光るみなも白い空 | 2013年05月

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チベット永遠の書

ここに究極の闇と光が書かれた書がある。

著者テオドール・イリオンの『チベット永遠の書』である。


ドイツ人探検家であるテオドール・イリオンはチベット領内に外国人がいることは違法とされていた1930年代初頭、この“神秘なる地”に初めて足を踏み入れた数少ない西洋人の一人として、広くその名を知られる。

32年、チベット踏査計画に着手し、34年、チベット人行脚僧を装い単身入国。そして36年、生死を賭けた幾多の困難を乗り越えて、奇跡的生還を果たした。
その衝撃的な体験記録は各国のラジオ・新聞等で大々的に報じられ、また同年、本書の原典となる『Ratfelhaftes Tibet』が、ドイツのウラヲス社より出版(さらに各国語で翻訳出版)されるに至って、その反響の大きさは極に達した、と伝えられている。
チベット仏教の深遠なる宇宙観(輪廻天性など)に留まらず、チベットを覆う闇の霊性(死者蘇生の秘術、地底世界の実在など)を克明に綴ったことで、当時、ドイツで政権を掌握していたアドルフ・ヒットラーにも多大な影響を及ぼしたといわれる。
その後、大戦の動乱で版が絶え、闇に葬り去られていたが、50年ぶりに大英博物館より掘り起こされ、遂に日の目を見ることになった。本書は、その完訳である。―本書より



1934年4月16日旅に出る前にロンドンにて二人の仲間と一緒に撮影(中央がイリオン)
テオドール・イリオン

1934年4月12日ロンドンでのデモ中に小さなゴムボートでパドリング中のイリオン。
1930年代初頭に、Illionはチベットで地下都市を訪問した最初の西洋人となった。
テオドール・イリオン
テオドール・イリオン
Theodore Illion(s. 1898 - k. 1984 ザルツブルク)




私はこの「チベット永遠の書」を、去年の三月にネットで知り、そこに書かれた聖なる賢者の言葉に心ふるえるほどの感動をおぼえ、その言葉と一緒に以前自身のブログに載せたのであるが、いったいなんとしたことだろう、これまで読むことができなかったのである。言いわけであるが、間違えて「チベットの死者の書」を買ってしまったからである。そしてまた買わなければという思いを抱えながら今日まで来てしまったわけである。

「チベット永遠の書」を読み進めるにつれて、私は徐々にこの著者であるイリオンとの旅を終えたくないという思いに駆られ最後のほうはとてもゆっくりとページをめくり三行読んでは一時間ほど思いにふける、ということをしながら読んだ。それほどイリオンと共に旅をしているかのような時間は私にとって素晴らしい時間だったのである。読み終えるのがさびしくてたまらないほどの本には滅多に出会えるものでない。二年半前に読んだ町田康の「告白」以来であろう。

この書に書かれたイリオンが出会った真の隠者である賢者たちの言葉は私にとって、聖書とシルバーバーチの霊訓に並ぶほど深い言葉である。

だから、賢者の言葉のいくつかをもう一度載せようと思う。








「みなさい。
世界は人間の無明によって、おぞましい喜劇と受難の場と化している。
誰もが自分本位に生きている。
それは、利己主義が自分の幸福にとって必要だ、と誤って考えているためだ。
他人の苦しみを犠牲にして幸福を追い求めることが、この世のすべての苦しみをつくり出しているのだ。
この瞬間にも世界のあちこちから響いてくる苦悩の叫びをすべてきくことができれば、あなたは決してそれに耐えることはできまい。
それほど悲痛な叫びなのだ。
友よ、あなたがこのようなことを知っていれば、何もせずにいられるだろうか?
症状を和らげるのではなく、原因に直接向かうことだ。
あなたの心を変えることだ。
心が変われば、あなたは自分の教えに生き、その生きた実例によって世界に影響を与えることだろう。」

「あなたは幸せですか?」とわたしはたずねた。
これに答えている間、涙が彼の頬を伝い落ちた。
「いや、幸せではない。
純人間的な観点からすれば、わたしのような人間は胸が張り裂けるほど孤独になることが多いものだ。
わたしは人々を愛しているが、それでも彼らにしてあげられることがいかに小さいかがわかるのだ。
深い悲しみがここにある。
全世界が幸せになるまでわたしは幸せにはなれないのだ。
その目標に達するまでには長い苦難が、限りなく長い苦難が前途に横たわっているのだよ」

「人生は生きるに値するものなのですか?」とわたしは隠者にたずねた。
「むろんある」と彼は答えた。
「人生は素晴らしい。人生は輝かしいものだ。
目まいを起こすほどの高みとおぞましい奈落の底との間を人は常に選べる。
何事も相対的であり、確定したものは何もない。
これを悟るなら、あなたは少年のような心で生きることができるだろう。
子どものような心を持って生きるときのみ、人は生きるに値するものとなるのだ。
そうすれば、多くの事柄を知っても優越感を感じなくなる。
わたしは、自分が例外的な人間だとは思ってはいないのだよ。
人類にただ仕えているにすぎないのだ。
わたしは生き、愛している。」

「物質と霊性の両方をもつ新しいタイプの人間性が必要なのだ。
そのような人間のみが、真に人と呼ぶに値するものではないかね。
物質を捨て去る人間も、霊性を放棄する人間も、決して人たりえないのだ」

「友よ、自分が善人だと考えている人間には注意することだ。
自分が善いと思い込んでいるときこそ最悪なことが多いものなのだ」

「あなたは真の実在(リアリティー)を発見なさったのですか?」とわたしはきいた。
「実在、真理、生命、神、永遠、すべてを包み覆う愛―これらはみな、同じ一つのものなのだよ。
真理をみつけることは君にはできまい。
なぜなら、私的真理を掴んだ瞬間に、それはすでに真理ではなくなっているからだ。
われわれは、生きている限り探究し続けなくてはならないのだ。
人生が決まりきったものであれば、そこに何の意味があろうか?
人は人生に揺すぶられれば揺すぶられるほどよいのだ。決して満足に陥ってはならない。
特に、自分自身に対して」






「世界全体が幸福にならない限り、個人の幸福は在り得ない」と言ったのは宮沢賢治である。
チベットの賢者と同じことを言っているね。
この世界に人々や生物たちの苦しみが絶えない限り、人は他者を自分のように思えば思うほど苦しみも大きくなるだろう。
そんな凄まじい苦しみと悲しみの中に生きて、何故彼らは悪をなす人たちを批判、非難し、抗議しないのだろうか。

私の親愛なる心の友、テオドール・イリオンは言った。

「この人たちは、他人の自由意志に働きかけようとは決してしない。
相手がどれほど賢く力ある人間であったにせよ、われわれが霊的指導の命じるままに自動的に動くような操り人形と化すようであれば、人生は何の意味ももたないのだ。
人は、もっとも優れた善と、もっとも恐るべき悪との間を選ぶ権利を持っている。
人の運命は自らの手の中にある。
人間に与えられた栄光はまさにそこにあるのだ。
いつの日か、人は自らの努力によって自らを救い、チベットの賢人たちのようになるだろう。
彼らは道標のようなものである。
彼ら自らそう語っている。
人は自ら制限を作り出す。
自ら作り出したものをこわさなければならないのも本人だ。
隠者たちは、自らの歩く姿を披露することはできる。
だが、自分の腕に抱きかかえて子供を運ぶなら、子供は歩き方を覚えられずに終わってしまうだろう。」

「多かれ少なかれ、われわれの誰もが世界の動きに加担している。
自らの責任を自覚しようではないか。
チベットの賢人たちは世の出来事を見つめはするが、彼らもいうように、道標としての役目を果たしているにすぎない。
彼らは他人の自由意志に決して干渉しない。
光の道をとるか闇の道をとるかは、人間の自由なのである。
そこにこそ人間の栄光がある。」



見るからに悪をなしている人がいる、人を見るに耐えないほどに苦しめ、殺している人たちがいる。
だから人はいうだろう、そんなひどいことをするのはやめろ!彼らを苦しめるな!
これは一見、正しく、正義であるかのようだ。
彼らはそうされるべきではない自由なる権利があるからだ。彼らに自由を!そう叫ぶのである。
そして悪をなしている人たちから自由の権利を奪い取り、代わりに彼らに自由を与える。
これは目を細めていると正しいように見える。
しかし悪をなす人たちは、何故、自分たちが悪をなさなければならなかったのか、わかっていない。
彼らは自然と、そうなったからだ。

何故、彼らは悪をなさなければならなかったのだろうか。
悪をなす人たちは幸福なのだろうか。

わたしは、とてもそうは思えないのだよ。
悪をなしている人と、悪をなされている人がいるなら、どちらがそのとき不幸かと言えば、それは悪を成している人ではないだろうか。
哀れなのは、いつでも悪をなすほうなのである。

光の道をとるか闇の道をとるかは、人間の自由だとイリオンは言ったが、僕はここに異議アリと言いたい。(イリオンは悪事はほとんどが無知によるものであり、真の悪意によるものではないと言っている)
何故ならそれは、光を知る人だからこその自由だからではないだろうか?イリオン、どう思うかね、君は。
光を知らないならば、彼らは闇しか選び取れないのではないか。
過ちを犯して、苦しみぬき、そして良心に気づいてゆく、彼らはその段階にあるのではないか。
これはほぼすべての人に言えることだが。
成長段階にある、ということである。
だからってそんな奴らの自由は許されないよ、と正義のもとに彼らから自由を奪い取る権利を私たちは果たして持っているのは何故か。
いったい、その不公平な権利とは、何か。
わたしたちだけが自由であるべきで、悪を成す人たちは自由であるべきではないということであろうか。
苦しめられている者たちに自由を!と願うことは人間の自然な人情だ。
私もそう願い続けている、祈り続けている。
しかし、悪人から自由を奪い取り、彼らに自由を!とは願えない。
わたしは誰かが自由であるべきである存在なら、誰かが縛られる存在であってはならないと同時に思う。
誰かの自由を奪い取る者から自由を奪い取ろうとするとき、わたしたちは彼らと同じ事をしていることに気づかねばならない。
不幸を終わらせるために、新たなる不幸の種を蒔いてはならない。

これは自分自身の経験を通して学んだことだが、わたしは以前家畜の殺され方があまりに酷いものである映像をこの目で見て肉食を断ち、そして肉食を続ける人たちへそれは正しいことではないと叫んできた。
自分ではそれを強要するつもりはなかったのだが、感情があまりに激しいために何度も心の中で争いを続けた。
挙句の果てには、家畜たちの地獄のような苦しみを考えると耐えられないほどの苦しみにのた打ち回り、彼らを殺す人たちは皆死んで、そして気づくことのできる人間に生まれ変わればよい。というとても利己的で恐ろしい願いさえ叫んだ。わたしはあのとき、家畜への愛が強い正義のゆえに盲目となった鬼のようであった。
肉を食べる人の中には、それが良くないことであると感じながらもやめたくてもやめられない人もいる。そんな人々の中にわたしは剣を振り回して切り裂かんばかりの勢いで正義を訴えたのである。
結果どうなったかというと、それは傷しか残さなかったようだ。やめたいと思っているのにやめられないところにそれを責められるのだから、悲しい以外にないだろう。わたしはたくさんの人たちを傷付けただけで終わったのだ。それに気づいてからは、わたしは直接批判や非難的なことをするのはやめるようになった。情報だけは提供するようにしたいと思うが、見る人はその情報提供だけでも非難を受けていると感じる人もいるかもしれない。誰かを少しでも傷つけてしまうことが悪いと言っているのではなく、問題なのは、その問題を提起する側の気持ちの問題であり、そこに牙が少しでも見えるならば、それはもはや心の戦争である。正義を訴えるために争うとは、それは賢者の言った言葉、おぞましい喜劇であり、言い換えれば滑稽な悲劇である。

私が願うのは、ただすべてが自由であってほしいと思うことだが、そこで光を知らない彼らの自由とは、闇の自由になってしまう。
そんな彼らに光を見せることを、彼らの自由を奪い取ろうとする我々が果たしてできるのか、と思うのである。
彼らの自由を奪い、それを善なる人に与えようとする我々の光はあまりに貧弱ではないのか。
人は闇をとるか光をとるか自由なのである。
それはつまり、誰の自由をも奪えるものではないということだろう。
この終わらない地獄のような受難の場を、本当に変えたいと思うのであれば、わたしたちがその闇を覆い包むほどの強烈な光を持たなくては、変えられないのではないだろうか。
それは決して彼らの自由を奪うだけの偽の平和を求める切れかけの蛍光灯のような不気味な青白い光では到底、暗黒の闇を照らすことなどできないであろう。

と、わたしはここまでじっくり考えて真剣に書いて、この文章自体が薄暗い蛍光でしかない批判する人たちの批判するという自由を奪おうとする批判を打ち付けるものなのだろうかということを思い、唖然としているわけだが。

「矛盾こそが神秘なのだよ」とは誰が言ったであろうか。
わたしか。
最近よくそう思うのだよ、イリオン、君はどうかね。

すべては自分に対して言っているようなものだよ。
少し休憩しよう。お皿を洗ってくるよ。

僕が何故、イリオンに不思議なほど親しみを感じるのか、それはイリオンはもの凄い人ではあるけれども、それと同時に、それちょっとおかしいんちゃうかイリオン、と思うイリオンの極端で純粋な思想が関係しているのかもしれない。

イリオンがこの本の中で言ったことで印象的だったのが、1が神の数で、2は真っ向から対立しあう二つのまったく異なる霊性があるはずで、それが2の数霊学的意味なのです、という言葉だ。
イリオンはそれが何かということは言わなかった。しかしこれはどう見ても、光と闇、陰と陽、善と悪、というものではないか、と僕は思ったのである。
つまりこれはどういうことかと言うと、神が光と闇を創った、ということではないだろうか。
もしくは、神のあとに、光と闇が生まれた。
これは僕には少しく驚きであった。
何故なら僕は、最近、神と光は同じものであると思っていたからである。
これを覆したのがイリオンの神の次に光と闇が来るという、数の神秘であった。
確かに神と光が同一のものであるというなら、次に光と闇になるのは、なんだかおかしいと思える。
神は光でもなく、闇でもないということであろうか。

聖書の創世記の最初は、まず闇が地上を覆い尽くしていた。
そして神が「光が生じるように」と言うと、光が在った。と来る。
これで考えると、1は神、2は闇、となるか、1は神(闇)、2は光、という変なことになってしまう。
2という二つの数なのに、一つとなってしまうのである。
神は光を良いとご覧になった。
これをそのままにすると
①は神、②は闇、③は光、④は光を良いと思う神の想い、か
①は神(闇)、②は光、③は光を良いと思う神の想い、ということになる。
イリオンは3という数字は、動的な数としている。(動的とは、状態や構成が状況に応じて変化したり、状況に合わせて選択できたりする柔軟性を持っていること。)
これは、想いのことであるとすると、納得が行く。
だからやはり、①が神で、②が光と闇、③は想い、であるとすると、とても数にぴったしとなってすっきりする。
何故三つのものが想いとなるのか、というのは、難しすぎるので人間の理解を超えているのかもしれない。
しかし、想いとは、そこに思考する、考える、意識を持つという存在なくして起こらないわけだから、その“想う″ということはなんらかの三つのもので成り立っているのかもしれない。

これで不思議なのは、何故、創世記では我々の住む地上は最初闇で覆われていたのであろうか、ということになるが、これは地上が最初、闇に支配されていたということなのだろうか。
イリオンは4は物質の数であるとした。地上とは物質の世界である。これは物質の面がすべて闇で覆われているということを示しているのであろうか。
そして物質の闇の広がる水面に向かって神は光が生じるように願うと、そこには光が在った。
神は光を見て良いと想った。神は闇の中に光を生みだし、闇だけであった地上を闇と光に分けたのである。
そして闇がなければ生まれることのなかった光を見て、良いではないか、と想ったのである。
闇がなければ、光が生じることもない、そこに闇があったので、光が生まれた。
悪がなければ、善が生きることもない、そこに悪があったので、善が生まれた。
光と闇、悪と善は対立するもの、相対するもの、「何事も相対的である」と賢者は言ったね。
相対とは、差し向かいで事を成す、対等である、対等で事を行うこと。
これは、悪より光が優れたものであるということではないということを示していないだろうか。
光と闇は等しい価値として対等であり、必ず互いに差し向かわなければ何事も成せないということではないだろうか。

ならば、この世から悪が消え去るとき、また善も同じに消え去ってゆくものである。
人はそれに悲しむであろうか?
悪の無い世界に、わたしたちが生きてゆく意味が無いのだとすれば、悪を成す人はもはや悪を通り越して果てしない悲しみがそこにあることに気づかないであろうか。

戦い合うということ以上に悲惨なことがあるだろうか。悲惨なことは殺されること以上に、人を殺すということだ。何があろうと戦争を肯定してはならない。戦争をするか属国になるかという時、属国になった場合、我々はただひたすらに解放を望み、その精神は“生きる”ことができるが、戦争で多くの人を殺したこの国で生きていくことは、人を殺したことの絶望と自責に自分も死んだようになっても生きなければならないという業苦が死ぬまで続くということだ。過去の教訓が生かされないなら、何のために戦争で多くの人が亡くなり、戦争から帰ってきた人たちが残りの人生を苦しみぬいて生きてきたか。
戦争を繰り返せば、平和ができるのだろうか。
血溜まりの上の自由と平和と幸福の上に我々は立ちたいのか。
人を殺して手に入れた自由と幸福が殺された人たちの絶望と絶叫で出来ているのだ。
誰とも戦ってはならない。

「チベット永遠の書」にはこの上ないと思えるほどの光があり、そしてその光と同じ深さと思えるほどのおぞましい闇が書かれている。
今、この瞬間にも恐ろしい地獄のような苦しみの中にいる者が絶えない世界に生きて、わたしたちはどうすればいいのか。
愛は不義を決して喜ばず、愛はすべてを許す。
わたしたちが、誰かを許さないとき、闇は大きくなるのではないか。
誰かを守るために心に剣を持つとき、わたしたちはその剣によってその光は滅びゆくのではないか。
ほんの少しでも優越感を持つとき、わたしたちは闇の水面を彷徨っている。

わたしたちの闇は深い。
闇の中に光を生じさせることができるのは、わたしたち自身である。
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思考嗜好


grtpla: 知ってるのは自ら作り出したイメージである、死
grtpla: 思考は自ら作り出したイメージしかつかめないからだよ
kikyu268: そうだね
grtpla: 知らないものを恐れることはできない
grtpla: ということだよ
kikyu268: うん
grtpla: 信仰が必要になる理由は、死への恐怖だという
grtpla: おかしいでしょう
kikyu268: 恐怖だけではない
kikyu268: 生きたいという願望だ
grtpla: 生きてるのに願望も何もないでしょう
kikyu268: 何故?
grtpla: そこでいう願望というのは、あのように生きたいこのように生きたい、というイメージのことでしょう
grtpla: その前にあるのは何
kikyu268: 違う、ただ生きていたいという願望だ
grtpla: なら願望はいらない
kikyu268: 何故?
grtpla: 既に生きてるから
kikyu268: それが死によって消えてしまう
grtpla: ああ、長く継続したいということね
kikyu268: うん
grtpla: それにも矛盾がある
grtpla: 一体何が継続してほしいのか?ということだよ
grtpla: 継続してるものなどどこにもない
grtpla: 勘違いからその願望が生まれる
kikyu268: 生命だよ
grtpla: ようは「自分が」でしょう
grtpla: 早い話
kikyu268: 自分だけではない
kikyu268: 自分だけいても死にたくなるだろうからね
grtpla: 同じだよ
grtpla: 「○○である自分」、つまり「自分を構成するあれこれ」が重要だといってるだけ
grtpla: ようは「自分」が継続してる それを死によってさえぎられたくない ということ
grtpla: 自我存続の願望
kikyu268: それがおかしいのかね
grtpla: おかしいね
kikyu268: 何故
grtpla: 死と同じだよ
grtpla: 自分を知ることはできるのか
grtpla: そのもの のほうだよ
kikyu268: 知るために生きるのだとしたら
grtpla: 後付の話ではなく、考える
grtpla: 自分とはあるのかないのか
kikyu268: 自分を知るために人は生きたい
grtpla: それは「ある」として進んだ話
grtpla: まだきまってない
kikyu268: すべてわかりつくしてしまえば、きっと死んでもいいだろう
grtpla: それも先の話
grtpla: そこまですすんでない
kikyu268: だから生きたい
kikyu268: 知るまでは生きたい
grtpla: めちゃくちゃだね
grtpla: あるのかないのか考えることもしないのかい
grtpla: ありきで進めてしまうんだね
kikyu268: そこは、どうだっていいからだよ
kikyu268: もっと大事なことがたくさんある
grtpla: ならその先もどうでもよくなる なぜなら根本がここだからだよ
kikyu268: 何のために考えるのか
kikyu268: 自分があるかどうかを
grtpla: 核心だから
grtpla: 適当にできない
kikyu268: 自分はないとなるなら世界は変わるか
grtpla: やってみたらどう
kikyu268: 僕はもうやった
grtpla: あったのなかったの
kikyu268: あって、ない
grtpla: 具体的には
kikyu268: 在る事と無い事が同時にある
grtpla: 理由
kikyu268: それは君が考えることだ
kikyu268: 僕の考えが君の考えではない
grtpla: どうしてそういえるのか
grtpla: 示してもらえないかな
kikyu268: 君が考えたいからだよ
grtpla: 自分で考えたんでしょう
kikyu268: 君だけの考えが君にとって必要なんだろう
grtpla: なんとも言ってない
grtpla: ある考え方が必要だとも思ってない
grtpla: 願望はいらない
kikyu268: ならば聴かなくていいだろう
grtpla: 生きていくうえでの願望はなく、考えてる
kikyu268: 考え続けることだ、それでいいんだよ
grtpla: そうも思ってない
grtpla: そうやってすごしてても仕方ないからね
kikyu268: 直感的にだよ
kikyu268: 何が一番良いか、直感で思えばいい
kikyu268: そしてそれは変化し続けてゆく
grtpla: 思うこととは何か
kikyu268: 思考は絶えず変化し続ける
grtpla: 思考は概念しかつかめないんだよ
kikyu268: 変化のない世界に生きたいのかい
grtpla: 概念が変化しようがしまいがどうでもいいことだよ
grtpla: 概念の話じゃない
kikyu268: 君はどうでもよいことに頭を悩ませ続けている
grtpla: 概念のことに興味はない
grtpla: どうでもよくない
kikyu268: これは感情がないところで考えても何にもならないからだよ
grtpla: 人の根幹に関わることだよ
kikyu268: まるで科学と変わらないさ
grtpla: 無感情になれという話ではないよ
grtpla: 人は思考するとき、何が起こってるかということ
kikyu268: 科学だね
grtpla: 概念しかつかめてないというだけの話だよ
grtpla: そしてそれを、それそのものだと思ってる
grtpla: 死をしってるという
kikyu268: 科学は宇宙の神秘の中でとても意味のない分野だよ
kikyu268: 思考と意識は違うのではないか
grtpla: そうかも
kikyu268: 脳に左右されない意識が大事だよ
grtpla: いえてる
kikyu268: 理性とは科学では何かわかってないよね
kikyu268: 理性とは何故あるのか
grtpla: なぜ自分とは何か知ってるといえるんだろう
grtpla: ふしぎだ
kikyu268: 嘘っぱちだから言える
grtpla: しらないことをしってるというのは嘘つきだ
kikyu268: そうだよ
grtpla: みんなウソをついている
grtpla: しかも誰も突っ込まない
kikyu268: 嘘も方便だ
kikyu268: 嘘がなければ人間である意味はないかもしれない
grtpla: 限度がある
kikyu268: 嘘によって産み出された世界だ
grtpla: そのウソのために人が死ぬことだってある
grtpla: やりすぎだ
kikyu268: 嘘は罪ではないと思う
grtpla: ウソ自体はそうかも
grtpla: でもそれを本当だと固辞するでしょう
grtpla: 自分をしってるという
grtpla: 自分とはこれこれこういうものだと固辞する
kikyu268: 嘘だと知っていたなら絶望して死んでしまう
grtpla: そんなことはないけど
kikyu268: 今よりは苦しくなるだろう
kikyu268: 嘘だとわかった人から
grtpla: 逆だよ逆
grtpla: うそをついてそれを守ろうとする苦労がなくなる
grtpla: どうして今より苦しくなるの
grtpla: 逆だよ
kikyu268: まあ苦しみにもいろいろあるね
grtpla: そうだね
kikyu268: 嘘であることは苦しいよ
kikyu268: うそばかりの世界で嘘に気づいた人もまた苦しい
grtpla: 自分を知ってるというウソが、人の最も大きなウソだと思うよ
kikyu268: でも嘘は悪ではない
grtpla: 原因だ
grtpla: そして原因はそこで黙ってないでしょう
grtpla: さっきも言ってた
kikyu268: 悪がない世界を想像できるのか
grtpla: 継続しようとする
grtpla: そういう話じゃない
kikyu268: そういう話でもある
grtpla: ついたウソが、継続しようとして動くといってる
grtpla: どうにかして生きながらえようとするでしょう
kikyu268: それでいいんだよ
grtpla: よくない
grtpla: ウソを原因とした矛盾から来る苦しみがそこにある
kikyu268: 彼等はそれで苦しんでいるよ
kikyu268: そして苦しみからでしか気づけないだろう
grtpla: そして人は救われようとして、信仰するんだよ
grtpla: めちゃくちゃだね
grtpla: またウソを重ねるんだよ
grtpla: 取り返しがつかなくなるほどにウソを重ねていく
grtpla: 引き返せなくなったのがエスカだよ
kikyu268: 引き返せない者などいない
kikyu268: 信仰の嘘は大したことはない
grtpla: 絶望して死んでしまう と言ってたでしょう
grtpla: ウソを重ねすぎたんだよ
grtpla: 丸ごと崩壊する恐怖がある
grtpla: もう壊せなくなってるんだよ
kikyu268: すべての嘘は苦しみだが、これはそれぞれが気づいていくまでの必要な苦しみとしてでしかない
grtpla: いや、気づく気すらない
kikyu268: 何故すべての人が同じように気づけるのか
kikyu268: 同じ人は一人もいない
grtpla: ウソだからだよ
kikyu268: 皆それぞれの考えと生き方がある
grtpla: そうだね
kikyu268: 嘘はそう言う自分の中にこそあるのではないかね
grtpla: でもべつにウソに基かなくてもいい
grtpla: 自分というのがウソだといってるのに分からん人だね
grtpla: ウソというは自分自体のことだよ
kikyu268: では君は嘘だな
kikyu268: 君の考えすべてが嘘だ
grtpla: 自分というのがあることとか、それを知ってるというのがウソなの
kikyu268: ちがう、君のその考えこそが嘘だ
grtpla: どのように?
kikyu268: 君が自分の考えで言っているからだ
grtpla: 自分の考えじゃなくてただの事実でしょう
grtpla: どうやって自分を知れるの?
kikyu268: そんなもの在りはしないよ
kikyu268: 自分は知れない、死と同じように
grtpla: そうね
grtpla: 嘘はそう言う自分の中にこそあるのではないかね というのは?
grtpla: 知れないもののなかに、何があるとかないとか、何もないでしょう
kikyu268: 自分がないのだから自分の考えは嘘だよ
grtpla: 知れないんだから
grtpla: そうしたら、どうして願望が必要になるの?
kikyu268: 願望は自分のためにあるのじゃない
grtpla: 願望の元になるものがない
grtpla: 自分が大事にしてるものというのも、つまりは自分だよ
kikyu268: 自分がないと言うのはどういうことかわかるかい
grtpla: どういうこと?
kikyu268: すべての中に自分がいる
grtpla: 何がいるって?
grtpla: 支離滅裂だな・・
grtpla: 無いって言ってるそばから、何があるって?
grtpla: 混乱してるの?
kikyu268: 僕は無いと言ってないよ、自分とは在って、無い
grtpla: 自分がないと言うのはどういうことかわかるかい といってる
kikyu268: すべてが自分で在るとは、自分が在って、無いようなものだ
grtpla: どうしてすべてが自分だとかいうの?
grtpla: 理由とは?
kikyu268: それ以外に考えられないからだ
grtpla: つまり、そう「考えた」の?
grtpla: そう考えて、きっとそうだ、だからそう信仰することにしたの?
grtpla: 願望して?
kikyu268: 考えを超えていると思うよ
grtpla: それは思考の上での話だよ
kikyu268: 考えが何故起きるのかわからないんだからね
grtpla: 自分を信仰してる
grtpla: 信仰とか願望をしないで進まないとならない
kikyu268: それが私の言っていること以外にあるかい
grtpla: どういうことになるのか、やってみるしかない
grtpla: 信仰とか願望をしないで進むと、どうなるのか
grtpla: 注意深さが必要だ
grtpla: 人はすぐ信仰してしまう
grtpla: そうでしょう
kikyu268: 願望とは神秘の中にあるよ
grtpla: 思考の中にあるんだよ
kikyu268: それは違うな
kikyu268: 自然とここにたどり着いたんだ
grtpla: なんだかなあ
grtpla: そもそもどういう願望?
grtpla: 生きながらえたい、とか?
grtpla: ではその願望の持ち主は何?
grtpla: 自分では?
grtpla: 自分とは思考のウソでしょう
grtpla: 思考の中にあることだよ
kikyu268: 自分だ、それは神秘だよ
kikyu268: すべてであるという自分、その神秘だよ
grtpla: そういうことで終わらせたいならエスカが既に終わらせてるよ
kikyu268: 終わりは無い
grtpla: もう何も考えたくない人になった
kikyu268: 常に変化し続けてゆくからね
grtpla: そいう変化すら、ただの思考の中で、概念を右から左に動かしてるだけのことだよ
grtpla: 些細なことに過ぎない
kikyu268: それも神秘の中にある
grtpla: 概念遊びだよ
kikyu268: 遊びかもしれないね
kikyu268: 真剣な遊びだ
grtpla: 真剣さがなくなったときに概念遊びがあるんだよ
grtpla: エスカが正にそれだよ
kikyu268: 君は嘘を言っている
grtpla: 思考で遊んで生涯をそれですごす
kikyu268: 人の嘘ではなく、自分の嘘を見つめることだ
grtpla: すべてうそかもしれないと疑ってください
kikyu268: 誰もが真剣であるよ
kikyu268: すべて嘘だ
kikyu268: 何故なら真理は変化し続けるものだからだ
grtpla: 自分が「あって、ない」ということは、うそなのかどうか真剣に取り組むべきだと思う
kikyu268: 嘘は良いものだ
kikyu268: だからそれも嘘だ
kikyu268: 嘘で、いいんだよ
grtpla: いつでも考えるのをやめて安易に信仰できるよ
kikyu268: 真理はいつでも遠い場所にある
grtpla: すぐにできる
kikyu268: 心理に手が届く日はこない
kikyu268: 真理に
grtpla: 耳障りのいい言葉を並べ立てても意味が無いよ
grtpla: まじめにやったほうがいいと思う
kikyu268: 耳障りがいいのかい
kikyu268: 真面目だからこそ言っている
grtpla: 格言みたいな言葉とか、スピリチュアルなああだこうだとか意味が無い
grtpla: 一切を捨てて取り組むべき
kikyu268: しかし君の考えてることも意味が無くはないかい
grtpla: すぐに響きのよい言葉につかまってしまう
kikyu268: 決して響きは良くないとは思うが
kikyu268: とても厳しい世界だと言うことだよ
grtpla: わからない
kikyu268: 生きて死ねる世界ではないのだ
grtpla: いってる意味が不明だよ
kikyu268: 永遠に真実に向かって生き続ける
kikyu268: そしてそれまでのすべては嘘だ
grtpla: めちゃくちゃだ・・
kikyu268: これは嘘によってでしか生きられないと言うことだ
grtpla: まだ結論付けられない
kikyu268: 結論がどこかにあるのかい
kikyu268: 真理に手が届くのか
grtpla: ウソベースで生きるということはそういうことだろうとは思う
grtpla: 真理真理いってもしかたない
kikyu268: では君の言うこともしかたない
grtpla: そこで言う真理すらしらないんだから
grtpla: 真理を追い求めるというけど、真理を知らないでしょう
grtpla: 知った真理?
grtpla: それはイメージでは?
kikyu268: ただ考え続ける、追い求め続けるしかない
grtpla: それはヤクチュウでしょう
grtpla: 幻を見て裸で外に走り出してるようなものだよ
kikyu268: 知っていたら追い求める必要ないよ
grtpla: しってるから追い求められるんでしょう
grtpla: 知らなかったらそれができないんだよ
kikyu268: 知らないからこそそこにたどり着こうとするんだ
grtpla: ゴールを知ってるから走り出すんだよ
kikyu268: 知ってたらなんもしないでいいだろう
grtpla: 知らなかったら動けないでしょう
kikyu268: 知っているものとは、自分ではないのだろう
grtpla: 知らないということが分からないの?
kikyu268: 知識ではないよ
grtpla: 知ってるということは、自分がつくりだしたイメージを知ってるということだよ
kikyu268: だからそれは』知っているにはならないだろう
grtpla: 自分で作り出した幻を、知ってる、というの
kikyu268: 知らないことと同じだ
grtpla: 自分で作り出した「真理」というイメージを「知ってる」といってる そしてそれを目指して走ってるんでしょう
kikyu268: いや、知らないと言ってるんだ
kikyu268: 知れないんだ、永遠に
grtpla: 何に向かって走ってるの?
kikyu268: 真理だ
grtpla: しらないんでしょう?
kikyu268: 知らない
grtpla: どこにむかってるの?
kikyu268: 真理だ
grtpla: 知らないのにどの方角に向かってるの?
kikyu268: 真理の方角だ
grtpla: めつやくちゃなんですよ
kikyu268: そうだ、むっちゃくちゃなんだこの世界とは
grtpla: スーパーをさがしてる どこの? 知らない
grtpla: 何やってるんだろう?となる
grtpla: あたりまえでしょう
kikyu268: そのむっちゃくちゃを肯定するとは、神秘を肯定することだ
grtpla: きみが無茶苦茶なんだって
kikyu268: 神秘とは人間の理解を超えているからね
grtpla: 自分を肯定してるんだよ
kikyu268: 肯定は変化し続けるんだ
grtpla: 自分が作り出した神秘というイメージと、その作り手の自分を肯定してるだけ
kikyu268: それは違うよ
grtpla: どのように?
kikyu268: イメージなんて沸きようも無いさ、理解を超えているんだ
grtpla: そういう設定をしてるだけだよ じぶんでね
kikyu268: ただ突っ走るしかないんだ、そのわからない方へ
grtpla: 狂ってるだけでは
kikyu268: 正常も無い
kikyu268: 在ると言うならそれも嘘だ
kikyu268: とにかくすべては嘘なんだ
grtpla: 理由は?
kikyu268: 真理が永遠に変化しているからだ
grtpla: 思考のイメージから抜け出せないでいる
grtpla: 思考が何か、考えないからだよ
grtpla: 思考とは何か
grtpla: 自分も死も、思考から生まれたよね
grtpla: そこでいう真理というのもそう
kikyu268: 思考がうそである以上、すべてうそといいたいんだろう
grtpla: だから思考とは何かについて取り組まないとならない
grtpla: ウソだとしても、なぜなのか?ということだよ
kikyu268: 思考が何か決めたならそれこそが嘘じゃないかな
grtpla: 決めるんじゃなくて、探っていく
kikyu268: だからそれが神秘さ
kikyu268: 自分じゃ解りようがないこと
grtpla: それはただの自暴自棄というんだよ
kikyu268: そう、永遠に探っていく、それがこの世界だ
grtpla: すぐに投げ出す癖でもあるの
kikyu268: まだ真理に近いのではないかな、探り当てたものよりかは
grtpla: 何も始まってないよ
kikyu268: 真実を探りたいんだろう
grtpla: すぐに探り当てたとしないほうがいいよ
kikyu268: だから言っている
grtpla: 注意深さが必要だといったでしょう
kikyu268: 真実は永遠に探り当てられない
grtpla: 結論付けが早すぎるんだよ
kikyu268: 三万年かかってもだ
kikyu268: これが嘘なら、嘘だ
grtpla: 安易なんだ どうしてかな
kikyu268: 僕は別に信じちゃいないんだ
grtpla: 思考とはなんなのか、どうしてじっくり考えないの?
kikyu268: 僕は常に考えている
grtpla: すぐに結論付けようとしてはならない
kikyu268: 僕のいった言葉がなぜ真実になるのか
kikyu268: 何故僕が結論を言っていることになるのか
grtpla: べつになってないよ
kikyu268: 僕は真実には届かないと言っている
grtpla: ですからどうして
grtpla: もっとゆっくり進んだらいいと思う
grtpla: 性急なんだよね
kikyu268: 君は届くと信じているんだね
kikyu268: それも、早めに
grtpla: どうともいってないよ
grtpla: 決め付けが早いんだよ
kikyu268: 僕はこれが宇宙の答えだと思ってないよ
kikyu268: 答えはわからない
kikyu268: そして永遠にわからなくていい
grtpla: どうして?
kikyu268: 僕らが永遠であるために
grtpla: 安易だね
grtpla: しかも願望してる
grtpla: 願望と信仰をしないで進もうとしてるのに
kikyu268: 願望がすべてだ
grtpla: すぐに飛びついてしまう
grtpla: エスカと何も変わらんよ
kikyu268: 進めたらいいのかい
kikyu268: 君は自分のことしか考えないのか
grtpla: それでこうふくの科学に飛びつくか、別の何かに飛びつくかの差でしかない
kikyu268: 君とエスカさんの差はない
kikyu268: いや、むしろエスカさんのほうが進んでいるかもしれない
kikyu268: 信仰は自分のためにあるものじゃない
grtpla: それ以外ないよ
kikyu268: そう思う君の自分の思考は嘘だろう
kikyu268: 何故早々急に答えを出すんだい
grtpla: 思考は、思考者を作る
kikyu268: 君のその答えは早急すぎやしないかい
kikyu268: 安易だ
grtpla: じゃあゆっくり考えよう
grtpla: じっくりゆっくり進める 信仰も願望も一切無しで
grtpla: 注意深く
grtpla: そうでしょう
kikyu268: 信仰と願望を否定する、そこが安易で早急だといっている
grtpla: いつでも安易に信仰できる
grtpla: なるほど
grtpla: では信仰とは何か
grtpla: 願望とは?
kikyu268: 苦しんだ人ほど信仰と願望を手に入れる
grtpla: そうとも限らない
kikyu268: それが無い人のほうがよっぽど安易だ
grtpla: そうともいえない
kikyu268: 君はどん底を生きていないのではないか
grtpla: 信仰とは何か?
kikyu268: 苦しみからそれは生まれる
grtpla: 苦しみとはなにか
kikyu268: この世界のあらゆるところにそれはある
grtpla: どうして?
kikyu268: 感情だよ
grtpla: 感情とは?
kikyu268: 感情が進めば、だんだん苦しみは増してくる
grtpla: なぜ?
kikyu268: それが神秘だ
grtpla: 信仰しちゃったね
kikyu268: 同朋意識だ
kikyu268: 同胞
grtpla: 神秘ってしちゃって打ち止めだね
grtpla: ここが突き当たりになってる
kikyu268: 君は自分が神になれると思っているのか
grtpla: 自分とは?
kikyu268: 答えを見つけ出すとは神になることだ
grtpla: なぜ?
kikyu268: その思考は神になろうとしているのか
grtpla: どうしてそう思うのか?
kikyu268: 君は何も知らないからだ
grtpla: 意味不明で支離滅裂だよ
kikyu268: 何かを知ることで神に近づきたい、これこそ願望だ
grtpla: きみの?
grtpla: どうしてそういう願望があるの?
grtpla: 神とは?
grtpla: 神以外とは?
kikyu268: 本当の自分だからだ
grtpla: 知ることでなれるのはなぜ?
grtpla: どうしてそう決まってるの?
grtpla: だれがきめた?
grtpla: 本当に自分とは?本当ではない自分とは?
kikyu268: 決めてはいない
grtpla: だれがそれを判別するの?
kikyu268: 誰もいないんだよ
grtpla: どうして?
kikyu268: だから君の思考も誰も判別しないよ
grtpla: あなたの話でしょう
grtpla: どうして?りゆうはないの?
kikyu268: 君の話と僕の話は違ったね
grtpla: 理由なく、そうだとしたの?
kikyu268: 何も解らないんだよ
kikyu268: ただ考え続ける、僕らは
grtpla: ならなぜそういえたの?
kikyu268: 言っただけさ、すべてが嘘だからね
grtpla: どうしてすべてがウソなの?
kikyu268: まあわからないから、たまに本当のことを言ってるかもだね
kikyu268: それもわからない
grtpla: そう・・
kikyu268: 君の姿勢は正しい
kikyu268: 正しいと思い込んでいる人が一番間違っている
grtpla: 思考とはなんなのか
kikyu268: 答えは誰の中にも無いだろう
kikyu268: それを僕らは考え続ける
grtpla: 考え続ける姿勢こそが正しい、ともいえない
kikyu268: そう、正しくも無い
kikyu268: 正しいことなど、ない
kikyu268: 間違ったことも、ない
grtpla: なぜなら、考えるとはどういうことなのか?まだわからないから
grtpla: 思考とはなんなのか
kikyu268: なにもかもがわかっていないから
grtpla: 思考とはなんなのか、分からないから、思考に拠っていることが正しいのか、まだ決められない
kikyu268: 何も正しくは無い
grtpla: 思考がツールとして採択されうるものなのか、まだ決まってすらいない
grtpla: なぜなら、思考とは何か、まだ分からないから
kikyu268: しかしそればっかりに人生を費やしていいものか
grtpla: ですから、思考とはなにか
grtpla: いえ、進めないな、と思う ただそれだけ
grtpla: 費やしていいかどうかという問題ではなくて、進めないということがあるだけ
kikyu268: 進みたいという願望があるならいい
grtpla: 思考がツールとして採択されうるものなのか、まだ決められていないので分からない段階
闇雲に進めればいいというなら、採択して進んでもいいけれど、エスカということもある
grtpla: 引き返せない
kikyu268: わかるときは来てもそれは信じない、君の中に信仰は無い
grtpla: 信仰とはどういうものか、ということがあるよ
kikyu268: 信仰は願望だよ
grtpla: 思考の上の話だった ですから信仰のベースとなる思考とは何か?となる
grtpla: 願望も思考の上での話し
grtpla: 思考が何か、がその前にある
kikyu268: 正解を示されてもそれを信じたくないならそれを信じないだろう
kikyu268: 信じたい願望はほかにある
grtpla: 正解か不正解かを判断するのすらも思考でしょう
kikyu268: だからそれは永遠にわからないのではないか
grtpla: 思考とは何か から進んでない
grtpla: 分からないとも決まってない
kikyu268: 進めるものじゃないさ、こんな短時間で
grtpla: なんだろうか?ということ
grtpla: ですから慎重に考えてるでしょう
kikyu268: だからそれでいいんだよ
grtpla: いかに進んでないかがわかるよ
grtpla: いかにめちゃくちゃに進んでるかもわかる
kikyu268: そうゆうものさ
grtpla: 思考とは何か
grtpla: 投げないでじっくり考える価値がある
kikyu268: それを君は信じているんだね
kikyu268: 僕は別の価値を信じている
grtpla: 信じる必要性がない
kikyu268: ならばそこに価値も無い
grtpla: 信仰とは、思考だからだよ
grtpla: 思考が分からないのに信じれないでしょう
kikyu268: 価値があるという信仰は思考だからだよ
grtpla: 信じてない
kikyu268: では価値など無い
grtpla: 価値を求めてない
kikyu268: 君はただ考えるロボット
grtpla: 単にそれ以前がない
grtpla: 思考より前って?
grtpla: というわけで、さしあたり思考とは何か?ということ
grtpla: ただそれだけの話
grtpla: 思考って、無前提に採択されてる
kikyu268: 人が考えてたどり着くことはたいていくだらないような気はする
grtpla: そうでもないでしょう 医療とか音楽とか でもそうではない側面にアプローチしてる
kikyu268: 音楽は感性だよ
grtpla: 思考がつかめるものとつかめないもの 理由、それを確認してみようとしてる
kikyu268: 君が人が苦しんで殺されるのは良くないと思うこと、これは思考ではない
kikyu268: 思考より強い意識がそこにないだろうか
grtpla: どうして良くない?
kikyu268: 君の気持ちだよ
grtpla: もちろん例えば動物的ななんかDNAにしみ込んだ何かでの反応はあるだろうけど・・
kikyu268: そこはただのDNAにして、なぜ思考だけにこだわるのか
kikyu268: DNAにしてしまうことは安易ではないのか
grtpla: 人工物だから
kikyu268: 知恵と智慧は別物だ
grtpla: 思考がいじる限り同じだよ
grtpla: 原材料が同じということだよ
kikyu268: 生きていることはなんだろうかと考えるばかりで生きることをないがしろにしはしないだろうか
grtpla: だから作り出されたものに着目するんじゃなくて、作り手とはどういうものなのかに着目しないとならなくなる
kikyu268: 作り手が君にわかるのか
kikyu268: 考えるだけで
grtpla: 思考でしょ
grtpla: 思考から作り出されたあれやこれやに振り回されるのをおしまいにする
grtpla: そして一体何をやってるのか?と考える
kikyu268: おしまいにしようと考えてばかりで逆にその思考に振り回されて死ぬのではないか
grtpla: おしまいにしようと考えてないで、おしまいにしたらいいだけだよ
kikyu268: おしまいにできるのは安易ではないのか
grtpla: 知恵と智恵の違いについて考えるのをやめればいいだけでしょう
kikyu268: 何万年も人間が生きてきて見つからなかった答えを君は編み出しておしまいにするのか、安易ではないのか
grtpla: AやBの違いについて考えるんじゃなくて、何がそれを作ったか?ということだよ
kikyu268: おしまいにして、それが嘘だと言うことを考えないのか
grtpla: おしまいにしてCやDに取り組むわけじゃない 何がそれを作ったのか?ということだよ
grtpla: 次々作り出されるABCDについて振り回されるのをおしまいにするの
kikyu268: おしまいにしたいのだな
kikyu268: それが君にとって楽だからか
grtpla: 願望じゃなくて、その全体の構造を理解するんだよ
kikyu268: その理解が何故嘘じゃないと言えるのか
grtpla: どっちが楽とかそういうことじゃない
grtpla: ウソかもしれないけど、ABCDに大差ないことが分かる
kikyu268: 嘘でもいいということか
grtpla: いいとか悪いじゃない 要点は、ABCDの違いなんて大差ないという理解だよ
grtpla: そしたらそれはもうおしまいなわけ
kikyu268: 差があることが苦しいからだな
grtpla: 何を言ってるのかな
grtpla: 差の大小に意味がないってことだよ
grtpla: ABCDがどうちがうとか、どうでもいいってことだよ
kikyu268: 大差が無いことを証明したらおしまいなんだろう
grtpla: ABCDについて考えをめぐらすことが終わるんだよ
kikyu268: そして次の考えを思い巡らすのだな
kikyu268: 考えは終わらないと言うことだな
grtpla: 違うって つぎに、その作り手に向かうわけ
kikyu268: 勝手にしたまえ
grtpla: ABCDの作られていくその構造に向かうんだよ
kikyu268: 同じことを言ってるじゃないか、僕と
kikyu268: そしてそれがおしまいになれば、またその次だ
kikyu268: 終わりなど無いだろう、本当のおしまいなど
grtpla: 終わらせたい願望すら持ってない
grtpla: 願望も信仰もなしだといってるでしょう
kikyu268: いいことだ、僕もだよ
grtpla: さっさと終わらせたい願望を持ってるのかい
kikyu268: 終わらせたい願望は無い
grtpla: ならゆっくり注意深く進めればいいでしょう
kikyu268: 終わらせたくない、しかし君は終わらせたくない願望も無いのかい
kikyu268: そうするよ
grtpla: ないよ
kikyu268: おかしいな、さっきおしまいにしたいと言った
grtpla: 思考が作り出したあれこれは、違いはあれども、思考が作り手である点でおなじということ
grtpla: ですから大小の差はあれど、ようは原材料が同じという、同じもの
kikyu268: よくわからない
grtpla: 思考が作り出したイメージは、全部おなじだということだよ
kikyu268: それは僕の全部嘘って言うのと同じだね
grtpla: そうね
grtpla: だからウソではないものはなんだろうか?となるでしょう
kikyu268: うん
grtpla: そしてその前に、ではどうやって、なぜ、思考はそういうものを作っていったのかな?となる
kikyu268: 神だよ、神の思考がこの世界すべてを作った
kikyu268: 君は神の思考を考えているんだ
grtpla: 神もABCDでしょう
grtpla: ABCDについてはおしまいにしたんだよ
kikyu268: Aが神で、Bは光と闇だ、Cはなんだっけ
kikyu268: ま、いっか
kikyu268: 1が神で、2が光と闇、で、3はなんだったかな
grtpla: ABCDというのは、思考が作り出した様々な概念のことだよ
kikyu268: 神の概念だね
grtpla: 概念の内容については扱わないことにしたんだよ
kikyu268: なんで?
grtpla: 理由は素材が同じだから
kikyu268: 早急なんだな
grtpla: そうではなくて、Aについて扱って、一生のじかん費やせて、さらに無意味だからだよ
grtpla: やる前にわかるだけの話
kikyu268: たとえばどういうこと?
grtpla: エスカが神について一生かけて勉強して死んでいくってことだよ
kikyu268: まだ一生を生きてないよ
grtpla: それをやる前に、それがどういうことなのか?ということだよ
kikyu268: 信仰が無意味かどうか、君が決めることじゃないよ
grtpla: 信仰はABCDだよ
kikyu268: ABCDの中に思考があるよ
grtpla: 発狂する権利は誰にでもあるけど、とりあえずいらないわけ
grtpla: ABCDの作り手が思考だよ
grtpla: ABCDは思考そのものだね
kikyu268: 君が要らないものを馬鹿にするのは良くない
grtpla: だから全体の構造がどうなってるのか?ということに取り組むべきであって、ABCDについて取り組むべきではない
grtpla: バカにはしてないけど、いらない
kikyu268: それならそれでいい
grtpla: だからABCDとは何か?ではなくて作り手である思考とは何か?ということだよ
kikyu268: 作り手は神だろう、いわゆる
kikyu268: 君の思考を作り出したのは君ではない
grtpla: なんどもいうけど神はABCDだから
grtpla: わからんかな・・
kikyu268: その答えは僕はぜんぜんわからない
kikyu268: 神はわからない存在だから
grtpla: わからなくて万能である創造主は、ABCDなんだよ
kikyu268: 思考は万能ではあるけどわからないという意味で神だよね
kikyu268: 万能ではないけど
grtpla: その設定を作り出したのが、思考だといってる
grtpla: ダカラどうとでも設定できるから、ABCD新見なんかない
grtpla: いみ
kikyu268: 誰も作ってないかもしれないのに
grtpla: 思考が捕まえたものの事を話してるんだよ
grtpla: 神、というときそれが分かるでしょう その設定が
kikyu268: でもわかってないんだよ
kikyu268: わかるならそれは概念だろうけど
grtpla: ですから分からない、という設定が思考が作ってるからでしょう
grtpla: 分からない、と分かってるでしょう
grtpla: 「分からないものである」と
grtpla: それはABCDだということ
kikyu268: それは思考ってよりは脳じゃないのか
kikyu268: わかったらとたんに概念になるだろう
grtpla: 思考は脳の機能だね
kikyu268: それをわかっているから思考はわからない
grtpla: だから概念というのがABCDでしょう
kikyu268: 思考は概念にしないために、わからないと言っているんだ
kikyu268: 実際わかっていないんだ、思考って奴は
grtpla: 「神とは、わからない何かである」と、わかってる
grtpla: ABCDだよ
kikyu268: それは、わかってるけど、なんでわかってるって言うのか解らないでいるから、なにもかもわかっていないんだよ
grtpla: 「分からない」という設定をしてることに気がついてないからだよ
kikyu268: 設定をしていることがわかってない思考はなんて馬鹿なんだ
grtpla: だから「分からないもの」であるはずのものを分かってるという矛盾に気がつけない
kikyu268: 思考はいつまでたっても馬鹿じゃないのか
grtpla: ABCDを自由に設定できるから、「分からない」と設定しただけなんだよ
grtpla: ようは、わからないというのは、どういうことかというのは、思考が捕まえることができないものだということだよ
grtpla: 思考が捕まえることができるのは、概念だけ つまりABCDだけで、それは自由に設定ができるということだよ
kikyu268: でもわからないということをわかってしまっているってことは捕まえられているんじゃないのか
grtpla: 捕まえられないものの種類が分かっただけで、それを捕まえているわけじゃないでしょう
kikyu268: わからないこともないしわかっていることもないよって言っても、そう思っていることをわかっちゃってるんだから
kikyu268: でもわからないことをわかっちゃってる自分の思考に捕まってる気がするけどな
grtpla: わからないことはあるでしょう
grtpla: 概念以外のすべてだよ
kikyu268: でもそれをわかっちゃったんだ、馬鹿な思考が
grtpla: そう信じてるだけで、実際にそうではないでしょう
grtpla: 分かったと思ってるだけ
kikyu268: わからないってことをわかってるってことも概念だよ
kikyu268: 思考することは何もかも全部概念だよ
grtpla: そうね
kikyu268: 概念を止めたければ思考しないことだ
grtpla: ところで概念以外って、なんだろか
grtpla: と、考え始めた瞬間に、即座に思考の、つまり概念の手の内の中にあるね
kikyu268: それこそが理性や感情願望
kikyu268: そうだな
grtpla: 理性もABCDだよ
kikyu268: 違うと思うよ
grtpla: 理性を知ってるの?
kikyu268: 思考以前に理性ってあるもの
grtpla: これでおわり
grtpla: そのように、それがそういうものだと、知ってるんだね
kikyu268: 言葉にしちゃうからこうなる
kikyu268: 本当は言葉以前にすべてがあるんだ
grtpla: このへんで休みたいんだけどいいですか 笑
kikyu268: 休みましょう
grtpla: 笑
grtpla: 疲れた・・
grtpla: ではまた
kikyu268: また
grtpla: どうもでした
grtpla さんが退室しました。

MICHITAの午後

IMAG0275.jpgいやあーほんま
IMAG0276.jpg急に暑くなって
IMAG0278.jpgほんまびっくり
IMAG0281.jpgはっ誰だっっっ
IMAG0429.jpg泥棒兔でござい
IMAG0431.jpgタダで撮らんといてんか青パパイヤくれよマジで旨い奴
IMAG0436.jpg兔の置物ちゃう
IMAG0437.jpg生物生きてんの
IMAG0438.jpg嫁はんがほしい
IMAG0439.jpgマジ糞真面目
IMAG0440.jpgなんつってねぇ
IMAG0441.jpg何?近づいて
IMAG0442.jpgだから何なのよ

芯之臓

「やあ、さみしかったろう、わしが電話してあげたで。あのなあ、キミんとこの烏龍茶安いしうまいね。また買うよ、100円の税金は確か5円だが103円ってところがオツだよね、一昔前、昭和に戻ったような気分だ、税金が100円当たり3円だった時代はいつだったか、もうものすごい大昔に思えるね、そんな郷愁を感じさせてくれた、そしてケプラー宇宙が故障して太陽系外惑星に暗雲が立ち込めたらしいが、キミの星は大丈夫界、大丈夫界か、よかったよ。あのねえわしはどうやら不整脈と血栓症と納豆奇名ー是の反逆みたいなものに罹ってるのかもしれない、鼓動は普通トクントクンゆうてるやんか、わしの場合それがトクントクンドクドクットクントクンバクバクッキュンキュンキーキーという感じで明らかにこれは死を感じるから明日秒印に行ってみようっどうやら引篭もってパソコンの前に一日中座って酒ばかり飲んで水分摂らないで寝るとナットウキナーゼになるようなんだ、みんなも気をつけたほうがいい、特に小説家なんかは缶詰で酒びたりになりやすいからな、だから僕は椅子に座ってペダルを漕ぐやつそのペダルだけのやつを買って毎日一日中漕ぎながら小説を書こうと思ったんだ、そして寝る前と朝起きたとき必ず水分を摂る、もちろんノンカフェインだ、酒とコーヒーと紅茶はもうやめだやめだ、とにかく苦しくって生活どころじゃない、生活なんてものを放り投げたくなる、もうこの心臓と向き合って徹夜で話をつけたいくらいだ、どうしたの?いったいどうしたんだマイハート、いつもの君じゃないじゃない僕のマイハート、いつもの君に戻っておくれマイハートスウィートボンブマジカルパーカッションラヴァーミラクルいつものハートにもどれ、ウーロン茶はノンカフェインじゃありません?怒っているんだねマイハート、僕は知っててこれ買った、納豆のナットウキナーゼが血栓症にいいかどうかは不明、僕の心臓は言ったんだそのとき、「自分の身体を労わる時がヤッテキマシタヨ」僕はそういわれてしみじみ思った、僕の身体が僕に教えてくれてるんだね、あれ、なんか改行が変わってる、もしかしてここは夢なのかなぁ、もしかして消費税が3%の頃なのか?!今の今って、違う星に来てしまった!ってかいつ来たんだ?!WHY!なぜ!なぜ?!教えてくれよ気ィ狂ゥさんと酢ー!!あぁ・・・興奮して苦しい・・・税込で103円っておかしいもの絶対に、ここはパラレルワールドもうひとつの地球税金3%の2013年の地球なんだ!戻してくれよ、税金5%の地球へ、僕の暮らしていた地球へ、テラへ、無理?なんででででででェ~な・ん・で、な、ん、で、僕の心臓ももしかして税金3%バージョンの不整脈心臓なのか?きっと税金5%の地球に戻ったら心臓は正常に脈を打つんだ、ちっくしょうっなんだってなんだってパラレル税金3%地球に来ちまったんだ、ここに暮らす人は税金が3%に減った代わりに不整脈心臓を抱えて生きていかなくてはならないのか、ああ!だから今日の自転車運転はあんなに可笑しいほどにすがすがしく楽しかったのかァ!税金5%アースじゃないから、なるほどな、税金2%分身体も軽くなっているってことか、しかしそれ+異常心臓だからこの苦しさはざっと税金にして結局税金27%みたいな暮らしだ、ちょっとバイ貝っぽくなってきたな・・・くっそーっ、俺の地球が遠い、マイアースに戻りたいこのマイハート、なにか年々に足の毛が濃くなってきているようだが、これと不整脈はどこか関係しているのだろうかとにかく陽に考えよう、足の毛が濃くなってくるのに合わせるかのように脈がだんだんと不正になってきたがそれはすべて僕に何かを伝えようとしているんだな、これも転機だな、それが何かはまだわからないけど、陽だ、陽だ、陽だ、陰を陽に変えてこそ陰陽師だ、僕は陰陽師になろう心の陰陽師に足の毛を抜いて拭いたら即座に小さな親指ほどの鳥と龍を足して消費税3%加えたような式神と化し、そいつが僕にゆうだろう、「なんかしてほしいことあるわけ」あるあるっ、「それはなにであるわけ」脈を正常にしてもらえないだろうかってあっ自分のこと願ってしまったぁ僕はもうおしまいだあ「よしわかった、じゃああんたの世界が正常に脈打つようにしてやろう、ムヌハッ、さあこれでどうだ」ウニャラポンペナハアー、なんじゃこの世界はぁッ、決定適に狂ってるガーナチョコレットウッ「不満なのか、じゃあこれでどうか、メヌファっ」なんだこの干物の踊りみたいな世界はァっ「まぁどうしたってあれだよ税金27%のアンタにはそんな風にしか見えない、事実本当は税金3%なんだよ、それに税金をあれよこれよと上乗せしているのはあんたらだぜ、どうしたらそのワレの気苦労税金減らせるのか、鋲陰行ったって剣工なったって減らないぜ正味な、己の頭使っても無駄だ己の芯之臓使ってみせたれヤ」あ、ナールこの心神真の臓成るほど為るほど鳴るほどナル死素戸」

EGO

「電話魔照ったよ、魔哲多よ、待ってたよ。僕もあれからいろいろ考えてた、考えていた。草原の熱帯魚のようにね待っていたんだ君のこっとゥをゥ。早すぎる脈を落ち着かせたのは早朝の冒涜なミラー、君を?僕は?覚えってるぅ。君の全存在が僕の全存在に呼びかけているぅ。ごめんちょっと酔っ払ってラァ。君は僕より進化中。僕は言いたいことがあった、でも言えない。僕は言える、本当の本当に言いたいことは絶対誰にも言えないんだって。赤いネオンが何分おきに点灯するのか見ている、約9,1kmはなれた窓から、君のおる世界が僕の世界と違うように違うのかそれともおんなしなのかそんなん俺知らん知らんけどな、僕のゆうてること君にわかれば腹立つけどな、僕のエゴを愛してくれますか、「下半身のもくろみ」という大長編作をあと70年かけて書くだけの人生やたっとしてもそれでも愛してくれますか、現時点僕のおる時点がどこかなんざどうだってええ、可能性に賭けない不可能性を愛する人よ僕の声を聴いて聾になってくれ、忘れ形見を残して死なないから、軽蔑が愛に近づいてゆく、嫌いなものを自分のものにしていける、絶えず栗鼠猿が脳内できしみ喚いている暮らしの中で正気を装って生きてゆくユーラシア大陸揺らしあ馬に銀色の尾鰭生きていく場所がない洞窟で一人で暮らす人を尊敬する僕はすべてに惑わされている惑わされている喜び骨のぬくもり抱いて生きるしかないんや白樺の人と話をしてる虚構を愛している罵りあうほど人を信じている現実で愛を謳い夢の中で殺しあっていた残虐性に満ちて涎を垂らして笑っていた明日の残骸はこの手の内に在ったそれでも人は笑っていた太陽を糞で塗り潰しその隙間から漏れるものを飲み干し他人の子を盗んで育てた死んでいた子供はすでに死んでいたそれでも人は笑った明日の残骸を抱くためにやってやる俺はとにかくやってやるぞ何かが恋しいその何かが何か全く解らない僕のマタイ伝がはっちゃめちゃ、はっちゃめちゃ、うさぎの交尾は可愛い、そんなのは嘘だろ、なあ、希望と絶望が同じところに必ず同じだけ存在していることを知っていますか」

兄弟契り

「ごめんね、また電話してしまって、すごく寂しいさっびしいくってェしゃあなかったんにゃ、パトカー三台ぐらいのごっつい音のサイレンで目が覚めたあの不穏な目覚めからずっと怖いっちゅうのか孤独の摩天楼ちゅうのか、おとろしいてなァ、つい電話してもうたわ、ところで大阪ではクッツクをヒッツクちゅうんやけど、われはどこのもんや、この世の者ではない、なるほどな、どおりでエコーかかってるわけやね、僕はねとにかく不穏な世界に生まれてきたようだ、だから恐れていられないんだ、うつりかわる地獄っちゅうのはまさにここのことや、真面目な話酒が飲みたいな、明日死んだらどう思うわけ、君は、だあーと流れてくれないのか、心が表れる言葉が自分の中にあったら、誰よりおのれを愛してしまった彼は誰より不幸で、僕はその不幸に呼びかけたんだ、兵隊さん、と呼びかけた、彼は振り向いて言った、俺の延命がこの世界である以上おまえが死んでれ、ら?と僕ゆうた、ら、ちゃう死んでれんや、とこないゆうんや、わしは気になったんでこう返ひた、ほな貴方は盲目の海ですか、とゆうとおまえこないゆうよるんよ、下手したら中央階段は行き止まりでわやや、明日にしたらどうですかと僕ゆえばァ、知床ケツまではまってくれるなら、とゆうて男は浴衣の裾をまくり上げてふんどしげつをぷりぷりいわして走り去っていきょった、かんどうできだったのはそのことではなくそのことを今きみに話している僕チン自身に向けて感動の刃刺さっとおるんや、本当に終わらない話がここにある、それは青い熊のようになでだかだんだ、ギル兵衛は言った、まむしの背骨と俺の顎ちょっと似とるやろ、見てみィこのここ尖がっとるやろ、まああっちはまむしの背骨がどうなってるか知らんねんけどな、あれはなんであんなにあんなんなんやろ、俺が朝起きるとな、利休の黒茶碗の中に小さい白蛇がまあるく入っとってなァ、そこにそのまま茶ァと水入れて茶筅でわしゃしゃしゃしゃしゃしゃと混ぜて飲んだら世界が暗黒城になった、わしの天下じゃ、叫ぶと瞳孔開いた奥にその白蛇住んどってな、わしにこないゆうんじゃ、無が生(しょう)になり生の都が血桜じゃ黄桜の弁酒をわたくしに吞ませてもらえませんか、じゃからわしは酒を目ェで吞んでやった、すると全身に黄色い鱗(こけ)が生えてのォ死んだ振りしてから浅草まで相撲の張り手の格好後ろ向きで歩いてった、くすぶりあった灰と灰その中に負傷した人その人こそ二十七年前に生き別れた空國王その人やった、死んでなかってんのォ、生きとったらエエこともあるもんやのォ、わいはそのパックリザックリ開いた左肩の傷口に目ェから吐いた白蛇を頭から突っ込んで尾の先を食いちぎった、食い千切った尾は兄弟契りの証として喰うた、ほんで気をはあっきりさせた空國王が俺にゆうた、おまえ目ェから血ィ出とんやんけ、どないすんね、俺は朦朧のボウとなりゆうた、だって契りたかったァ毛細血管のその筒はどれくらいの薄い皮なんやろう、空國王はゆうた、心配せんでも喰うもんないさかい、毛細血管でもなんでも揚げて練りカラシつけて喰うてこまそ、そやな、せやね、金海老のしゃちほこが空に春風にゆうらりと動き蠢き腐っていた。了」

たんぽぽと家鳩

「あんたどこの人やね、大阪ではね、クッツキムシっちゅうんじゃ馬鹿の一文字、気持ちよく鮭と遊ぶ妄想してたのにクレーム電話かけてくるなよ坊主、辛子明太子坊主、金時豆は甘い、君の金時甘めは甘い、島流しにおうて学んだか知らんけどや、江戸ではもう知れ渡ってる、カラス貝は黒いということをな、散々アレほどゆうたんや、和尚様はな、エネルギーの源をうちわではたいたその先を見ろと言って死んだケースケを忘れるな、リアルティを殺した先のマダガスカル諸島にミーアキャットおらんかったんか、持って返ってきてほしかったのに、だからあんたはいつまで経ってもだめなんだよ、俺に生きたミーアキャットを送れない限りあんた駄目なんだ、ホメラニアンなんだよ、あんたのことなんて一生ホメラニアンなんだ、ホメラレアンみたいに生きたいのか、それともホメラレナンみたいに死にたいのか、勝手にシヤガレン、衛星的に見て君は小さいから、僕の糞溜りが君の地獄だからね、アナコンダはアナゴとは違う種類だよ、それはシイラのでこが四角いからってこの世が四角く治まらないのと同じことさ、理屈は世界を滅ぼす、それは炎天下の牛乳浸した食パンみたいにびっちゃびちゃやねん、理由はない、この俺が生きているということに理由なんてさもありなん、ただ夕日のおでん串刺しになった太陽のように熱くて燃えているエンラエンラとな、芋焼酎と炭酸買うてきてみィ、一緒に入れて飲んだら美味いから、経験こそが神話だよ、ナイル川とユーフラテス川のあいだにな、おった変な虫をお嫁さんにして最期の言葉は「あれ買うの忘れとったな、リケンのノンオイルドレッシング」っつって死んでいった友のこといつも胸にその言葉を刻んで生きてゆく、心を形にするとね椎茸の形なんだ、下はすぼんで狭くなってるけど上は広くて大きく守ってくれてるんだ、落ち込んだときには椎茸を思い浮かべなさい、必ず、椎茸になれる、君の心もね、石づきとると軸も食べられるよ、椎茸の晩に捕りにいこうか、俺の心と君の心があればほかはいらん、五月雨のあとにランクルで四駆の赤い奴で手を熊手のようにして準備Okだ、夜明け前に行こう、どうしてもゆこう、椎茸を、あなたとわたしの椎茸をとりにいこう、死ぬ前に僕らが、僕らの椎茸探しにゆこう、オレゴンのアルファルファは消化吸収を助ける、ゆこう、成長期に最適だから、バイプロティン、川の上を走るトカゲみたいに必死に走って生きてゆこう、無意味と無意識の君の心の奥隅にたんぽぽと家鳩がいつも居ますように、アラスカより、キークルサントスの店員より」

ヒッツキムシ

「あ、もしもし?おたくキークルサンストですか?あのですね、直裁に申しますけどね、しょっぱすぎる、はい、商品名は塩振り海苔、焼鮭、はい、しょっぱすぎる、嫌味かと思われてもしかたない、これはしかたない、これはだってしょっぱすぎる、食べながら何考えとんねん、という言葉が20回近くは思ったかもしれない、そう、いやほんまに、大げさやのうてね、それくらいしょっぱすぎる、意味わからん、という言葉が15回以上は頭をよぎった、それくらいしょっぱすぎる、いやいやいや、冗談じゃなく、実際しょっぱすぎる、あほか、という言葉が18回は思ったかもしれない、これは何か消費者を胃がんにしようという何かの計画ですか、皮肉じゃなくてね、ほんまにしょっぱいんですわ、眠れなくてね、おにぎり食うたんですわ、そしたらこのしょっぱさでしょ、目ェ覚めて、よけい目ェ覚めてもうてね、いやほんまです、ほんまやゆうとるやろ、え?クレーム係ここちゃう?じゃかぁしいわ、黙って聞け、これいくらやったっけ、105円か125円か知らんけども、105円で胃がんになったら大損ですわ、手術台、入院肥大、治療肥大と肥大ですわ、費用がね、え?だから肥大するっちゅとんねん、金かかるっちゅうてんの、わかるでしょ?しょっぱすぎてね、腹が、胃がまだ痛い、ぼくちゃんまだ痛いよ、もうこれは即刻、即すぐ、売るのを禁止してください、しょっぱくって、美味しくないから、マジです、本気です、ただ眠れなくて憂さ晴らししとるだって?じゃっかあしいわい、ちゃうちゅうてんねん、腹が痛いの、ほんま、糞が出てないから?あほ、ちゃうわ、しょっぱすぎて胃ィ荒れてんのぉ、胃がね、痛くなるほどのしょっぱさ、おたくなめとんか、金返せなんてわしゆうてない、この、なんでこんなしょっぱいのんを作ったか、ただそれだけを納得の行く論理でお答えくださるまでですね、眠れないと思って、ええ、さみしいから?何抜かすか、ばかたれ、まあ野沢菜は美味いと思ったけどね、人口甘味料入っててドンビキですわ、もうちょっと消費者を愛してくれてもええんちゃいますかね、悲しい、悲しすぎる、これじゃああんまりにも、絶対に、二度と買わない、誰もが、誰もが一度でもう十分のしょっぱさがここにあります、塩分がここに詰まってます、ほんまです、わし、うそ、いわない、元インディアンじゃないですよ、元ボヘミアンです、はい、とにかく、もう10日分くらいの塩分を摂ったな、だから10日は艶聞なしの飯を食います、10日分の食料費を送ってください、冗談ですよ、喉がおかげで10日間渇きっぱなしだと思う、だから10日分の十六茶を送ってくれたらもうわしは、思い残すことなく死ねる、なんてね、まあ、あなたも大変ですけど、わたしは馬鹿です、あなたが馬鹿ならわたしは大変です、もちろん、この情熱を誰にほかに届けられましょうね、あなたしか、あなたしか、どこかでお会いしましたか、あなたはね、立派ですよ、ぼくなんかより、だから聞いてほしかった、誰よりも、あなたに、あなたに聞いてほしかった、このしょっぱい想い、ありったけのしょっぱさを君に、あげたい、フォーエヴァー、営塩、塩で営むあなたに乾杯、君の涙、それは、ありがとう、しょっぱさを、ありがとう、心から、胃から、足の裸足の冷え性の冷たさを込めて送るよエンド、塩怒、冷やし中華始めましたという看板の如く、ぼくは、焼鮭食いました、みたいな、その濃くなる白、コクハク、ですか、まあ去年の7月から魚介類食いまくってるんです、誓いって僕の誓いって死んでるん、死んでんのか、絶望が眩しくて眠れないよヒッツキムシ。ム」
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白空

Author:白空
1981年8月4日生

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『アースリングス』

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