結構、すごい噛み応え、蒟蒻。
字に表しても、何か尋常じゃない噛み応えを感じる。
噛んでなくとも、その字から、翡翠、とちょっと煮てるからかな。
とギル兵衛は思うた。
何故、翡翠と蒟蒻を煮たのか、ギル兵衛は思い出せなかった。
それも、最初から一緒に煮たわけではなく、ちょっとだけ先に翡翠を煮といて、あとからちょっと蒟蒻も入れて煮たの、ね。
だからやっぱり噛み応えは違うとギル兵衛は思うた。
で、食欲はあんましなかったのだけれどもお酒呑んでるから、だから食べないとって思ってギル兵衛は食べてるの。
でもやっぱし食慾はなくて代わりに性慾はとてもその時あったよ。
でもなァー、とギル兵衛は思うた。
今から女買いに行くのもやっぱしんどいし、家で一人でいたいよなって思って家に一人でいることにしたのね、今晩。
今夜、ただ月は見えなくってさァ、さびしい、だってひとりだし。
生き別れの兄上はどうしとるか、と思たけど、考えてもどうにもならないことを考えることがギル兵衛はとてもつらくてやめてしまった。
家 で一人、畳の黴臭さもとうに慣れた夜にギル兵衛は何を考えようかなと思った。
考えることはきっと自由だから何を考えてもいいと思ったものの、考えたいことが特になく、縁側へ移動したものの、真っ暗な空はなんの光もなかった。
でもギル兵衛はとりあえず横になって目の高さに生えている黒い草たちを眺めた。
夜露に濡れた黒い草たちは眠っているのか起きているのかもわからなかった。
そもそもそういうサイクルが草にはないのかもしれない。
何故、他の者は、起きて、また寝て、を繰り返さないといけないの。
ギル兵衛の酒で麻痺した脳髄はまるで蒟蒻のような状態になっていて何処をめどに歩いてゆけば後先考えられるようになるか見当が付かない。
ギル兵衛は哀しみたくなかったが哀しみのないときがギル兵衛にある気がしなかったのでせめて酒を入れてるときだけは泣いてすっきりさせてくれたらいいのにと思ってニヤと嗤った。
ギル兵衛が何か面白いものをその黒草の中に見つけたのである。
それは一匹の白蛇であったのであるが、ギル兵衛が下駄も履かずに駆けつけた途端濃い草の陰に隠れて探して見つけ出すことが叶わなかった。
ギル兵衛はその時、宇宙が何かとても大切なものを俺の前に隠した、と思われた。
あの蛇は蛇ではなくって、もっとすごいもので、多分すごすぎて何日間は気付かずに過ごすだろうほどのすごさで、すごいものと俺は暮らしたいとギル兵衛は思ったけど、夜遅かったので、叫ぶのはやめておいた。
叫んだらきっとすっきりする、それはわかっていた、だけれども、これ以上みんなに迷惑かけたくないし、これ以上嫌われて暮らすのはしんどいし、さびしかったし、こわかった、どっか行きたいなって心のどこかでギル兵衛は思うた。
何処でもええ、此処ではない何処か。ギル兵衛はそう思うても埒明かんもんね、と思った。
つらいけど、サヤエンドウみたいになれんもんね、とギル兵衛は思うた。
豆が仲良さそうに一粒一粒ひっついてさァ、俺、嫉妬する、サヤエンドウ見ると、嫉妬する。
切って見たらほんまは豆と豆の間、ちょっと隙間あったけど、でもやっぱり俺、嫉妬する。
ギル兵衛は嫉妬の炎に焦がれ地面を掘りたくもなったが、これ以上変人と思われたくないのでやめておいた。
縁側に戻り、酒を注いだ。で、蒟蒻、喰うた。
好きな人、おるん?て自分に向かって訊いて見た。ギル兵衛は黙っていた。ギル兵衛は好きな人、おったけど、振られたから、黙ってた。ギル兵衛は蒟蒻を噛みながら、卓の上に置いている半渇きの布巾を手にとって足の裏を拭いた。
とにかく退屈で残り少なになった麦焼酎の一升瓶抱えて、抱き締めて、性慾があることにわびしい情をおぼえた。
確かに俺、ヤクザ顔やし、汚いし、全部、全部、全部、不潔、気色悪い、心のいんぽ、心の包茎、それやのに心の童貞やないなんて最低、そう言われて振られたほうが至極マシではあった。でももう時間は戻らないの、戻らないのね、ならしかたないわと諦めて死にたくても生きて結句死にたくないけど死ぬのよな、おかしいもんこんな世界、俺は拒否できる強さが欲しいよ、今ないんだ、俺は本当に複雑な人間、愛してる。そう言ってギル兵衛は自分を抱き締めた。かぐや姫とか在り得へんもん、とギル兵衛は自分を抱きながら思うた。
そんなん、年いってできた子は可愛いやろうけど、って俺何ゆうてんねん。ギル兵衛は少し酔いが醒めてきていよいよ寂しくなったにで寝たいと思ったが、まだ眠くはなかったよ。
俺の明日、俺の明日、それを思うと、やっぱり逃げ出したくなって、でも明日、また麦焼酎買って来ようと思うのやった。
で、明日は、そうね、何を作ろうかしら、大根と白蕪と赤蕪、えらいかぶったぁるなぁとギル兵衛は思うた。
そうなのである、何がそうなのであるか知らないが、つい今日しがた近辺の節介婆が、野菜をてんこ盛りくれはった。
一人暮らしやゆうてんのんに、こないに仰山もらっても、喰いきらへんねんやよ、といつもゆうてるのにも関わらず、持ってくる、人の情けとは迷惑なときも多いとか?って誰もゆうてへんのか、俺はだって大体酒でいつも腹膨れるし、アテがあれば それでええ話、せやさかい、ま、有り難く頂きときます。
実は蒟蒻もその婆が持ってきてくれてん、美味いわ、でも、この噛み応えがなんとも。
何か、噛んではいけないものを噛んでる気持ちがするの、どうしてなんだろう、どうしてなんやろう。俺はその答えを探すため蒟蒻芋の研究をしたほうがええのやろか死ぬまで。
あの、白い蛇、なんやってんやろ。俺にとって。
ギル兵衛はいつも一人であった。岡惚れした娘は聞くところの話によるとギル兵衛のことを嫌って避けているようだった。しかしどういうわけか娘はギル兵衛と往来でばったりと出くわしたときには、なんだかギル兵衛を慕っているような素振りと表情をしてそれはそれはギル兵衛の心の内は掻き乱された。
そんなこんなでギル兵衛はつい先達て、まだ何も始まってもいないとゆうのに、娘に別れの書札を渡し、何か言いたげな娘の目も見ずに走って家に帰ってきた。
彼是、四年半もの岡惚れの情に結尾をつけた。もう少し、自分を褒めてもいいかな、なんて、俺はどこの生娘やねん、て虚しい、虚しかった、たっかしなむ、蛇っ、河岸南無、辞書で調べて、蛇は、「た」と読むことをギル兵衛は知った、そして、蛇(た)が、河岸(かし)にいて南無なんだなとギル兵衛は思うた。南無とは、仏・菩薩に、すべて捧げてより縋り、心から帰依する、という意味。
蛇(た)っ、と蛇を河岸に見つけ、そして、その蛇(た)に、何故。
ギル兵衛は布団の中に突っ伏し昏睡した。
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