光るみなも白い空 | 2013年09月

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I wanna be your friend

ぼくの頭の中に爬虫類。
爬虫類、ぼくの頭ん中。
虫篭には入らない大きさの奴、いるよ。
さらには脳籠を突き破って御出座しだ。
別に呼んでないねんけどね、ぼくは。
どこか抜け道を探してたんだよ、それが爬虫類。
当てにもしてないのに交尾みたいな朝焼けだもんな。
最低のチープワインでもいいでしょう。
だって仕事がないしな、ゆうこと決まってるしな。
君のやってること知ってるよ、死の中から生まれたんしょ。
どうやってここまで来たか憶えてないんだよね。
ウァーウーハッッ。マザファッカムーヴェ。メダファッカ。
やっぱろ炭酸は胃に来るからやめといたほうがええって。
同志社大学だからって同志らが集まるわけちゃうしな。
変人となって五千年生きるわけやろ、世話をしようよ。
気に入った世話の方法をな、したら?したら脳髄に鼓膜ができるけどな。
新しい鼓膜が欲しいんだ是非、海乳洞みたいな鼓膜を、ぼくに、くれよね。
死んで欲しい怪物の金玉見つけたで、これどうやって煮付けよう。
防音区域で孤独死していたのは最強の音楽馬鹿だった。
エノキ茸も歯の間に挟まらないように食べることができてきたよ。
成長の証だね、尊重の村長さま、お気に召していただけましたか。
ぼくの石頭、って見たら村長さまは僕の頭突き食らって死んでいたよ。
んなバカアな。バカアなことあるかい、一好きの一月の位置好きの一図木の一途気のいぢずき、いぢずき、ちゃうわ、あほ、維持つき、石好き、石突、もうええわ、いしづきの頭取ったのにな。
やらかいところで打ったのに死んでしまった、なんてぼくは不幸。
腑港、五臓六腑の浮かぶ港。
僕の、頭の、中、爬虫、類。
な、自王、食らって、生きて、くれ、自王とは自分の中の王。
自分の王は自分の驢馬、奴隷だぜ、悪後の覚悟をしとけよ、悪後のな。
善後は前後見境つかないから悪後でいっとけよ、GAMEの延長親善大使だからな。
僕の、頭、ん中、爬、虫類。
もうちょっとイカが食いたかった、毛玉みたいな顔してんなよ。
宇宙大のホウズキみたいな膿、一突きして破裂させてみたいよね。
死が待ってる以上異常でなくて正常だからな、死を楽しみにしてる人は多い。
もっと自由を、自由を、ほしい、もっとポジティブを、光を、慈雨、自由という光を。
何かできる喜びよりも、何もできない苦しみを。
自由という苦しみを、死んでも自由ってゆう自由、フリー、free。







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宇宙の森

Late Of The Pier解散してた。んなあほな。んなあほな。んなあほな。んああほな。んああほな。んなあほな。んなあほな。んなあほな。んなあほな。んなあほな。んなあほな。んああほな。んなあほな。んなあほな。んなあほな。んなあほな。んなあほな。なあほな。んなあほな。んなあほな。んなあほな。んなあほな。んなあほな。んなあほな。んなあほな。んなあほな。んなあほな。んなあほな。んなああほうな。んなあほうな。んなあほうな。んなあほうな。んなあほうな。んなあほうな。んなあほうな。んなあほうな。んなあほうな。んなあほうな。んああほうな。んなあほうな。んなあほな。んああほな。んなあほな。んなあほな。んなあほな。んああほな。んなあほな。んなあほな。んあああああああっ、とあと300回唱えても、んなあほな、という気持ちが拭えない今日であるのだがなあ。

なんでかとゆうと、やっぱりバンドって言うのは一人抜けたら一人追加してまたやったらええやんってことじゃないからね、一人抜けて解散というバンドは数多くあることだろう、それは例えば極端な話、家族一人死んだらまた一人産めばええやんかいさ、ということにはならないのと同じだよ。
だから何があったか知らないが純粋なバンドだとは思う、代わりはいくらでもいるし、と考えて一人抜けようがすぐバンドとしてなんてことなく成り立つバンドもあるかもしれないが、そうじゃないってところ、しかもデビューアルバムからは5年ものブランク、今作ってるところかもしれないが相当思い悩んでるんじゃないかな、バンドは家族と同じだよなあ、だから家族が別れてしまって、またすぐ笑える、なんてあるわけないよね。

そう思うと一つのアルバムをバンドで共同制作するってのは奇跡だね、一つの家族が家族として出会うのも奇跡だし、別々の家で生まれた人間が出会って一つのものを一緒に作るってのも奇跡だ。

Von Sparも重要なヴォーカルが抜けてメンバーが5人から3人になってるようだし、それでもガラリと雰囲気を変えてまったく新しい素晴らしいアルバムを作ってる。

音楽が本当に好きな人はわかると思うが、一つのアルバムってその中に一つの世界があるんだよね、それは小説も同じだし、絵画とか芸術作品はそうかもしれないが、だから知らなかった世界に出会えることがなんて素晴らしいだろう、その世界に入り込めるんだ、そして一緒に泣いたり笑ったり怒ったり虚脱したりいろいろ、嬉しいことだなあ、そういった喜びを味わってほしくて人はそれを創る、作りたいと思うんだ、人はそれを求める、人々が創った素晴らしい世界を求める、求めてるからこそ作りたい、そこに確かな喜びがあるから、素晴らしいものができたら自分も嬉しいし人も喜んでくれる、素晴らしい世界がその創作の中に在って、それは確かにそこに在って、存在する、作るまではどこにもなかった世界が、そこに出来上がる、その喜びを知ってしまった人って、もう表現することでしか生きられないんだよね、だから、作れないときの悲しみ苦しみってすごくよくわかる、作れたのに誰も感動してくれなかった悲しみも、ぼくも今、Broken heartなんだ。僕の書いた大切な世界がゴミ箱に捨てられた。書いてた小説の続きがなんも思い浮かばへん。

Late Of The PierのSpace And The Woodsって曲の直訳歌詞を張ろうかな、まだ国内盤買ってないから歌詞わからへんねん。ごっつい気になるわあ。意味深な歌詞やなぁ。

"宇宙の森"

自殺は私の血である
それは常にあった
しかし、それはもう、光の中で蒸発しない

そして、この世界ではない場所ではありません
心や思考の
いいえそうではありません
まあ、それは前に言われています

しかし、スペースや森はまだ私が誰だか知っている
そして、私は彼らが私に何を借りていない知っている
ではない私が何をやったか後に

私の放射線スーツを着て、離れてスリップ
私はなってきたものから実行によ

そして、この人生(自殺など)
異なる速度の多くで動作
そして、私は彼らが私に何を借りていない知っている
ではない私が何をやったか後に

月曜日の夜に遅い
私は人づてによ
紆余
ベースラインに追加します
時間について考える
私はゆっくりと踊っていたとき
とコントロールのうち

そうあなたは私について考えるものを言う私はくそ暑いよ
私は気にしないので、私は泣くつもりはない(×2)

私は何もしなかった
私は何もしなかった
しかし、彼らは何でも許す
私はあなたを停止しない方法好き
私の腕を壊す
と、チョッピング(刻む)私をチョッピング
だから私はあなたのラップトップに収まる

私は何もしなかった





直訳だけでもええ歌詞やな。こうゆう音楽をやってる子は内気で真面目な子が多い。



バスルームガーグル

風呂で歯ァ磨いてうがいをするとき風呂の天井を見ていつも思う、
あの茶色の点気になるなぁ、せやけどめんどくさいし、
カビじゃないようだから別に繁殖しないし、まあええか。
しかし待てよ、一体全体本当に、あの茶色い点はこの世に不必要な点なんだろうか。
いや、僕はそう思わないんだ。
あの茶色い点はきっとこの世に絶対悪として、もしくは必要悪として存在しているに違いない。
だからぼくはあの茶色い点を取ったりしないのさ。
汚い点だなんて言わないでくれ。
そうゆうおまえこそ汚点だぜ。
しかしなんで風呂で糞したおぼえもないのになんであれ茶色いんやろうね。
まあいいか。
よくないのは絶対僕はパソコンを着けっぱなしにして寝たりしないと心に誓ったのに今日寝ちまったことだ。
寝すぎで頭痛かった。ほんとここのところ頭痛から解放されていたというのに珍しく頭が痛かったから自分のワンルーム〔6帖〕家で「一泊3千円〔値下げ相談可〕三色飯つき」という宿を開く妄想と迷妄の中眠りこけてしまったんだ。
僕は夢を見た。
あの茶色い点は茶色移転するのかな。
やっぱ汚い点なのかな。
いや、ちがうさ、ああ、どっちなんだ。
風呂でうがいするときしか気にしない汚点。
それってまるで、僕等のことみたいじゃないか。

ということを歌ったのがこのレイト・オブ・ザ・ピアの「バスルーム・ガーグル」という曲であるとは誰も言ってないよ。

PVはとても素晴らしい、というか録音は。



それがLIVEになるとボーカル高音域GDGD(ぐだぐだ)というのかちょっと声が出てないところがおかしくて笑いが止まらない。




ボーカルは江頭2:50を髣髴とさせる動きだ、動きが似ているということは性格も似ているのかもしれない。



10分31秒のところスティックでキーボードを叩くという横着をして音が出てない、いちいちわらかしてくれる。



来たわ、音質も性質もサイコウなライヴ映像、ぜひ最後まで見てほしい、最後、完璧エガちゃん出たから。出ちゃった。

ごみダンス

去年から冷蔵庫が壊れて使ってないぼくだけど、小芋グラタンが腐った味がするよ。でも食べて見せるぼくだから。一日80曲音楽を聴いてると難聴が悪化、それでも聴き倒す僕だから。
腐って痛い。
腐って痛い。
腐って痛いぼくだから。今日はニンジンたまねぎジャガイモでカレースープ作っちゃうぞ。
痛いし腐ってる。
痛いし腐ってる。
痛いし腐ってるぼくだけど、って痛いのは耳の事ね、でも音楽を大音量で聴くのをやめられない。
しらふでも涙と虫が出るくらいひとりで10分以上は笑っていたのは、なんのことかとゆうと教えてあげようか。
もしきみに心に少しのゆとりがあるならこれを買うことをお奨めする。それは何かとゆうと「ゴミとり宣言」という代物で、これは何かとゆうと世の中のゴミを取ることを声高々と宣言するために人々が持ち歩くものだよ。ではなく、ゴミとり宣言、と書かれた下にはこう書いてある「一網打尽」これはなんのことかとゆうと、ちょっとまってね調べてくるからね、

一網打尽 意味
ひと網であたりのすべての魚や鳥獣などを捕らえること。転じて、犯人などをひとまとめに捕らえること。▽『呂氏春秋りょししゅんじゅう』異用いようにある、四面に網を張り、四方からの獲物をすべて捕らえようと祈っている呪師じゅしの故事を踏まえたものか。「打尽」はここでは捕り尽くす意。「打」は動詞の上につけて動作を表す助字。「…する」の意。

なるほふぉどな、呪師じゅしという人が四方から獲物すべて捕らえて自分のものにしようと企んだところから来ているのか、ふんで頭の中がじゅしじゅしになってわやや、ってなって酒飲んだ暮れて自分で掛けた一網の中に入り「一阿弥陀、じーん」と感動して成仏したということらしい。

ではこのゴミとり宣言の一阿弥陀人ではななく、一網打尽とはどうゆうことであろう。その下には「2重底でゴミを逃さない」と書かれたる。つまり、世の中のゴミは下のほうにに溜まる構造になってるということか、だから底を二重の網にして逃さないよって言ってるんだね。
もうおわかりだろ、そう、そうなんです、これが、その。
ぼくは、お、これいいな、と思って買ってさっそく使っていた。台所の深みのある排水溝にぴったしでとても嬉しかった。「ぬめり(ヌルヌル)がつきにくい」と書かれているが、確かにヌルヌルしないかと思っていたらこれは僕の心のぬめりを取払ってくれる代物であったのである。
どうゆうことかと申すと、諸君、いちどこれを試して欲しい。
まず、これを排水溝に設置して、思う存分生ゴミをこの中に溜め込んでほしい。
もう、これ以上ダメだ、ああ、ダメだよ、流れない、水が流れないよ兄貴、シンクに汚い水が溜まって辛苦のシンクっていうくらいまでゴミを溜めて欲しいんだ。
そして、よし、揚げるぞーっ、と大声で叫んで、おっしゃーっと心の中で言ってからこれを思い切り引き揚げて欲しい。するとどうなるか、まずあなたがすること、ぼくはわかってるよ。
きっとこれの水を切ろうと振るでしょう、振るでしょう?振らないという人がいたら殺しに行くから待っててほしい。振りますよね、必ず人間ならば。
そして、歓喜の渦に巻き込まれてください、思う存分。
笑いが止まらないから、もう。夜中3時半とかでも絶対ひとりで5分以上は笑ってるから薄暗い台所に独りで立ちながら、このゴミとり宣言に詰まったゴミをそのゴミとり宣言の両端を掴んでぶんぶんぶんと水を切る動作をすると、なんと、このこれは、まさに・・・人間が楽しく腰をふりふり振るようにして踊るように踊りさらすのである、もう、ぼくはすごい落ち込んで虚脱状態でこのゴミ揚げをしたらば、そやつが突然愉快にいったい何が楽しいのか、ふりふりしてふんふんと踊りだしたので、声を出して涙も出して10分以上はずっと踊らして笑っていた、こないだと、今日もね。
今から捨てられるというのに、何がこやつはこんなに楽しそうに踊るのであろうか。体内に生ゴミをいっぱい詰め込んで。ぼくは感動と滑稽さに打ちのめされた。
もうぼくはこやつを離さない。これが販売停止になったらぼくはその日泣くであろう。
失いたくないものが、またひとつ、増えてしまったな、と思う今日この吾身。



Von Spar - Die Uneingeschränkte Freiheit der Privaten Initiative
からの大好きな一曲。ボン・スパー。
ものごっつ変態的なアルバムなのに最後とっても切ない、たまらない。




来週、ロールシャッハテスト受けることになった。
ロールキャベツテストじゃなくて、よかった。

band-aid小芋

麺棒が見当たらなくて麺棒が見つかると嬉しいものだなあ。って綿棒だよ、馬鹿。うちの変換君に物も押す、こら、物申す、だばか、って俺か間違ったん。はぁ、里芋の芽はどれぐらい伸びたかなあ、料理するんしんどい、電気を消して布団に横になり音楽ばかり聴いていた、じっくり聴くと全部良い曲だとわかると嬉しいね。僕の頭が獣だらけ。変態的なものが僕は本当に好きで、だからといって変態すぎるとダメなんだよ、なんでも良い変態と悪い変態はある。例えば僕は実にバンドエイドを張る瞬間が好きで嬉しくって、これは別に変態的とは言わないと思うが、これをだな、こうゆうとどうか、僕は思った、これは人生と同じだ、つまり、傷を何かでふさぐ瞬間嬉しい、ってことは?ってことは?それは傷がないと味わえない喜びってことでっしゃろ、それが人生とおんなしですよね、って僕は思った、で、これも特に変態的とは言えないと思うが、観る人によりけり変態と思われないこともないかもしれないということを考えないこともないかもしれないが、どうでもええねんそんなこと別にな。言いたいことは別に何もないねん。ただ音楽ってほんま好きやわってことを誰にも伝えたくなかった。絶対別にそんなこと伝えたくない。ただこの音楽って素晴らしいよね、なんて絶対僕は誰にも伝えたくない、だってそんなん絶対通じない人が89,0675%はしめてるからな。だから残りの何%か計算すんのめんどくさいからしないけどもその残りの数%の人に向けて音楽を紹介しようなんてぜったう僕は思ってないし、ぜったう思わないからぜったう思わんといてほしいなんて別に思ってないから。気にしないでほしいよねまったくだよ。好きだから好き、それでええやんかいさ。そんなことでは語れない世界だよ、語ろうとすることが間違ってるみたいやし、とにかく僕は料理を作るのがしんどくて、こうしてブログを椅子に反り返った状態で書いている打ち込んでいる、そう僕は今これに打ち込んでるんだ、打ち込みって素敵ですよね、生楽器もいいけどさ、打ち込みだっていいんですよ別に、別にとかじゃなく、打ち込みには打ち込みの値打ちと素敵さがあるのにって思うけどな、だから何がいいたいかと言うと、やっぱり、みんなちがってみんないい、ってことだから、気にするこたァない、あるのはそう、僕はこれ好きあれ好き、アレは別に好きちゃう、好きなものでしたら嬉しいけど好きじゃないものでしたら苦しいから絶望しちゃうんだ、でもあれだよ、好きじゃない音楽や物語でも好きになることってあることはあるやろ、だからやっぱ捨てないで置いておくのがいいよね、なんでも。捨てるとやっぱ後悔するとき来るかもしれない、きそうやろ現実問題、僕もなんか捨てたもののこと思い出して悲しくなるよ、どうゆう気持ちで廃却炉に放り込まれたんやろな、とか考えたら悲しくてならない。誰かは大切にしてくれるもんやったかもしれんのになあ、そう思うと、芽が出っ放しの里芋も腐らす前に食べないとあきまへんわな、しんどいわあ、何がしんどいって皮を向くの結構たいへんだよね、小芋たんって、どうも疲弊しきって体が、きっつい、さびしい、酒が切れてもた、酒を飲まない日は不安だなんて馬鹿言わないでちょうだい、あれやねん先に皿洗いせなならんねん、ごっつしんど、こんな日に酒があれば酒の勢いで洗えたのにって阿呆なこと打ちこんどらんではよ洗って剥いて作って食えっちゅうねんなほんま、そうだ、長い線のHEDDOFONで音楽聴きながらやりこましたらええんやわ、ええこと思いついたわ、ほな重い腰持ち上げまひょうかな、よし、今日はこれを紹介したいから、これもっかい聴きながら洗ってくるよ、じゃあまたね。



搦め手

何みんな退室しとんねんあほぼけかす。退室体質なんですとかゆうてんやろ、どうせ。美しいなあほんと。美しいな、あ、ほんと、じゃないよ、美しいなあ、ほんと。だよ、はぁ、大根の持ち腐れか君は、だから里芋に芽が出るまでほおっておくんだよ、君は。だから僕はオレンジ色の血を飲むよ、いいだろう。という前書きは置いといて。本題に入る人生という本大臣正論、じゃなく、本題人生論に入ろうと言って入った君と僕が不快。不快の森に迷ってしまった、虫痒いことは百足ほど承知であったのだが困惑に陥った僕=君-誰か+身の丈知らず人=さらしのすけ、だった。曝之助、こいつは厄介者でな、こいつの頭の中に留守中に入ってやってんか、そしたら気の毒なことに先手を打たれた後だった。人類の創世という顔して早世した晒ノ介という双子がこいつ殺しとんねん。自由をわきまえろ、という文句が口癖のこいつは気が利く奴でな、無自然が一番やとゆうてその振動が宇宙の溝に嵌まった原因で助けてくれとゆうことや、誰が助けるか、あほんだら、ね。曝之助生きかえらしたれよ、先に。ゆうたら、いや、僕やってないよ、僕の経験上、それはないよ、ってゆうから、じゃあ誰がやってんよ、って言わすなよって俺キレたな、あの時、ふんで炎天下の日常と友だちになったんだって嬉しそうに言いながら、いやらしい気持ちで回想しだした晒ノ介。ようやくここから物語が始まる。まず曝之助の死んだところのその切れ目から出てきたのが、双子の晒ノ介で、だから俺が殺したんじゃないよってことなんだって。曝之助は頭が悪くて自滅したんだと。言いたいことはわかるけど、それじゃなんのために僕が脳髄宇宙の留守中入り込んだかわからないって、僕がなんで入ったかと言えばさっきも書いたとおりに、まあそうゆうことで、僕はどうしても曝之助に会ってね、なんかせんといかんかってん、たぶんな、そしたら曝之助が死体でなんかしらん晒ノ介とかゆう人間がおるやんか、君の宇宙間違ってると思うよ、帰りなさいよ、正式なほうにさ、オフィシャルスペースに帰れよ、いいから。晒ノ介の気持ち、内面から倒錯させといて限界まで達する方法を把握するまで愚睡してくれ。おまえの言いたいことはそれだけか。入水中の明滅に会って心臓が花に変わったら言い逃れできなくなるから気をつけたほうがええが襟足に蛇みたいなのが入っていたら君は助かるよ。なるほどな、しかしそれは郷骨の仕業であって恐れる必要はないと聴いた、しからば右の肋骨の隙間から溢れる雲丹みたいな膿で創った曝之助を抱擁してほしい。俺だって君の永瞑邪魔できない深海にひとりでいるようだ、縁命なんだ、先手の意味が、その意味を、中は空に、それから死んでくれないか。曝之助死んでないんやろ、なあ死んでないんやろ、ここに死体あるけど、僕の縁命だよな、先の手がなんでか水浸しの床に手をついててな、その手は喜んでるんだよ、死体の側に手をつくんだ、僕の後れた手をとって欲しい曝之助の死体の側で晒ノ介のお前の手の雁字搦め、眼自絡め、搦めてくれ、搦め手やったとはな、今わかったわ。先手の海は黒く赤んで搦め手、がらめで。

キラキラ

なんなんだこの疲弊は、食欲はないのに串カツが食いたい、心のズッキーニ、君に。
最近はもっぱらそんな日々なのになんでかいい夢を見る。
何故かお父さんと二人でキラキラしたものの側ではしゃいでいるんだよね。
この前は学校を授業時間に二人で飛び出して走り出した、あの空は昼間だというのに藍色に煌いていて綺麗だった。雲は銀色に煌いていた。あれは此の世の空ではなかったよ。
今日は下のほうに長い川があるんやけどその道路脇の白いガードレールに引っ掛かってる何色もの小さなビーズ状のようなものを繋ぎ合わせたストラップ状のようなものをいくつも僕は見つけて集めていくんだけど、その中の一つを手にとってお父さんの側で上にかざしたらそこから輪っか状の小さな空間が現れてそこを覗くとものすごいキラキラした色鮮やかな結晶のような無機物のようなものが砕け散った万華鏡のように動いていて、ああ細胞のようだった、生きてるようなのにそれは生きてないようだった。
綺麗で可愛くて嬉しかったからお父さんにもそれを見せようとしたんだ。
僕はとにかく不思議だった。僕の心はまだ肉体にあるんだけど細胞たちが悲しむのをやめてキラキラしていくようなんだ。
それは僕から離れていってしまって綺麗なんだ。
それは僕をやめてしまったなにかで綺麗なんだ。
そんなことゆうとお父さんが悲しむかもしれないからやめろよキラキラ。
キラキラが悲しむとき何がどのようにしてそこからまた砕け散るのか知らないが、なんだか夢が夢でどうしようもないよキラキラ。寂しいことゆうなよキラキラ、そうやってまだおまえが泣いてばかりいるから僕らキラキラしに行ってるんだキラキラ。なんだそうだったのかキラキラ、それは知らんかったよキラキラごめんなキラキラ。
今ここが夢キラキラ。
今ここが夢だよキラキラ。
どっか行こうっつったのおまえだキラキラキラ。
やっぱ言葉でキラキラを表そうとするとどんどん離れていってしまうなキラキラ。
やっぱり僕からずっと遠いわけだな。
遠いままにあるキラキラが本当にキラキラしていて綺麗だ。
今、僕は生きてることが嬉しくて寂しいんだ。
キラキラなんだよ、ほんと、キラキラなんだ。眩しい、まばゆい、夢。

虫の音

身体が疲弊して寝ていると静かに鳴り響く虫の音がぼくの体までも癒してくれた。
僕は思った。こうして今きっとマンションの下の空き地で鳴いている虫たちも年に何度も訪れる電動草刈り機での大虐殺で殺されてしまうのかもしれない。
そうして僕は虫さんたちを助けてやることはできないのに、虫さんたちはこうして人々の心を癒し続けてくれるのは何故か。
虫さんたちはきっと知らない。そこで多くの仲間たちが殺されていったことを。
いや、知っているのかもしれない。それでも悲しみを抱えながらぼくたちの心をどうにか癒そうと鳴いてくれているのかも知れない。

僕は最近思う。農薬をかけられた野菜は美味しさと栄養素が半滅するのに虫の被害は十倍以上だということを。
虫だけではなく、農薬は当然川へ流れてゆくので川に住む生き物たちにも大変に被害が出ていることだろう。

虫は本来健康な野菜は食わないらしい、何故なら健康な野菜は元気いっぱいなので虫さんたちに食われてたまるかべらぼうめぃと野菜さん独自の毒素を作り出し虫さんを寄せ付けないパワーを発揮するからであろう。まあそれも実の野菜に関しては言えないが、実は種を撒き散らすためにどうぞ食べてくださいと美味しくするだろうから。
しかし元気のない野菜は毒素を作るパワーもないのであろう、虫さんたちの恰好の餌食と化す。
というとアレだが実は弱った野菜は健康な野菜の犠牲となって虫に食べられ、その食べられた野菜の摂る栄養分を健康な野菜へ分けてやってるのではないか。
無農薬野菜に虫がつかない!?



土を耕しすぎれば土の中の生物たちが死んで土が死に、その代わりに化学肥料を撒く、大地を耕せば土が弱くなり、土が弱るから肥料が要るようになって化学肥料をやった畑ほど野菜が弱るから虫に食われ、そしてその虫を殺すために薬を撒く。
アルジュナのこの四話では、その愚かな悪循環を説いている。
「みんなわたしなんや」とスピリチュアルな悟りに達したこの回は何度見ても涙が出る。

この生活習慣病が溢れる現今、肉や魚よりも野菜を多く摂ろうなんて事が叫ばれているが栄養価の落ちた農薬を使って育てた野菜を多く買って多く摂るよりも栄養価の高い無農薬野菜を少し買って少し摂るのは金銭的にそれほど変わるとは思えない、無農薬野菜だからと言って虫が殺されないわけではないが殺される虫の量はぐんと減るだろうし(何故なら虫が好むのはたいてい弱った野菜で、弱った野菜は販売もできないから食われるがまま放置すればいい)川の汚染もない。

小食が体に良いと言われている時代だ、何も農薬を使って育てられた野菜を大量に買って大量に食わなくていいではないか、今ではまだ近所のスーパーにはあまり無農薬野菜は売られてないからネットショップで買うしかないが、無農薬野菜のほうが売れるようになったらどこのスーパーもそれを売り出し無農薬野菜も今よりは少し安くなるだろう。

僕は農薬を撒き散らす飛行機と戦争で枯葉剤を撒く戦闘機がどう違うのかと思ってしまう。
プロフィール

白空

Author:白空
1981年8月4日生

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悲しみの男カイン
天の白滝
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