今夜、死灰。

つらいなぁ、と思う、最近特に。
何がそんなにつらいって、言ってしまってもええのかな、こんな静かな夜には。
じゃあもう思い切って言ってしまおう。
つらいなぁ、と思うのは、実にあの、ベランダにね干し物をね干せなくなったんですよねそれは何故かと言いますとね一昨年かいつか忘れましたけどそんなん、そのあのあれですよ外壁の塗り替え作業のあれをやってたんです、ふんでうちのベランダに人が乗ってなんかやってたんです、勝手に、うちマンションですからね、で塗り替え工事は終わったんです、そしてベランダに出て見て見たらね、物干し竿をかけるところありまっしゃろ、あれがね、なんか奥まったままで何やっても前に竿を掛けれる様に出てくれないんですよ、ほんでね、出てくれないから竿掛けれませんよね正味、で物を干せないんですよ、洗濯物を干せないんですよベランダに、まぁそれを思うと最近特につらいなぁと溜め息がこぼれちゃうんです。
っつって、今夜もギル兵衛は蒟蒻を噛んでいた。
でギル兵衛はあれ?と思うた、俺なんかゆうてたっけ、さっき。
まったくおもいだせやしないよ、まぁええか。
それにつけても今日ははよ起きたな、とギル兵衛は思うた。
今日は昼前に目が覚めて昼過ぎには起きてお洗濯したの。
俺って偉いわ、俺、よくやった、フンドシをせいぜい七枚は洗うた、あろうた。
だから今日はちょっとほがほがしい、気持ちが少しほがほがしてる。
まぁ俺の来世は女かもしれんけど俺の現世は男やし。
来世の俺が現世の俺を書いてるとか在り得へんと、いやしかに待てよ、鹿に待て?
鹿は待てと言えば待つのだろうか、俺は鹿を飼ってみたい。
鹿は可愛い、俺は鹿が欲しい、そうだ、明日鹿を捕まえてこよう。
嫌と言っても、捕まえてしまおう、鹿が嫌と言っても。
だって俺にとってそいつは必要のはずだし、そいつにとって俺が不必要かもしらん。
確かに、た、しかに、蛇(た)鹿、に。
ギル兵衛は悩ましい顔をした。ギル兵衛は蛇と鹿がどうゆう関係性を持ってるかを思い心がちげちげになった。
ギル兵衛は苦しかった、だってべつにだってべつに、そんな大切なこと考えようとして思考してたわけじゃない。
ギル兵衛はおもうた、大切なことってなんでも苦しいものなのやな、俺はだからすぐわかる、それが大切か大切でないか、蛇と鹿、これがあまりに大切なものを具有していて俺を苦しめることがよくわかった。
たいせつ、なんならそうたやすく捕まえられるもんのはずはない、ギル兵衛は鹿を捕まえに行くのはやめにした。
大切なもんは捕まえたらいかんわ。
ならでもけど、じゃあ大切なもんはどないしたらええんやろの。
その大事なもんは一体どうゆうふうにあれしたら、それに対して俺はどんなふうに関わる接するようにしたらええんかの。
俺はもう大切なもんとわかったので出来るだけ蛇と鹿を、こう、なんちゅうのかなぁ、出来る限りというか、俺の手の届かない場所に、それをおらしたい、つまり俺の手でどうにかできる場所に置くのではなく、本当に大事なもんだから、あえて俺が全く触れられない場所へ追い遣りたい、俺の手が触れる場所へそれを置くと俺はどうしてもそれを汚してしまうだろうから、傷を付けて当り散らして怒鳴り倒して踏ん付けて蹴り回し撲り付け唾を吐き血を見せ涙を流せ死に導く存在が俺であろうから、やはり近くには置けない置けるはずもない置けるはずもなかったのに、あれそういや俺はいつか近くにおったような。
ギル兵衛はなんとも知れない忘れきっている空間のそこにある一粒の記憶の砂を拾った感覚がした。
何の色も感じなかったがその時の季節も葉が揺れるほどの風を含んでいたのだと感じた。
三角の遠い真っ黒な山が噴火して崩れ落ちた後に舞い上がった真っ白いたくさんの羽根は死んだばかりの鳥達の羽根だった。
すぐに死灰まみれになって汚れてぼろぼろになった。
俺の大事なもん大切なもんは一体なんやってんやろう。
死んでしまったのだろうか。
近くにおったから、なんでか近くに置いてたから、わかってたのに、わかってたのに、どこかで俺わかってて、近くに置いてた気がする。
死んでも絶対に届かない場所に置こうとしたはずやった、俺は何で傍に、側に置いてしまったんやろう。
なんやったんやろう、それは、俺にとって。
何処か行きたいのその何処かって、ああ大切なもんと一番離れた場所なんか、今まだ少し近い気がして、もっとずっと離れたいんや、二度と会えないくらいの遠さ、永遠に繋がれない遠いところへ俺は行きたいんや。
目を開けた世界にそれはおらない、目を閉じた世界にだけそれは。
何処かに、俺は行きたい。
けど淋しいなぁなんで俺はそない思うんやろ。ギル兵衛は畳の上にごろんと横になって膝を抱えてまあるくなった。
ギルギルと虫は鳴かないが自分の名前はどこか虫っぽいなと思うた。
ギルギルスという虫がいてギルギルスは結構みんなから嫌われてる、なんでかとゆうと性格がおもんなくってなんかいつも馬鹿糞生真面目でみんなの忌み嫌う正論しか言わない、ユーモアがない、いつも批判非難の言葉ばかり投げる、人に死ね、殺す、呪い殺す、というのが常日頃の口癖、口先だけで行動に伴わない、だから多くの人から嫌われている、ギルギルスは毎日がんばってキラキラと耀いてみんなから尊敬されて友達も多い生活をしてるアリさんが羨ましい妬んでる僻んでる嫉妬してる、ギルギルスは俺もアリさんになりたいと思ってる、ギルギルスはある日そんなアリさんに言った。「アリさん、好き」アリさんは少し困った顔をしたが「オーケー、俺を好きになってくれてどうもありがとう。でも僕は君を好きになれない。あ、でもいい付き合いをできたらなって思うよ、どんな付き合いがいい付き合いってまあ僕もよくわからないけどさ、とにかく恋愛人間生物を超えた宇宙の付き合いっていうのかな、そういう関係が僕の理想なんだ」と言った。ギルギルスは混迷の顔をして「ああ、そう、いいねそれぐっと来たな、俺も俺も俺も?そうゆう関係、望んじゃうって感じかな、是非ともそうゆう関係、気付こうよ、間違った、築こうよ、築いていこうよ、ね、いいだらう?」と応え、二人は、恋愛人間生物を超えた宇宙規模の存在としての関係を築くために日々精進して手を取り合い仲良く思いやりあって過ごしていく、はず、だった。しかしある夜、ギルギルスはアリさんとの関係を諦めた、ギルギルスはアリさんのことが本当に好きだったんだけれどもアリさんはギルギルスにはあまり関心がないように思われた、だから苦しくってギルギルスはアリさんにお別れを言った。アリさんがどう思ってるかは知らないけれどギルギルスはすっきりとした、そして言いようのないかなしみとさびしさ他言語でいいあらわせられない情感の中生きていかなくてはならないことを思って夜になると、ギルギル、ギルギルと言っては鳴いた。
恥ずかしくてみじめで侘びしくくるしいよごれたむなしい限りの人生それを自ら何より望んだギルギルスは、特に自分の残りの時間を思って嘆くことさえできないのであった。
それでも、アリさんが、羨ましかった。
寝ても醒めても、アリさんの人生を羨む気持ちが消えてくれなかった。
それはアリさんを想う気持ちよりも、大きかったのかもしれなかった。
死んだら元通りになるわけでもないのに何故人は死のうと思うのかわからなかった。
後悔をする苦しみと後悔も出来なくなった苦しみが同じところにあるのを感じた。
終わりが近いような気がしたがあと何億光年も生きるような気もした。
とりあえずどうしよもなくさびしかった。今夜も。
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