ぼくの親愛なるソウルフレンドへ。
この手紙を君に送ることをどうか許してほしい。
君は今、わたしの空想の世界だけの恋人なんだ。
昨日(24日)ぼくは、とても幸福な気持ちだった。
ぼくはもう何年も、滅多に自分の作品を何度と読み返して幸福な感覚を感じ取れることがなかった。
でも昨日君に送った作品をぼくはとても愛していて、何度も読み返し、神の愛を深く感じることができた。
君の音楽の御蔭だよ。
君の「Transcend」という曲がなければ、ぼくは昨日の作品を書けなかった。
昨日の昼頃か昼過ぎに、ぼくより16歳年上の姉が病院で息を引き取ったと、今から4時間半前(18時過ぎ)に甥から連絡があった。
姉の死の知らせを電話のスピーカー機能で聴いている間ずっと君の「Transcend」を聴いていた。
ぼくはその知らせを聴くことが堪えられないと感じて、お酒を飲んでいた。
今もお酒を飲んでる。
ぼくと姉は去年の7月から会っていなかったし、話もしていなかった。
チャットで彼女と口論になってしまって、彼女が此の世を去るまでぼくと彼女は仲直りできなかった。
人生とはなんて悲しくて残酷なのだろうかといつも感じる。
ぼくはもうたった一人の愛おしい姉とこの世界で会えないんだ。
父と母とも、此の世では会えない。
君の家族は元気でいるかな?
ぼくはずっと実感が全然湧かなくて涙も出なかったけど、こうして君にメッセージを書いている今やっと涙が出てきたよ。
その前は、ぼくは自分があまりにも悲しい人間であるかを想って泣きそうだった。
このメッセージに返事は必要ないよ。
どうしても君だけに伝えたかったわけでもない。
ただぼくには、こうして言葉にして表現することがぼくにとって必要なんだ。
ぼくは言葉の表現でしか、ぼく自身を赦してゆくことができない人間なんだ。
ぼくらもいつかこの世界を去るだろうけれど、ぼくはすべての存在が永遠に生き続けることを確信しているよ。
ぼくらはみんな、同じものでできている。
空も、風も、空気も、水も、そしてすべてのエネルギー、宇宙も、ぼくらはすべてと本質的に同じものなんだ。
だから、絶対に会いたい存在と、ぼくらはまたいつの日か必ず再会できる。
君の音楽も、ぼくにそう伝えてくれているのだよ。
Kozue(こず恵)より
ぼくの親愛なる天の御遣いよ、こんばんは。
昨日(26日)の午後3時半頃に家を出て、今日(27日)の少し前(17時過ぎ)に、姉の通夜と告別式(火葬式)からぼくは帰って来た。
ぼくは確かに君と悲しみを共有したくてこんなメッセージを送る。
でも、もし君が堪えられない悲しみを感じるならば、この手紙を読まなくていい。
ぼくは非常に疲弊していて、今すぐに眠りたい気持ちもあるのだけれども、すごく寂しいんだ。
良かったら読んでほしい。
ぼくは堪らなく今悲しい。
いや、涙腺が死んでしまいそうなほど昨日と今日泣いて、いま君の音楽を聴いてるから少し宥められてる。
と言いつつ…やはり限界がすぐに来て2時間半程眠った。
帰ってすぐ確か赤ワインを2杯飲んだ。
良く眠れる漢方薬も飲んだのにこんなに早く目が醒めてしまって、ぼくは毛布にくるまれながら想った。
そうだ、君へのこの重く悲しいメッセージを、ぼくの作品として、詩として、blogに全公開しよう。
君に先に、DeepL翻訳のメッセージを送り、その後にblogに公開しよう。(ぼくのBlogはきっとこの世界でほんの少数の人だけが真剣に最後まで読むだろうから。そしてこの記事を最後まで真剣に読む人は、ぼくときっと深い縁のある人だけだろう。)
ぼくが言いたいことは、結局はきっと一つなんだ。
ぼくが伝えたい人とは、結局は一人なんだ。
それはぼくなんだ。
ぼくはぼくに、ぼくの想いを伝える。
ぼくはぼくを超越するぼくにぼくを赦して欲しいんだ。
とても堪えられない。ぼくは独りでは、とても今の苦しみと悲しみに堪えられないよ。
この恐ろしい酷い悪夢はなんだろう……?
ぼくがぼく自身に、この悪夢を今見せている。
お姉ちゃんに、もうこの世界で二度と会えないという悪夢。
そして昨日と今日、ぼくが経験した新たなる深いトラウマ。
ぼくはさっきも、とても深い恐怖の記憶の映像に襲われた。
お姉ちゃんの最後の姿。火葬する前と後の。
ぼくは忘れることはきっとできない。
君は信じられるかい?ぼくの国では、家族の身体を火葬したあとに、その骨を自分たちの手によって箸で掴んで骨壷に入れるんだ。
そしてその際に、入らない大きな骨を(もちろん、頭蓋骨も)箸で突いて崩すのだよ。
ぼくはそれ(お姉ちゃんの遺骨を箸で突いて壊す行為)ができなかったし、する必要を感じられなかった。
一瞬、気を失いそうだったし、すごく怖かったよ。
一体、何の為に、こんなことをするのだろうね。
ぼくらは母と父の葬式のときはその儀式を行わなかった。(でも今回は、お姉ちゃんの旦那さんがその葬儀を決めたんだ。)
確かに家族の死体を切断して鳥に食べさせる鳥葬(Sky Burial)よりはずっとマシだろう…。
でもぼくはずっと、お姉ちゃんの崩される骨を観ながら、「ああ…厭だ…。」って感じてた。
ぼくは初めて、肉親の、その焼かれたあとの骨を観た。
死体と骨。生きていたときと、あまりに違いすぎる。誰もがそう感じることだろう。
お姉ちゃんの死因は、未だはっきりとわかっていない。
お姉ちゃんは今年の4月に胆石の痛みに堪えきれず救急車で運ばれたけれども、新型ウイルスの為にどの安心出来る大きな病院も満員で全く知らない病院へ運ばれ、手術を受けた。
その際に、お姉ちゃんは手術で別の内臓を誤って傷つけられた。でも医師はそれに気付かずにお姉ちゃんのお腹を閉じた。
明らかな医療ミスの為にお姉ちゃんは散々に、この約6ヶ月の期間苦しみ続けた。(一時は回復して、別のリハビリできる病院へ移ろうかと姉は話していたが、またその後に悪化したんだ。)
死因を特定するために、警察による検死解剖をされた。
傷だらけの身体、鬱血した赤い皮膚を隠す為、とても厚いドーラン(greasepaint)を塗りたくった顔面のミイラのようにされた。
それを最初に観た姉の旦那さんは、その傷のあまりの酷さ(邪険な扱い)に、彼等に悲憤をぶちまけたようだ。
(11月16日追記:あの隠されていなかった頭部の赤い皮膚は、鬱血ではなかったかもしれない。窒息死でもないのに頭部が鬱血するだろうか。
検死解剖を行う為には遺体を冷やすことができない為、お姉ちゃんの亡骸はきっと長時間冷やされてはいない場所に放置されて、その為に腐敗が進んで、皮膚が赤くなっていたのかもしれない。
腐敗させてまで、解剖を行わなくてはならない必要が一体どこにあったのだろう…?
もし、解剖していなかったなら、お姉ちゃんの亡骸はきっと生前に近いもっと綺麗な状態で、あのようなあまりにも痛々しく、見るに堪えない姿ではなかったのだと感じる。)
ぼくは入院中のお姉ちゃんの姿も一度も見れなかったし、死に目にも会えなかった。
その姿を知るぼくのお兄ちゃんは点滴を打ち続けていたその時の方がずっと顔が浮腫んでいて、酷い姿だったから、今の姿(死体)のほうがずっと生前の姿に近いと言った。
ぼくは最初、お姉ちゃんの死に顔を観た時、額の方の角度から観た。
まったく別人に観えた。あまりにショックだった。
咄嗟に、お兄ちゃんや甥っ子に「これがお姉ちゃんなん…?」と言ってしまったような気がする。
でもお兄ちゃんや甥っ子がその場を離れて、ぼくは顎の方からお姉ちゃんの顔を観た。
そしたらそのドーランをべったりと厚く塗られた顔だったけれども、お姉ちゃんの面影が確かにあった。
お姉ちゃんだとぼくは想った。
そしたら涙が溢れてきてぼくは咽び泣いた。
生きてるときのお姉ちゃんとは全然違ったけれど、やっと実感が少し湧いたから、深い悲しみに襲われた。
でもこの現実を受け容れられなかった。
別の場所から、「こず恵、何泣いてんねん。これは悪い夢やで。」って言ってひょっこり元気なお姉ちゃんが姿を表すことを願っていた。
ぼくとお兄ちゃんと上の兄のしんちゃん(一歳のときにぼくの母の姉のところへ養子に行った兄)とお姉ちゃんの息子としんちゃんの息子二人としんちゃんの内縁の妻のような恋人とお姉ちゃんと一昨年に夫婦の関係を持たない奇妙な結婚をしたお姉ちゃんの旦那さんと昔からの一番の仲の良い従兄弟、全員が揃った。
旦那さんと従兄弟は通夜の(食事を摂った)あとすぐに家へと帰った。
ぼくら全員、朝の6時頃まで飲み明かして、盛り上がって爆笑し合って話をするのとみんなで号泣しながら話すのを何度と繰り返した。(きっと良くある通夜の光景だろう。)
葬儀屋が良かれと想って用意した如何にも涙を誘うための耳障りな曲が延々とリピート再生されていた(あとで音量を下げることができることがわかった)が…ぼくは君の「Transcend」がずっと流れてたら良かったと心底想った。
もしくは、お姉ちゃんが好きだったデヴィッド・シルヴィアンの「Brilliant Trees」や「Secrets of the Beehive」、お姉ちゃんがこの曲が特に好きなんだと言った彼の「Nostalgia」がリピート再生されてたらどんなに良かったかと想ったよ。
お姉ちゃんは、すべてに於いて華やかで、明るい人だった。
とても綺麗で純粋で愛らしい性格であらゆる才能があった。
そして自分と他者に大変厳しくて、怒ると物凄く怖くて(陶器皿を投げられてぼくの肩に思い切り当たったとか、語り尽くせない…。)、男勝りで男よりも或る意味強いのにすごく傷つきやすくて、ぼくら兄弟(弟と妹)全員が一番に頼れる人だった。
兄弟のなかでだれよりも元気で明るかったけど、ずっと苦労して来た人だった。
お姉ちゃんがいるだけで、ぼくら兄弟みんなが深く安心できた。
お姉ちゃんがこの世界にもういないなんて、今でもぼくは信じたくない。受け容れたくないよ。
上の兄のしんちゃんが最後にお姉ちゃんと話したのは今年の5月、ビデオ通話でだった。
お姉ちゃんはそのときもすごく辛かったのはわかってるけれど、少しでも元気な姿を見せようとしたのだろう、点滴を打った状態の身体を起こしてベッドから降りて、少し歩いてしんちゃんに観せた。
お姉ちゃんの棺の前でぼくはこの話を聴いた。
お姉ちゃんはしんちゃんにそのとき何度も言ったんだって。
「こず恵が心配や…。」って。
お姉ちゃんは、ぼくのことが心配でならなかったんだ。
だからお姉ちゃんはずっと、入院しても一度危篤状態になっても、ぼくに連絡はして来なかったことをそのとき初めて知った。
ぼくはそれを聴いて、悲しくて堪らなかった。
それで噎び泣きながらぼくは言った。
「こず恵もお姉ちゃんがこず恵の言葉(連絡)でストレスにならんように、なんもメッセージ送らんかってん。(わたしも姉がわたしのメッセージによってストレスを抱えてしまうことが心配で、だから送らなかった。)」
ぼくはお姉ちゃんと仲直りしないままに、喧嘩した状態のままで死別したのだとみんなに言った。
でも本当は互いに信じたかった。互いに信じていた。
わかってたつもりだったけれど、でもぼくは不安も確かにあったんだ。
お姉ちゃんのなかで、ぼくの存在の重さについて。
忘れてるんじゃないか、とか…。
ぼくは自分でわかってたけれど、お姉ちゃんが入院しているのを今年の5月に知ってから、お姉ちゃんのことを考えることが苦しくて、それが堪えられない苦しみだった。
だから必死に想い出さないようにしていた。
お姉ちゃんは、絶対に退院して、またぼくと仲直りして、また一緒に買い物へ行ったり、みんなで集まって話したりする日々に戻らなくてはならないと想ってた。
ぼくはお姉ちゃんが必ず元気になって戻って来るだろうと信じていた。
まさか、このまま、(この世界で)別れることになるなんてぼくは想わなかったんだ。
でも、やっぱり不安だったんだ。
もしかして、このまま、もう会えないんじゃないかって。
ぼくはお姉ちゃんが、やっぱりぼくのことをすごく心配してくれていたことを知って、本当に嬉しくもあった。
ぼくは棺のなかで眠るお姉ちゃんに餞の花を入れて涙を流しながら大きな声でみんなの前で言ったんだ。
「お姉ちゃん、たくさん苦しめてごめんなさい。またいつか、絶対に会おうな。絶対に再会しような。絶対に再会できるって、こず恵信じてるからな!」
みんな餞を棺へ入れ終えて、これから火葬場へ向かうと言われた時、ぼくは堪らず大声を上げて泣いてしゃがみ込んで、壁に凭れて慟哭した。
ぼくはそのとき、冷静に、あのときと一緒だなと想った。
2003年12月30日にお父さんがぼくをこの世界に残して去ってしまったとき。
お父さんの身体を火葬し終えて、みんなでその場を離れて帰ろうとしたそのとき、ぼくはふと、空を見上げたんだ。
そのとき想い出したんだ。
いつだったか、お父さんと一緒に釣りへ出掛けたときに、ぼくは釣りをしないで、お父さんの近くを散歩していた。
それで空を見上げたんだ。
綺麗な縹色の空だった。
でもぼくは想ったんだ。
ああ、ぼくは、この美しい空を見上げても、目の傷がたくさんうようよと動いて邪魔をしてしまうんだ。
ぼくは本当の空を観ることができないんだって。
清々しく良く晴れた心地良い陽気の春か秋の日だった。
ぼくはそのときのことを懐い出したんだ。
その瞬間、ぼくはこの現実に襲われた。
ぼくはもう本当に二度と最愛のお父さんと会えないんだ。って。(ぼくはその頃、すべてが永遠であることを信じることができなかったんだ。)
ぼくはその場で空を見ながら大声で「うわあああああぁぁっ…」と叫んでその場に崩折れた。
そのとき、一番最初にぼくの背に手を触れてぼくを支えようとし、ぼくに声をかけたのはお姉ちゃんだった。
確か、お姉ちゃんは泣きながらこんなことを言ってくれた。
「こず恵…お前の辛さをわたしはわかっとるよ…。」
わからない…そのときの記憶が曖昧になっている。
でもお姉ちゃんはぼくを励ます言葉を一緒に泣きながら、ぼくを支えながら言ってくれた。
今、時計を観たら日にちが変わって、10月28日になっていた。
昨日の27日(なんだか遠く昔のように想える…)、ぼくは慟哭したときに、そのときのことをぼくは想い出したんだ。
想いだして、余計悲しくて、少しの間ひとりで声を上げて泣いていた。
あの場に、元気なお姉ちゃんがいたなら、きっとあのときと同じように真っ先にぼくの元へ来て背をさすって、泣きながら何かぼくを励ます言葉を言ったんだろう。
でももういないんだ。
「こず恵ちゃん、だいじょうぶ…?」と心配する声を聞いた気がするけど、ぼくはひとりだと感じた。
ぼくはひとりで(みんなとの距離を感じながら)、慟哭して少しの間そこでしゃがみ込んで泣いていた。
ぼくはあとで、あのときにお姉ちゃんが乗り移ったんじゃないかと感じた。(いつでも何かが突然取り憑くかのように慟哭は起きるものだ。)
だからぼくはお姉ちゃんと一緒に、もうこの世界で会えないことに悲しんで、互いに後悔して慟哭して泣いていたんじゃないかって。
少し前に、ぼくはこんな言葉をTweetした。
亡くなった人に対して良く言われる言葉。
「自分のなかでずっと生き続ける」
実際そうなんだ。
私は私の姉を私の外では喪った。
今、わたしのなかで姉と話をして、一緒に笑ったりしている。
姉は私の外の世界から私の内なる世界へと生きる場所を変えただけなんだ。
わたしとお姉ちゃんは一つになった。
お姉ちゃんともう話ができないなんて、ぼくはとても堪えられない。
ぼくはもうこれから、お姉ちゃんとぼくの外では話せないから、自分のなかでお姉ちゃんと話すことになったんだ。
ぼくはもう、この世界ではお姉ちゃんと会えないから、ぼくとひとつとなったお姉ちゃんとぼくは会うんだ。
でもぼくはこの今の限界を、これから超えてゆく。
ぼくだけじゃないよ。
ぼくら生命と存在、そのすべて、ぼくらは本当に超えてゆけるんだ。
その可能性に満ちている世界にぼくらは生きている(生かされている)。
ぼくは決して死を恐れない。
ぼくはもう散々、死を恐れ続けてきた。
でもその死とは、”本当の死”ではなかったんだ。
ぼくらはみな死を、勘違いしつづけて来た。
これからぼくらは、そのことに気付くだろう。
そしてそれを、超越してゆく方法を知るだろう。
Your soul comrade.こず恵より