苦しいことを私は彼女に話していると感じた。
それらの言葉は彼女たちの全人格を否定する以上の言葉であるとわかった。
自分の神を否定される苦しみを私もわかる、私も神を愛する人間だからだ。
私の神はエホバの証人のいう神ではない。どこかで決められている神ではない。
が、エホバの証人のことを悪く言う人の言葉はとても苦しい。
宗教を馬鹿にする人間を私は馬鹿にする。

引っ越してきたこの家にしょちゅう訪れてくれる天使のような人がいる。もう一年以上もの付き合いとなるが、いまだに互いの顔も知らずドアホーン越しの会話しかしたことがない。いつも学んだ聖句を読んでくれる。
こないだ風呂に湯をためているときにちょうどチャイムが鳴り、出たら彼女だった。
「なにかしておられましたか」と言われ嘘を言わない私は「お風呂にお湯をためていました」というとごめんなさいと謝られ彼女はこう言った。
「2,3分でもお話できますか?」と。
私は少し返事に渋っていると「ごめんなさい、やっぱりまた今度にしましょう」と言って帰った。
私が渋ったのは、もうすぐ湯がたまるということもあるが、ドアホーン越しの会話がいつもとても聞き取りづらいからである。でもそれだけじゃなく、私は避けているからだ、醜き自分は聖なる人に息苦しさを感じている。でも断ることもできないから対応している。

人と声を出して会話をすることがめったにないような私に向かって彼女は言ったのだ「2,3分でいいから話したい」と。
ああ、なんてこった。私は彼女のその言葉を断ったのだ。
私が男なら、惚れるやろう、惚れてまうやろ、とかゆうてるやろう。なんてこった。なんということだろうか!
そんな天使のような天使がこの腐ったものであふれた大変な世界に存在しているという美しさ。苦しさ。

私は、汚れきっている。彼女に触れることができない。彼女を断つことができない。

怪優 岸田森

最近、私は一人の俳優を知って、彼を心から愛するようになった。
それは岸田森(きしだしん)という俳優である。
彼の初めてのレギュラー作品ドラマ「怪奇大作戦」のマニアの間で傑作と言われている
「25話 京都買います」をhttp://www.tudou.com/programs/view/mRo1vGFb1UQ/でご覧になることができる。
本当に好きになってしまったので、食費を削って「不死蝶 岸田森」という本が在庫一冊となっていたので慌てて買った。
今見たら、在庫2冊てなってた、増えてる。
そんなことは別にいいとして、僕はこれを昨日読み始めて、
冒頭の岸田森の従姉妹にあたる詩人・童話作家の岸田衿子の詩を読んで号泣した。
岸田森は私が1歳の年、1982年12月28日に43歳で亡くなってしまった。
1年と4ヶ月と24日だけ同じ世界で暮らしていたということになる。


ゴジラ対メカゴジラ(1974年、東宝) - 南原役
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哥(うた)(1972年、ATG) - 森山康役
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この哥のこの下の写真のシーンの演技には震える、たぶんアドリブであろう。


まだ少ししか彼の出演した映画やドラマは観れていないが、どれを観ても思うのは存在自体がとても異様だ。
演技が細かくて表情、動作に惹きつけられるのもあるが、異質な存在感自体に魅入ってしまう。
なにか恐ろしい俳優、まさしく怪優であるのだが、しかしその怪優を平凡なちょい役に使う監督に腹立たしさを感じる映画もままある。そうゆうことに悲しんでいたのは誰よりも岸田森本人であった。
出たい映画に出られなくて、退屈だったから脚本を書いたと彼は話している。
限られた時間の中でそのような思いや孤独の中で生きていた岸田森を思うと切なくてならない。
彼はその研ぎ澄まされた感性のあまり本当に孤独だったろうと思う言葉が今日読んだ箇所に書いてあった。
チェーホフが書いた戯曲「かもめ」をチェーホフは喜劇だと言った話の中で。

題「僕は五十になったらトレープレフを演りたい」

岸田「僕は、喜劇と言うものは、一生懸命に生きている人間の姿が、本当に一生懸命になったときに生まれると思っている。だから、僕の感じている喜劇と言うものは涙が出てくるものだと思う。それが、チェーホフが発見したかもめの目の位置でとらえた悲劇的な人間たちがおりなす喜劇なんだ。」

聞き手の寺田兼久氏「かもめの登場人物は、一人一人心の中で「わかってくれない、誰もわかろうとしないんだ」と言う叫びがあるからこそ一生懸命に生きているような気がします。」

岸田「僕は、人それぞれがそれぞれに対してそう思っているものだと思う。わかろうとしないものだ。それをわかってくれたんだと思うこと自体が、喜劇だよ。わかるわけがない。僕は、僕のことを「おう、岸田、よくわかるよ」と言う人がいたら質問したいね。「えっ!本当にわかるんですか」とね。きっとその成り立ちが喜劇だよ。だから、トリゴーリンの台詞で「わかってくれない、てんでわかろうとしないんだ」ということは当たり前のことで、それをあえて言うことの喜劇さ、それが喜劇なんだと僕は思う。それから稽古しながら思ったことなんだが、人間が無理することなく人間の生涯を演じたらコメディともエレジーとも名づけられるドラマができるんじゃないだろうか。それは、どこに目の位置を置いてみるかということでどちらにでもなる。」

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わたしはこれを読んで、町田康が言っていたことと同じじゃないかと思った。
町田康は本気になるほどギャグになるとゆうことはどうゆうことかとゆうと、
「あなたの小説は面白いですねとよく言われるが、別にふざけているわけじゃない、なんか面白いことをやろうと思ってやっているんじゃなくて、こうゆうことを書いたら人は笑うだろうなとか、面白いだろうなとか別に思ってなくて、人間はこうゆうことするだろうな、とか順々に自然に書いていくと、面白くなっちゃうんですよ」と話してたんだよね。

自然に無理することなくそのままの人間を描くと、滑稽になる、そうだよなぁ、と思った。演じるのも、小説を書くのも、生身の人間を演じたいのであって、書きたいのであって、そこから滑稽さを抜き取るというのは不自然になって面白くなくなってしまうのがよくわかる。
それを演じる面白みを知っている俳優が岸田森で、それを書き続ける作家は町田康だから、私はこの二人が好きなんだろうなあと思った。




そしてここでもうひとつ、太田光の話した印象に残った話を載せる。

「人生で一番悲しかった記憶は、子どもの頃に飼っていた犬が死んじゃった時のもの。ポコという名前の犬だったんだけど、ポコは俺が殺したようなもんだから。殺したというか、ある時、俺が作っていた学校に提出しなきゃいけない凧の上にポコがションベンを漏らしちゃったのね。俺はしつけをしようと思ってポコをパコンと叩いた。で、その夜にコタツのなかに入ってたポコが痙攣し始めて、そのまま死んじゃったっていう。あれは、本当に悲しい出来事だった。パコンと殴った記憶が鮮明な分、「僕がポコを殺しちゃったんだ」という思いが幼い俺にのしかかってきたから。たぶん、7歳か8歳の頃の記憶だと思う。

ただ、その時、悲しいと同時に「笑い」と「怒り」の感情を抱いたことも鮮明に覚えている。ポコが痙攣を始めた。おふくろがポコの体をさすって「がんばってポコ!」なんて懸命に呼びかける。その甲斐もなくポコが事切れる。と、その瞬間のおふくろが「あ、死んだ」って淡々とした口調でつぶやいて(笑)。その言い方が死の瞬間とは不似合いだったのがおもしろくて、俺は思わず笑ってしまったっていうね。同時に愛犬が死んでしまったというのに、「なに笑ってんだよ?」という自分に対する怒りがあったことも、その夜の記憶には焼き付いている。」

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私にもこれと少し似ている記憶がある。
それは姉が長年飼っていた猫が死んでしまってその時に姉の家に行って帰ってきた兄から、死んでいる猫に布団をかぶせるようにしてまるで人間のようにした写真を見せられた時に、私が何故かついおかしくて軽く笑った、すると兄がものすごい怖い顔で「おまえはこれ見て笑うんか」とひどく私を非難した時のことだ。私は自分とはなんなんだろうと思ったが、しかし悪気を持って笑ったつもりでは一切なく、ついその人間のように猫に布団をかぶせていることと、またその写真を深刻な顔で私に見せる兄の、その行為がおかしくなってつい笑ってしまったのだろう。深刻すぎると人は笑ってしまうことが人間にはあるのではないかと、そのことにとても興味があるし、だから人間の普通に起こってしまう出来事や感情はとても面白くそれはある意味では悲劇であるし、ある意味では喜劇になるということだろうと私は思うのである。
必ずしもどちらかに傾くものではなく喜劇と悲劇がごたごたに折り重なっているからこそ、そこに喜劇があって、悲劇が存在するはずだ。

それに気づいている人間はやはり深みがあってとても面白い。
私はまだまだだ、人間の本当を描くのがこんなに難しいとは、長編を書くまでは知らなかった。
死ぬまでに私は長編を書き続けたい。人間を書き続けたい。


厠の中

気付けば、排泄している。阿呆やろ。すごいやろ。すごくはないか。そんなことばかり言っていると嫌われる?はははははははははははははははは(岸田森の笑い)いいかね、君、僕はねもうすでに嫌われてる。ははははははははははははは。全員に。
阿呆抜かせボケ、僕は嫌われたくて嫌われてるンやない。まあ、何がすごいのかと言うとね。
僕、実は厠で本を読むことがとても好きなんだ。とても入り込むよ。だから入り込んで気付かないうちに排泄してることが実に、ゆめうつつだって思ったね。ゆめうつつや、完全に。ゆめうつつというのは夢と現が混ざりこんでしまっていることを言う。
僕はこの前厠の中で深夜、芥川龍之介を音読壱時間ばかしした。
だからなんやってゆうかんじ、ですねんけどまあ。
だから、言いたいことは、僕は厠を失いたくない。ということだったんだ。
厠という空間はね、人を退行させる空間なんだ。
人は糞尿の匂いに何を思い出すのか、それは赤ン坊の時の記憶なんだよね。
でもそれからまた遡る、そこはどこかとゆうと、母親の胎内なんだ。
そう、僕等が一番集中できてた頃や、そこに帰ることが、回帰することは厠のあの狭い空間の糞尿の香りのほのかにするあの場所やないとだめなんや、で、厩って漢字と厠って漢字が似てることに君は驚愕してこの世の真実を知る。
厩と言えば、君はまず何を思い浮かべるか、そう、イエス・キリストが生まれた場所と言われているのが厩だね。
しかし、それはもうひとつの場所と繋がっている。イエスは厠の中で生まれたといってもおかしくないんだ。
何故なら厩も厠も同じく糞尿の匂いの漂う狭き場所、日本も昔の厠はとても臭かった。厩と変わらないレベルの臭さ、臭すぎるその場所であのイエス・キリストは生まれこの世に血肉を受けた聖なる場所であると言い伝えられてることを君はよく見ろ。
見るんだ。僕は見る。
それはどうゆうことなのか。
その聖なる場所で人は毎日糞をしなくてならないとはどうゆうことなのか。
人に着せられた罪。のあらゆる罪、罪、罪、罪、罪!
汚濁に塗れた人間の聖に帰す場所は厠であるのだ。

ヤマネ

出来ればすべての生きる者と死んだ者に愛を送りたい

送られても困る者にも送りたい

それが人間の本能やから、まあ気にせんといて

気にせんとき
気にせんとけや
気にすんなや
気にしろや、ちょっとは
気にしとけや勝手に
気にしたら殺すぞ
気にしたらんかいわれ
気にしてもええんちゃうの
気にしてもいいのかな
気にならなくなった
気にしたら、なんかな

なんかな、幸せ、だよ

僕、僕ね、今とても幸せなんだ

だから、多分、ひとりぼっちなんだ

会いに行くよ

会いに行くよ

生憎よ、夢、やまねえんだ

ヤマネ園だ

ヤマネの赤ちゃん巣の中であったかい母親に抱かれて眠ってる

明日は鷹に喰われるかもしんない

けどさ、幸せが確かにあったんだ

どっかにずっとあるんだ

怨霊死肉餓鬼道地獄‏

便所は一番集中できる場所だ、生活のほとんどの時間を便所で過ごすべきである、むしろこの部屋すべてを便所にするというのはどうか、僕がいつも座っている場所に簡易便器を置けばいいのではないか、その上に座って物を書く、飯を食う、映画を観る、持続する集中力、素晴らしいアイデア浮かびまくってあっという間に大金持ち、友人、愛人が激増、友人たちは小蠅たち。かまいたち。カマキリとイタチ。隣のノブアキが静かだと怖い。胃が苦しい。でも右を向くとみちたの小便臭い、向かれひん、精神的に苦しいと思う、惚け、くっ、くるしい、くるしい時になんでくるしいゆうたらいかんねん惚けっ、タワ気、糞泥棒めがっ、毎夜毎夜とみちたの糞盗んでんのとちゃうんか、オマエ、許す、ありがとう、ありがとう、さようなら、明日も来てね、うん、待ってるわ、貴方のお名前を知りたいの、とかなんとか言ってね、蒲団洗ってほしいのよ、どうにかしてほしいんよ、うん、臭いだけやない、臭いだけとちゃう、,.,なんやその顔は、助けに来てもらった顔かそれ、事件前夜あなたは何をしてたのよ、私、寝ていましたけど、じゃ、あなたありばいないから駄目だね、私が殺したんやない、君のご飯盗んだのも僕やない、そして君の町に逃げたんだ、硝子細工のような町六丁目に君の家があって、君の家が壊滅していた。上田戸図。僕のはらわたでこくしじ有無パーティイ。こっちがまいっちんぐだよていつの言葉なんだろ。もうおまえ等から先に寝ろって言いたいけどおまえ等って誰なんだろ。一体誰に言ってるんだろう僕。怖い、落ちてく、落ちている、人間はあれだなぁ、どうしたって苦しむようにできてるだなぁ。できてるだよ君ィ。また起きたら夜だ。起きたら夜なのはおかしいよ。腐ってってってっておかしいよこの世界。糞が。糞が。気が狂う。気が狂う。虚構俺もうやだよ。そんな悲しい顔をするのはよせ、僕がここにいるんだ、僕の背後霊だっていつもここにいるんだ。御祓いなんてとんでもない、僕はうまくやってけるさ、美味くやるさ、みんなこれからもよろしく。僕が死にたい時にはいつも「手伝いましょうか」って優しく後ろから囁いてくれる善い人たちばかりだ。時に彼らの背後に廻って生活する日もある。僕が食べられない時に僕の代わりにご飯を食べてくれたりする。僕が映画を観られない時に僕の代わりに映画を観てくれたりもする。ボクガコロシタイヤツヲボクノカワリニコロシテクレタリモする。うん、あ、そうだね、それ言い忘れてたね、ありがとう、あっ、そうそう、僕のくるしみは性衝動からもきていた、同じものなんだよね君にとって、僕にとって、人殺したくなるのは、だからさ、人、殺しなよ、ムッフッ、笑ったりしたら人は靡く、靡く
んだ、脳の中でどんどん細胞死んでってくようにさ、人あんた殺してんだぜきっと、怨霊に恩返ししにゆこうよ、今からさ、そう居間から走ったらそこは真っ黒の海岸着いたね、君、はまれよ、いいからはまれよ、怨霊がさ会いたがってラァ、可愛いだろう怨霊、友達なろうよて口々に言ってる、ならないとだね、怨祖和歌、僕の気が狂っても愛してる?魂が細切れ的、チンジャオ、ワオ。魂ミンチしたの誰だーって叫びながら怨霊に追いかけられた僕の晩御飯作る気力もろとも奪われて、欲しいのは血、血、血、皿、あの人の赤き血を白き受け皿で受ける妄念と共に滅びゆかんとするん待たんて聞こえんねん?聞こえる念、そうかわしの念聞こえたかぁ、そりゃ一安心じゃ、おまえの血な、今は紫さ、どす黒い感じのな、それをええと見るか悪いと見るかおまえ次第。さみしがってる人の僕味方だから、僕味方だから、怨霊たち友達なろうよ、死肉喰らうと餓鬼道行くらしい、ふーん地獄か、地獄やね、僕んとこほな来る?うん、行くわ。

PASSWOR(L)D

喉ノ痛ミ、免疫力低下、朝8時カラ朝4時マデノ就寝、寝過ギ、一日続く緊張、強張リ、挙動不審、異常、殺人衝動、貧血ヲ映画デ血ヲ観覧スル事で回復シヨウトスル間違イ、脳細胞死滅、死滅シ過ギデ漲ル殺意、静寂恐怖症、人間恐怖症、平仮名恐怖症、平仮名ノカーブ部分恐怖症、曲線恐怖、曲線ニ殺意
「真直グナレコノヤロー!」
「曲ルナバカヤロウ」
朝カラ、狂気的ヤ
片仮名文字=殺意
こんなんじゃ文字書けないよ
今日は2011年10月20日らしい。
へーそうなんだ、へーへーなるほどねエーちゃんちゃらおかしいネームかつくよねーそんなのって、むかつくんだよ2011年10月20日とか言うとこの日が誕生日だったり記念日だった人に対して酷い事を言ったことになるから言わない、言ったけども、もう言わない、すみませんでした、もう言いません。
「ふざけんじゃねェ!コノヤロウ!」っつってタケシの口真似で叫びながらアウトレイジのテーマソングを「テ」と「レ」だけで歌いながら往来を早朝に走りまわしたほうがいいんじゃねえのかテメェ!と自分に対して言わねえと殺すぞてめぇ。
それに対して出てきた答えは「あの曲を口で歌うのはちょっと恥ずかしいし難しい」という言葉だったら貧血で震える手でなんでプリン食うのかなコノヤロウ。
テレテレテッレテーテレッテッテレー♪ってずっと脳細胞が歌ってるんですけどもーどうしたらいいすかねーってサンクス系circle系の店員に言えコノヤロー、言えっつったら言えコノヤロウ!
あのテーマ曲ってのはね、やっぱりテとレだけで歌わなくちゃなんだよね、でもねしかしね!テとレだけじゃ歌えない部分があるよねコノヤロー、そこは、ズカシャカズガシャカズッタンタンの部分だ、てそんなこと言うとやっぱし全然テとレじゃ歌えないんだねってところが、ね、すごく、とんでもなく、非道を表してんだよね、あれは、極悪非道でもう無茶苦茶なんだってところを的確に表現されてて俺如きにまだ歌えねえなあーって思った朝、all day、今日もこれから始まって終わる、ただそれだけのことが、OUTRAGEだっつって叫んでも誰も聞かない朝。手の震えとまんねえからゴミ捨ては来週って言い訳だっつって糞!僕と君の合言葉「死に向かって生きろ」



外からの光がすげえきらめいてッと残酷で、残酷すぎて絶望的に面白い世界に生まれてきたっていう滑稽悲喜劇。

夢で会いましょう

「撫でて欲しいなら抱かせてくれよ、抱かせろよ」
「抱かせてくれたら撫でてやるよ」

みちたに対してそう思った僕の今日の悪夢探偵、敵は男でありたい僕の中に垣間見える女という化け物だあ。
あいつを殺してくれ。僕の夢の中に入って殺せ。いいね、影沼くん。
影沼くんは僕の喉に手を当てると僕の夢の世界へひゅるるるるるーんと入った。
そこは、ドッガーンドッギューンヤクザの銃撃戦、全員悪人、これは昨日観た映画の中だ、うわあい、殺される。
よし、逃げようとした時に、ドガンドガンバッキュンて打たれた、くそぅっ、撃たれたわ、コノヤローゆうて僕も打ち返す、その玉が石原の額に命中、あ、石原さん撃っちゃったよ、ま、いいか、インテリはやぱ好かないし、つって、で、よし、水野を助けに行くぜ!と言って水野さんを助けに行く。あ、たくしータクシーHEY!TAXI!ゆうてちょうどええとこ来たよータクシーに乗ったらば、あれ、運転手がBEATだ、うわっ、ほんま、ビートだ。あっ、さっき観た映画の中入ってる、ほんまや、えらいこっちゃ、タケシさんや、タケシや世界の、「どちらまで」と聞かれたもんで、二人声揃えて「水野さんが殺られる前まで」つうたら、ラーメン屋さんに何故かついて仕方ないから入ってったラ、二人の店員にどやされて、それにキレた水野さんが割り箸で突付こうとしたから僕等は止めた。すると水野さんに「邪魔すんじゃねえコノヤロー」と怒鳴られる始末だ。僕等はそこで思い出す、あれ、なにするんやったっけ。
影沼くん、忘れるなよ、君は僕の中に潜む女という化け物を退治するために僕の夢の中に入ったんだよ。
あ、そうそう、じゃあこれなんてどうかな、君、遊女になってみなよ、きっと君の中に潜む女という化けの物が現れるに違いない。
あ、それいい考えだね、遊女になってみよう。つってなって、ほほほほほ、さあ抱きなされ、女の私を抱くのだ、さあさあさあさあさあ、とゆうて男に近づいてったラ、「わ、わたしが抱きたいのは加納君だ」と言って影沼くんににじり寄るのはトモロヲではないか、貴様あの時よくもやってくれたな、つってtomorowoバッサリ。って、あれ?殺しちゃった、あはは。ま、いいか。つって、なかなか化け物出てこないねえ、そうだねえ、と言い合っていると、向こうから若宮刑事が歩いてきて、ずっと前から気付いてましたあ!と叫びながら近づいてくるから、あ、やべえ、やべえ展開だぞ、となって、あ、来る、来る!と思ったら塚本監督がCut!Cut!つって包丁で切りかかってきたから、うわあーにいげろーって逃げている。

そう、今逃げている途中。
僕の中にいる化け物殺す前にこんなんじゃ殺されちまう、どうすりゃいいんだ影沼くん。
もう僕に頼るのはやめてくれえーーーーーーーーーーってついに影沼が発狂。
全員殺しに走って来た。
もう、なんかわけわかんなくなって、そこに落ちてた機関銃を手に持ちZUDADADADADADADADADADADADADADAと撃ちまくると、なんか、なんか、たははははははは、たっはははははははっっはコリアンダアー!って叫んで、すっげえせいせいしたんだよね、したんだす。女を化け物に変えるのって結局男なんですかねーつって。俺を男にしたのは男なんですかねぇ、つて。
て、まあそんな夢でも見るなあって日、今日、皆殺したまにしたくなるね、夢の中でね、殺しあおうぜ、待ってるぜ。




紹介した映画









どれも良い映画だコノヤロー。

バァハカヤロウ映画ばっか観てんじゃねぇつうの。

eden

わたしたちはいつしか愛し合うようになった。
私は女で彼は男であった。
そして彼は私に一人の女性を紹介した。
私は彼にも彼女にも嫉妬や憎しみを感じることはなかった。
「こんなことは今まではなかったよ」私はそう言いながら、私と彼と彼女は同じ家で暮らすようになった。
彼はどこか女性的な柔らかさと優しさを持った男だったが、彼女は男性的な逞しく凛々しい精神を持っていた。
私はやがてそんな彼女に惹かれていった。
私たちの暮らす家は壮大な自然の中にあり、私たちは衣服を身に纏わなくなった。
そこは私たちのエデンであった。禁断の実を口にすることはもはやない。
私たちの家の側には輝く海が広がっている。
ある日私と彼女は岩浜で魚や貝を獲っていた。
すると光を反射させるペールターコイズの海面近くに岩の間を泳ぐ一匹の大きな竜がゆらゆらと現れた。
竜などとはなんと珍しい、しかも驚くほどに美しい鱗ごとに様々の青や緑にきらきらと光る宝石のように鮮やかな、また顔立ちはなんとも愛らしい竜である。
私は興奮してそれを彼女に知らせた。
それを聞いた彼女の心が躍るのを私は見て、竜の元へ走る彼女を追いかけた。
そして彼女は海に入ると竜を捕まえ岸辺に上げた。竜はとてもおとなしく暴れることもしなかった。
彼女の顔は獲物を仕留める狂猛な顔つきになって斧を手にしていた。
私は驚き叫んだ。やめて!そんなにも美しい竜じゃないか!
しかし彼女は素早く斧を竜の太い前足に振り下ろした。
足を切られ苦痛に叫ぶ竜の気持ちが伝わった。
これほどまでに美しく神々しい竜の悲しみもこの広い世界の中では小さなものに成り果てることにひどい悲しみをおぼえた。










いとおしき竜を殺した彼女を私は愛することができようか、続く。
と言いたい所だが、これは今日観た夢の話なので、続くかはわからない。
竜を殺されてとても悲しかった。将来、あの竜の背に乗り夜空で眠りたい。

美しい星

http://www.tepco.co.jp/nu/f1-np/camera/index-j.html

東日本大震災後の福島第一・第二原子力発電所の状況 ふくいちライブカメラ

ススキが揺れている、福島原発にも秋が来ている。季節はちゃんと来ている。それが悲しい。
きっと虫たちが変わらない音色で鳴いているのじゃないだろうか。虫や動物たちは何もわからない。
突然人の気配がしなくなって、どうしたのだろうか、と心配することもない。
隔離された場所にも、春がやってきて夏がやってきて秋がやってきて冬が来る。それが悲しい。


子供たちの未来、生き物たちの未来、私たちの未来がこの星の中で眠っている。



この曲を聴いて涙が出る。
この地球以上に美しい星を私は知らない。

鬼畜以内

放心状態だよ。

北の神様、南の神様、西の神様、東の神様、に御報告。
「お風呂に入ることができました、ありがとうございます」

鬼畜神のおかげで私は全身をしんどくて洗うことができませんでした。ありがとうございます。
そんなことを言って鬼畜神を怒らせる。
誰のおかげで鬼畜生の世界で生きていけてると思っているのか、あなた。とゆうて怒られたら
私は鬼畜生界を抜けたい。と言うたら、あなた。
あなたはまだ鬼畜以内だから抜けられないよ、と言って鬼畜神は自愛甚だしい顔で笑う。
あなたはわたくしを愛しておられるか、と問うと。
わたしは自分しか愛していない、とゆうて、有手、ああ鬼畜神よ、あなたの手は、有る。
滾滾畜生魂畜生僕等の今畜生。

ってゆう宗教を創立しようかと思う強固の語呂。今日この頃。
その名も「根治教(こんちきょう)」
その名も「魂地教(こんちきょう)」
その名も「畜生友会」
「餓鬼以内の方々に手厚いエールを!」と叫んで地方を廻る。
あなたは今日の一日でダニと見えない生物たちを一千万匹殺した、救われたいなら私たちの「こんち苦境教」に入りなさい。と言いながら各地を点々と廻る。
あなたの手は穢れている、鬼畜神の自愛でその手を清められよ。byこんち桑教。と書いた紙をばら撒きながら屁ッをこいてその場でくるくる廻る。
「チクワはやっぱり恨畜輪、丑三つ時、このチクワであなたの嫌いな人の頭を叩けばあなたの呪いは叶えられたも同然」という謳い文句で売り出した商品が年間二本の売り上げ、黄竹会社、倒産。借金3257円。
どうにかしてこの借金を返さなくてはならぬ!と鬼畜神のキャラクターを原案、シロイルカのような生き物に額に鬼という文字が刻まれ頭には三本の尖った角、尾っぽは煌びやかな三連と実にかわいらしい鬼畜神のぬいぐるみお守りが爆発的にブームとなり年間三億の売り上げ、果ては本物のシロイルカに鬼と書いて角を生やさせ鬼畜神に乗れる島「鬼畜夢ランド」を建設。月に五億の売り上げ。

それを見ていた鬼畜神はついに激情、自分を顕現させたシロイルカの額には神、角は五本生えた、尾っぽも七連。

戦いの時がやって来た、きゅるるるるるぅ、くるくるくるくるるるるるるぅ、と互いにしろいるかは見合わせて、きゅるっくるぅと鳴いて掴み掛かった。燃えるような激しい戦いであった。
私たち鬼畜どもはそれを見守っていた。
嗚!なんてことだろうか!鬼畜神の顕現したシロイルカが僕等の作ったシロイルカを食べて、でっかっくなってるぅ!やばい!
僕等は手に槍を持ちほかのシロイルカの上に跨り、テヤー!と鬼畜神に向かって泳いで槍を突き立てた。
強大な鬼畜神はきゅるきゅるん、と鳴いて僕等を投げ飛ばした、僕は笑いながらこの手を使う時がとうとうやってきた!と叫んだ。
鬼畜神は少し不安そうにキュル?と振り返った。
僕は実はもうひとつの宗教を創立していたのだ、それは「美しさの集い教」というもので全世界の美しきものを寄せ集めた美の頂点となるその美とは、つまり愛だった、集まったみんなの愛でできたこのおむすびを食らえ!と僕等の血と汗と涙の結晶でできたおむすびを鬼畜神の口の中へぶん投げた。
鬼畜神はごっくんきゅるきゅるるうぅと飲み込んだ。
そして鬼畜神は言った「意外にうまいね、よしおまえらわしんとこへこい、毎日これ作ってくれ」と言うと世界をぐわああんと大口開けて飲み込んだ。
僕等はその腹ん中のおむすび調理臓で毎朝毎晩愛有るおむすびを作ってはそれを鬼畜神の胃の中へ運んでいる。
嗚、鬼畜以上となる日はいつの日か。

了。

人間以内

私は風呂というものが大嫌いだ。昔から。だから痒さの限界が来るまでは入らない。風呂なんてこの世から抹消したい。するべきである、しなくちゃあならない。そう思いませんか?思わないですか、あ、そうですか。すみません。えらいすみませんなあ。

終わった、もう終わりだ、今日、風呂入るのやめよう、やめる。
私は楽器的な方法、画期的な方法を考えた、画期的って何?調べるね。エポック・メーキングなさま。ひとつの時代に区切りをつけるようなこと。なるほど、まったく意味がわからない、とにかくこうゆうことだろう、私のお風呂嫌悪時代にもようやく一区切りがついた、そんなことなら今日入れてるがな、阿呆、ボケ。私は素晴らしい入浴方法を編み出した、それはこんな方法だ。
湯は絶対溜める、そして入浴をそこですべてを終わらせる。つまり湯船の中で頭を荒い、体を粗い、顔を荒い、歯を磨き、全部完了させて、このとき全部湯船のお湯で流す、頭から湯を被るだけ、まあ歯だけはそうしないが、そしてやっと湯船から出て体をシャワーで洗い流してさっと風呂場から出る。これだ!これをこの前やってみてとても楽だった、その上ずっと湯船に入りっぱなしだから汗がその間たくさん出てきて健康的なことこの上ない、素晴らしい、これぞ画期的入浴法。しかしこれは溜めたお湯を一回限りで流す人家でしか行えない方法である。幸運なことに私は未だに独り身なのでこの方法を行って忌々しい入浴の煩わしさから大分解き放たれて、風呂から出ると疲れ果てて布団に横になるということもなくなると私は信じている!
書いたものの、間違いの箇所はないか読み直すのがしんどい。
とにかく今日はそれもしんどいので頭と顔だけ洗ってパスタ茹でて食うんだろね、自分は、わたしは。歯も磨くけどね、もちろん、もちろん、もちろんそれくらいはするんだ、今日は、昨日はずっと寝ていたからね、しんどかったよ、もちろん、もう嫌だこんな毎日、もう嫌やこの世界、つっても世界は続くけどね生きてる以上はね、生きてる以上のことがこの世界にない、つって、つってね、孤独以上のことを探してたりするんだよね、人間以内でいいんだよね。

人間以内、上等、おまえもおれも。

糞拾い

最近の僕の楽しみと言えば、糞拾いである。
僕の同居者は何故か部屋中に糞をする厄介者である。
特に僕が少しでも怒ると僕の布団の上には必ず五、六個糞をして自分の部屋へと帰る利口者だ。
そして自分の糞をBUUBUU言いながら踏みつけて走り回るやんちゃ坊主、その彼は今紙箱の欠片を加えたまま寝そべって僕を見ている。
そいつの散らばった糞を僕は割り箸で一個一個つまんで屑入にコロンとほおるのが実に楽しく愉快なのである。
僕は思った、これを本業にできまいだろうか、と。
うさぎの見世物小屋などがあれば、そこの兎を追々、ってあ、兎って言っちゃったね、言っちゃったね、ま、いいか。
兎を追い追いしてだね、ひとおつひとおつ丁寧に、仕事では高級の金箸かなんかで拾って高級の銀の屑入へチリン、チリンと優良な音をさせて糞をほおり、それを見ているお客さんもその音を聞きながら兎を観ィ観ィ、ぴょほほ、ぴょみょみょん、と笑う。
僕はさすがに素顔ではそれが恥ずかしいので兎のお面、兎の着ぐるみか紙袋でも被り糞拾いを舞うようにこなして行く。
時給八拾円。ええじゃないか、ええじゃないか、良い宵酔い好い余威善い四位。
BUUBUUBUUBU・ω・Uyoiyoiyoiyoiyoi。

いかん、またリンゴジュース廼みたくなって来た、里隠語獣酢中毒で死ぬかもしれない。
きっと、そう、僕は本業糞拾いの真っ只中に淋期就兎守中毒で死する。
死に際の遺言は「うさぎのくそは、丸い」臨終。享年278歳。人生の内拾ったクソの数7兆5千億3個。

どうしたらええのかなあ、どうしたら。同士、鱈、田等。

田等ッ田、田、田ァ、タラッタッタッタッタァ、やばい、裡ン娯中毒に脳冒されてきた、午前四時半。卯壱つ時。
夜が明けたら、また糞を拾う、糞拾い披露して疲労。
卑陋、御免、御兎。


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列んで、待つ。
ということに私が恐怖を覚えるようになったのは、多分、あの写真や映像を見てからだろう。
列んでいると、まるでそのために列ばされているのだと錯覚する、列んで待たされることは恐ろしいことだ。

今日私は、夢の中で列んでいた。今から殺されるために列んでいた。
恐ろしかった、一体どんな殺され方をするのか、楽な殺され方では絶対にない!
待たされて列んでいる時間のなんと残酷なことか。
逃げるすべを持たない私たちは無音の慟哭の叫びを上げ震え上がりながら待っていた。
助けを、救いを祈ること以外何もできない絶望の時間だ。

そこへ一台の車が入ってきて少しはなれたところに止まった。
車の中に乗った人物を私は見た。
それは、私のお父さんだった。
お父さんも私を見て悲しそうな顔で泣いていた。
やっと、やっと、やっと会えたのに、私は今から殺される。

最高の悲しみの中夢の幕は下りる。



次の夢も絶望的だった。

私たちは列んで溝の中を長い箆棒で掻き混ぜている、多分劇薬のような液体を作らされている。
白を混ぜた緑っぽい青っぽいその液体と、この室内、絶望だった、私たちは逃れられないのだよ。
アドルフ・ヒットラーみたいな親父が私たちを使っているだろう、私たちはいずれ殺されることを知っている。

「おい、この液体、なんに使うんだろうな」
「決まってるだろう、人を大量に殺すためさ」
「てことは、お、俺たちもいつかこれで、こ、殺されるんじゃないのか」
「たぶん、そうだろうよ」
「今のうちにこの溝にはまって自殺しちまったほうがいいんじゃねえのか」
「だったらはまってみろよ、おまえ」
「やっぱりいイイイイイイィィィ嫌だ!」

こんな夢にこそ、牧さんみたいな捜査官が来て欲しかったのだが、誰も来ないまま、幕を閉じる。
なんで同じような悪夢を連続して見るのか、それは私が今日16時間寝ていたからだ。
寝すぎることは罪であるから罰を与えられたってェ
訳ですよ、だんな。非違ィッ、仏、Toxic-Apple-Juice。

京都行きます

石焼芋を腹一杯食いたい、腹一杯食って雨の中外に走り出て歩道で思いきりこけて顔に一生残る傷を残したい、おでんを買って帰りたい、チビタのおでんと、しらたきを買って帰りたい、そしてまた帰りにこけて、こけた勢いで飛んでいったしらたきを追うと野良猫のひもじい家族がしらたきを食べていてわたしはそれを眺めながらチビタのおでんのこんにゃくだけ取っておいて残りをやるだろう、しかしこんにゃくもやはり自分が食うよりこいつらに食わしてやろうと改心し、こんにゃくも野良猫家族のところにほおるだろう、すると猫たちはこんにゃくには見向きもせずに鼻で笑う。わたしはその中の子猫を母猫が必死に大根を食らっている隙を狙ってこっそり誘拐して家に持ち帰った。

あくる朝、子猫は部屋中に糞をして姿を消していた。
歯を磨きたい、とそうわたしは思うべくして思いに至った。しかたのないことだった。歯を磨けば歯が痛いのは治る。

その晩、隣に住む人間が風呂から上がるまでにサークルKサンクスに行かなければおでんはすべて売り切れる、という強迫性観念に苦しめられ、わたしは行動を起こすか起こさまいかとカワハギのような顔で天井を見上げていた。
口を窄め過ぎたために頬の筋肉が引き攣りあたりを激痛で転げ回った。
今度はその引き攣りをどうにか治そうとウーパールウパアのように口を一文字にした。
違う筋肉が引き攣り、忍者になりたい、と心のうちで叫んだ。
忍者のような速さ、俊敏さでおでんを買う以外におでんを買う辱めからは逃れられない。
とぅ、いうことぅは、おでんを買う前にわたしは先に忍者にならねばなるまい。
しかしどこへ行けば忍者の修行ができるのか。わからないので、とにかく京都太秦村に行こう。



「京都行きます」の怪

デンデンデデーン、デンデンデデデデデーン♪ドンジャーンドンジャーンドンギャギャギャーン♪

怪奇大作戦

買気大作戦。忍者のコスチューム買いに行くんどすえぇ。

はっ、あの揉み上げはもしや・・・・・・!牧さん!

「ううむ、謎だなあ」牧さん、何が謎なんどすえ。

「いやね、さっきそこの平野屋から出てきたんだけどね?その入り口からずうっとカワハギの死体が転々と落ちているんだよ、不気味だなあ、こりゃ」そりゃあ不気味どすなあ。

「だろう?他の鯖や鰯ならそこまで不気味でもないが、カワハギが落ちているこの光景をご覧よ、非常に不気味だよ」そうどすね。

「どれも口が尖っているんだよ」そりゃカワハギですから。

「ううむ、実に不気味だ。あ、君、ちょっと手伝ってくれないか、このカワハギが一体どこまで続いているのか確かめたいんだ、一人では不気味でしかたない」へぇ、わかりやした。

「カワハギの料理は実に多彩でね、刺身 · 肝和え · うしお汁 ・ 炊き込みご飯 · 肝吸い · 味噌汁 · 鍋 · 握りずし · 唐揚げ · 天ぷら · 肝煮 · 肝の刺身 · バター焼き · 煮付け · 塩焼き · 肝丼 · みりん干し · 肝の酒蒸し · 卵煮つけ · 軍艦巻き · 酒蒸し、などなど」よくご存知どすな。

「しかし僕はカワハギが大嫌いなんだよ」嫌いなのにすごく詳しいんだね。

「あの顔を見つめていたり、想像するだけで口が尖ってきてしまうんだよ」あ、ほんとね。

「これじゃあ、ひょっとこだあ、仕事にならない、こんな顔で捜査はできないからね」ですな。

「だからこの事件の謎を早く解いてカワハギを僕の脳内から消さなくてはならない」カワハギも罪だなあ。

「カワハギの口は見ての通りちいさくおちょぼ口だが、中にはペンチのような頑丈な歯がある奴がいるんだ、君、そこのカワハギまだ生きている、ちょっと口の中に指を入れてご覧なさい」やでっすっ。

「噛まれたらひとたまりもない、僕が子供の頃うちは貧乏でね、ペンチが家になかったから学校の工作の授業のある日にはカワハギをこっそり学校に連れてってその口をペンチ代わりに使ってよく愛玩したものさ」ペンチとして愛玩したんすね。

「しかしその時決まって僕の口はカワハギのように尖っていたから心配して僕を見に来た先生がカワハギを隠し持っているのを発見し、カワハギは没収されてしまったんだよ」そしてそのカワハギは?

「無論、先生の晩御飯さ」悲しい話っすね・・・・・・。

「カワハギの別名は、ハゲ、バクチ、そういえばその奪った先生はハゲのバクチ打ちだった」因縁を感じたんでしょうかね。

「きっとそうに違いない、運命には逆らえないということだ」そうっすね。

「あっ、見るんだ、君、ここでカワハギの死体はぷつりと無くなっている!」ほんまやねぃ!

「ああっ!!こっ、ここは・・・・・・」どないしたんです、牧さん!

「こ、ここは、そのハゲバクチ先生の家だ・・・・・・!」なんですトゥ?!

「ど、どうゆうことなんだ・・・・しかし僕は飽くまでSRI科学捜査官、私情のために捜査を打ち切ることはできない!よし!ハゲバクチ先生の家を訪ねよう」ピンポオン。

すると、戸を引いて中から現れたものは、巨大なカワハギのコスチュームから人間の手と足が出た怪物であった。

「!!!!!」!!!!!??????

牧史郎は静かに戸を閉めた。

「さっ、帰ろうか、あははははははははは」うん、帰りましょう、あはははははははは。




「ギヤャーッッ!!」



闇を、引き裂く 怪しい悲鳴
誰だ 誰だ 誰だ
悪魔が今夜も騒ぐのか ウウン
SRI SRI 謎を追え
SRI SRI 怪奇を暴け
レッツゴーッ!

貝男

貝の汁は真珠の汁、乳白の汁、美味い汁。

白子。







「僕はやっと見つけたんですよ、その貝をね」

冬は寒いから、海入られへんやろ。

そうかもしれん。

けれどね、きっとあいつは、そや、物珍しいもんが好きでねぇ。

まだ冬ちゃうかったわぁ、てゆうてね、何食うても胃がもたれるんですよ。

せやから、その貝を?

そう、探してたんです、僕は。

もう秋ですね、秋でもやっぱり海は寒いね、冷たい。がしかし、その海でしか獲られん貝でね、珍しそうな貝。

珍しいかどうなのかよくわからない貝かい?

そう、その通りや、ようわかったね、でもその貝の汁さえ飲めばたちまちにしてもう死ぬまで胃がもたれる苦しみを味わう苦しみを味わうこととは縁が切れるという言伝えがある。
命を賭けて、探した。見つけ出した暁にはもうその貝と真珠湾に心中しようと思った。
胃がもたれることのない幸せの中死のうと思ったんや。

てことは、あれですか、あなたは死にたくてその貝を探しに行った、とこないなわけですか。

違う、それは、違う、断じて、僕はね、いつしか恋をしてたんやなあ、あの貝に。だって、よく考えてみたらねぇ、僕のこの苦しみから救い出してくれる神様みたいなもんや、それは、神様を愛する、それって極自然なことだと、そない君は思わないかね。

はあ・・・・・まあ、それで、どないなったんですかい。

僕は貝と心中した、真珠湾、行ってきた。

っていや、生きてるよ、きみ。

僕はその貝の汁を飲んだ、それで。

それで?

うまかった。

飲んでそれからどうしたんです。

その貝の汁、飲み干してきた、貝殻をほったんや、真珠湾はぬるかった、海は乳白になってね全部が貝の汁になった、僕はそれを全部飲み干してきた、そして胃が満タンになりすぎて僕の体は破裂した、その中を僕と貝は泳いだ、楽しかった、なんや楽しすぎてカイジュウになってん、貝汁ってゆう海獣に。そしてこの地上で僕と同じように胃が持たれて苦しんでいる生き物たちのためにこの貝の汁でできた海の水をみんなに飲ましてやろうと思ったのよ、海を地上の隅々までいきわたるようにしたんや、そしたら全員死んでもうた。僕はそれから貝の中で閉じこもって生活をした。貝の中では胃がもたれる苦しみからは解放されたが、それ以外のものはすべて苦しみとなった。どれくらいそこで暮らしていたのかわからない。たぶん5世紀半くらい経ってると思う。ある日僕は貝の隙間から光の漏れるのを見て、閉じていた貝を開けてみたんや。僕の体は完全貝になっていた、僕はある男の口の中へと入って行った、男が僕を食うたんや、そして僕は男の心臓まで這っていって心臓を食って僕が心臓みたいなことになった、すると、どうでしょう、男の口から発せられる言葉はすべて僕が発する言葉となった。

ということは、つまりということは?つまり。

そう、君が見ている僕ってのは、実は貝なんだ、貝の僕としゃべってるんだよ。あ、君、僕の子供たちがそこの浅瀬でたくさん生活しているから、どうかな、もし胃がもたれて悩んでいるようなら貝を食べたまえよ。













ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ。
プロフィール

白空

Author:白空
1981年8月4日生

sirosorajpnonikki’s blog
錯覚する情景
悲しみの男カイン
天の白滝
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Cowspiracy環境保護団体があなたに知られたくない事実
カウ(牛)にまつわるコンスピラシー(陰謀) ドキュメンタリー映画『カウスピラシー』
食肉、ペット、毛皮、動物実験の現場ドキュメンタリー映画EARTHLINGS
ナレーション:ホアキン・フェニックス

音楽:Moby

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