脊髄の真空管

金が無い。
ちっくしょ。
この畜生を悦ばせられるだけの金が無い。
金さえあれば俺は笑って死んでいける。
その金がないんや。
金さえもらえるなら知らんオヤジのちんこもしゃぶる俺がやで?
そのオヤジが見つからんねや。
ちり紙ものうなって仕方ないからクッキングペーパーで鼻をかんでる。
こんな侘びしい日々は生まれて初めてだ。
三十二年間生きてきたけど。
こんなにイライラとするるる日は初めてだ。
俺ももうゆうたら?三十二ィのオヤジやのに。
ジュード・ロウに恋をしてしまったばっかりに。
金がないんや。
DVDを買い捲ってしまって、食費も全然足りない。
こんな情けない日がいったいほかにあるのやろか。
あと二週間いったい俺はどうやって生きればええんやろ。
体を売って食費を稼ぐにしても探すのしんどいねんよ。
それに、三十二歳の男にちんぽしゃぶってもらいたいオヤジはあんま見つからない。
どうしたら、あと二週間分の食費とちり紙の費用を稼ぐことができるか。
俺はとにかく食虫植物になった気分で考えてみた。
つまり、虫が本当は食いたいけど口の中に入ってくるのは塵と埃ばかり。
それでもあと二週間、生き延びられるかどうか検討してる。
本当は金が欲しいんやけど、それ以外でも生きられるのかどうか。
やってみる価値は、あることはある、が、ないこともない。
ないことはない。
無いことは無い、俺は神の声を聞いた。
脊髄の真空部から聞こえてくるその粘液みたいな波の。
俺の柔らかい乳首がそれを感じ取ったんやと思ってる。
神は確かに俺を悦ばそうと?
波を二つに切ってみたらそこから黄色い脂肪と白い腱の混ざったピンク色の肉と赤い血。
神は肉体だった。
それを売って二週間の食費とちり紙代にしようと思った。
売り手を見つけるのはしんどかった。
神はまだ死んでおらずそれでもまだ、生きていた。
でもすべてに興味をなくした俺は彼が邪魔だった。
別に醜いからじゃなくて、醜いからじゃなくて。
僕はそう思って自分を抱きしめるようにして眠る日が続いた。
おはようと言った、赤い血を含ましたピンク色の肉に白い筋をいかせた周りに癒着する黄色い脂肪の塊。
僕は我を忘れて何時間かその塊に向き合って何も言わなかったがやがて立ち上がって用を足しに行った。
一日一日が早く過ぎるのを望んでいたのは金が無かったからである。
そしてそれ以外のものも、俺にはなかったようだ、でも、今目の前に、彼がいる。
醜くもないし美しくも無い、恐怖を感じることもないし愛しくも無い、でも邪魔だ。
だから?と彼は穏やかに言った。
だから僕をどこかへ連れて行って欲しい、と僕は言った。
それは、形を帯びない肉体だった。
塊であることはわかる、でもどこからどこまでが体かわからなかった。
僕はそれがわかったときには泣いたが、すぐに忘れた。
彼は、少し間を置くと、じゃあ行こう、と言った。
5千年先の手術を受けてるみたいにその時代の安心を理解さえ出来ないことの不安を呼び起こす前の不安の欠如の状態に似た肉体に抱きしめられた。
俺は小便がしたかった。
俺が望んでいたのは、もしかしたらそれだけだったかもしれない。
俺はその空間に詰まった肉体の手を解いて一人で便所に向かった。
俺のこの子宮を取り出してこの空間の隙間をなくなるまで引き伸ばしていったら多分そう変わらないものが出来上がる。
俺にとって不必要な子宮、不必要な卵巣、不必要な女性器。
これらのせいで俺が差別される。
これらのせいで俺が俺を差別する。
神は薄い笑いを浮かべていた。
数々の骨が現れだしたのはそれからである。
その硬く白い存在は後戻りできないことの象徴としてそこに存在した。
僕の心象世界に真っ白いゼリーが垂れ落ちて来て欲しいと思った。
神がだんだん人間に近づいてこようとしているのじゃない。
神の肉体に似せて私たちが作られたのかと凍って缶から出てこないビールを見て途方に暮れた。
とにかく二週間分の食費と塵紙代だけ貸してもらえたら。
プライドを捨てて、俺は神に頼んだ。
神は、わかった、と言った。
連れてって欲しいところがある、と神は言った。
どこだ、と俺は言った。
俺は自分の外側が観て見たい、と神は言った。
この世のすべて何もかもあらゆる現象全部俺の内側にある。
俺は外側を見たことがない。
ないんだ、一度も、一度たりとも。
俺の外側にはいったい何があるんだろう。
そこへ連れてってくれるならおまえの今月二週間分の食費と塵紙代をくれてやる。
きっと何か劇甚な変化が無いと無理だ。と俺は言った。
いいだろう、では俺はあんたを殺せるかどうか、やってみようと思う。
お前に俺を殺せるのか。
神は笑った。
その瞬間、目の前の肉体であった空間が元のなんでもない空間に戻った。
神の声は確かに聞こえてくる。
脊髄の真空管を通って粘液と入り混じって。波打っている。
それは黄金に耀いてどろどろと凍ったビールとどこか似ていると思った。
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