むこうぎし

私は誰かと別れて、大事な人と別れて母親の亡骸を車の後ろに乗せ
私は運転席に座り、車を出す。
母と一緒に白黒世界の池の中へ入ってゆく。
静かにゆっくりと車が池の中へ入ってゆく。
気づくと私はいつ車から抜け出したのか、池を泳いでいる。
とても濁った池だ、そこを必死に平泳ぎをして泳いでいる。
ずいぶん遠い岸に思えたが気づくと岸の側まで泳いで浅瀬へ来た。
黒い魚の影が泳いでいる。
歩いてみると底はヘドロや芥やがらくた、尖った石などがあり網を張られている。
足を切ってしまうかもしれないし何より気味が悪い、タニシがいる。
私は向こう岸へたどり着くぎりぎりまでまた平泳ぐ。
岸へ辿り着くと、私は急いで土手を上がって走った。
そこにいつもの釣りの格好をして釣りをしながら心配そうな顔で私を見た父がいた。
私は途端、懐かしい父の顔を心の奥に仕舞い込んでいたフィルムから大きく映し出す。
私は夢と現の間に呼び戻される。涙は出ず掛けがえのない父に逢えたことが徐々に
掛けがえのないものを失ったことを深く思い知らす。
池へ入水する前に別れた人は父ではなかったか。
私はとても大切な人と別れ母の亡骸と一緒に死を選んだのは何故か。
そしてけっきょく死を拒み、泳いで父のもとへ駈けつけた。
そこで父は待ってくれた。暗く孤独な池の向こう岸で。心配しながら。
私はやがてすっかり現に引き戻されると、失ったもののあまりの大きさに途方に暮れ
涙を流した。