俺は騙されたあっと思ってオートロックを解除したことを後悔し、背の高いあんちゃんに向かって猛烈に怒りをぶちまけた。
「なんで観てないのに払わなくてはならないのか納得がいかない」という訴えから始まり、相手が「払う義務が法律で定められている」と抜かしゃがったので、果てには「何故この世に政府があるのか?政府とはなんのためにあるのか?民衆のためにあるんじゃないんですか?NHKが儲けるためにあるんですか?」と早口でやくざまがいにまくし立てた。
そして何度も「ほんま毎月、かつかつなんですよ」と貧困状態を訴えたものの、相手はそれでも引き下がらない。
「生活保護受けてて、カツカツなんですよ」と言ったら生活保護者はNHK受信料は免除になると言われてわれもそれ思い出して、「あ、ほんまや、免除なるんやったら、ほな契約しまっさ」としゃあなく受け入れて、面倒くさかったが、契約書に名前住所などを書いて判を押した。
しかしここで、徴収員のあんちゃんは「あなたのアンドロイドを見せてください」と言い腐ったので、なんで見せなあきまへんねん、と想いながらも「ワンセグついてなかったと思うけどなぁ・・・」と言いながら自分はアンドロイドを部屋に取りに行ってあんちゃんに画面を動かして見せながら、「ほらね、ワンセグのアプリどこにもありませんでっしゃろ?」と言ったのだが。
あんちゃんはしつこいあんちゃんで、「もう一度、お願いします」と抜かしてけつかりよる。
なんでもう一度自分のプライバシーな携帯の画面を見せなくちゃならんのだと想いながらもしかたなく、もう一度画面を見せてやったらば、「ね、ないでしょ?」「うーん、おかしいですね、あるはずなんですが・・・では機種の番号を教えてください」と言うので、機種番号を教えると、あんちゃんは自分の携帯でそれを調べ始めた。
そないだ「月々、500なんぼなんですよ、このアンドロイド」「やっすっ、安いですね~」「うん、ビッグローブでね、WIMAXで使ってるんすよ」などと世間話をしていた。
そしてあんちゃんが調べた結果、俺のアンドロイドはワンセグ付きのアンドロイドではないことが判明した。
「それじゃ、契約する必要はありません」と非常に残念そうな顔であんちゃんは言って、俺がせっかく書き記した契約書に大きく×をつけて、俺のほうがなんだか申し訳なくなって、「すんませんなあ」と言って、あんちゃんはそれ以上に申し訳なさそうに謝罪し、俺がドアを閉め切るまで、まるで天皇に深く頭を下げたオバマ元大統領のごとくの角度で頭を下げていた。
俺はその姿に感心して、俺が実はテレビは観ないがNHKの番組は好きでたまにネットでアップされたのをよく観ていることをあんちゃんには言えなかったことに後ろめたさはまったく感じなかったが、その代わりに、ありがとうとNHKに心のなかだけでの感謝を告げた。
そして今日、テレビにまつわる奇妙な夢を俺は見たのだった。
この世界はどうやら、もうあと数十分とかそこらで、滅亡することがわかっていた。
人類は間違いなく滅亡することがわかった今、テレビは何を伝えるか?
俺はテレビをつけて、その画面に映る人間たちを眺めていた。
するとまず、そこにはマチャアキこと堺正章が司会者たちにマイクを向けられ、沈痛な面持ちでカメラを向けられていた。
俺は小学校の卒業アルバムに好きな人ってところに「堺正章」と書いたくらい、当時は好きだったの。
最近、姉が堺正章ってお父さんに似てきたよなあ!っとスカイプで言ってきて、たしかにどこかが似ている気がした。
まちゃあきは日本のチャップリンと言えるような優れたコメディアンだったが、あと数十分ですべてが滅びゆくこのときには、その生真面目さが深刻さを破る隙を許さなかった。
まちゃあきは声を振り絞って何かを言おうとするのだが、それが声になることがなかった。
カメラは別の場所のカメラに移り、そこにも悄然とした顔で俯く男が一人、司会者たちに囲まれてマイクを向けられ立っていた。
その男は、大竹まことであった。俺はこのとき知ったのだが、大竹まことの愛する師匠は堺正章であり、堺正章の最も愛する弟子も大竹まことであったようだ。
まちゃあきは、我が愛する弟子が何を言うのかをじっとカメラを通して眺めていた。
しかし大竹まことも何も言葉を失った様子で、ただカメラの向こうをじっと見つめていた。
そこには愛する師匠が自分を見つめ返していることを知っていたからである。
そして大竹まことはまたもや俯いて目頭をぐっと指で押さえつけた。
するとまちゃあきも同じように感極まった様子で、自分の目頭を押さえつけ、必死に涙を我慢している様子であった。
感動的なシーンであった。すべてが滅び行くまえの、この言葉のない無声の生中継の映像が伝える人間たちの悲しみに感動しない者はあろうか。
誰もが黙っている数分間の間にも、司会者はマイクを下げることはしない。それが仕事だからであろう。
何故このときに、わたしたちは大竹まことにマイクを向けているのだろう?そんなことを考えながらもマイクを下ろすことは自分に対して許されないことだと、そのマイクを持つ手が細かに震えていたことをわたしは見逃したかもしれない。
数分か、数十分かの沈黙を切り裂く言葉が、ついに大竹まことの口から発せられた。
大竹まことはいつものあの独特な雰囲気と表情でこう言い放った。
「わたしの顔のアップが、数十分の沈黙の生中継に耐えうるものだとわかったので、想い遺すことはもうありません」
その場と全国の茶の間に妙な苦笑の広がる空気が流れた。
そして世界は、大竹まことの言葉の残響とどアップの顔を視界に焼きつかせたまま滅んで行ったのであった・・・・・・。