人間のいないところ

俺の口から下水道の匂いがした。
俺の体内は下水道なのではないか。
世界中の下水道が俺の体内に凝縮しているわけだ。
世界中の人々の排水が俺の体内に流れ込んでくる。
そのすべての排水を俺の体内で浄化し、そして綺麗な浄水にして日本海近郷の川に放尿するのだ。
そんなことも知らずに彼奴らは俺に毎日やんややんやとゆうてくる、おまえらの糞尿を俺が全体で受け止めてやっているのも知らずに。
おまえらのデイリー糞尿をいつも受け止めているのは便器ではない、下水道ではない、浄水場ではない、スカトロではない、国家ではない、赤軍派ではない、俺だ。
ううん、ううん、受け止めたい、自ら望んで俺はおまえらの糞尿全リットルを受け止めてやる、受け止めてやりたい、俺は糞尿を愛したいんだ、どんな糞便たちをも。
俺は悲しいんだよ、おまえらの糞尿が無慈悲に、愛されずに流されてゆくことが。
君は排泄物の声を聴いたことがあるか。
何故、彼らはなんとも思われずに日々殺されてゆくのだろう。
何故、彼らの声亡き断末魔が誰の耳にも届かないのだろう。
俺はあいつらが人工的な場所で作用で浄水されることに我慢ならないんだ。
あいつらはだって、それまで俺らの体内にいた奴らなんだぜ?
俺らのあたたかい腸の中でぬくぬくとまどろんで安心していたあいつらを突然冷たい便器に垂れ流し、冷たい水と一緒に流して、暗く、臭く、汚いところに追いやって、ぼくらこれからどうなるんだろう、っていうあいつらの絶望と不安をたった一瞬でも思い起こすことのない人間達の、その、無知さよ。
俺は悲しくて仕方ない、だから俺は決めたんだ、全部の糞尿を俺たった一人で引き受け止めてやる。
糞尿を馬鹿にするやつらがいたら、俺は許さない。
俺は今日からこいつらを育てるんだ、体内で。
そしてちょうどいい具合に成長して一人前の独り立ちできるくらいになったら浄水と化して綺麗な川に放尿してあげるんだ。
俺の体内が世界の下水道になっていることをみんなに黙っていたが、数年後のある日外で突然の猛烈な胃痛に襲われて病院に運ばれた俺は勝手に手術で腹を開かれ、そこで俺の腹の中には糞尿しか詰まっていないことを医者に見られてしまった。
腹の中だけではなく、医者は胸の中、手足の部分、脳髄、すべて調べた、そしてそのすべてに糞尿しか詰まっていないことが知られてしまった。
危険を察知した俺は真夜中に拘束具を無理矢理剥がし、病院を脱出した。
行く場所は、なかった。
とりあえず人のいない山奥へ逃げた。
身体中の包帯が剥がれて来て、そこから汗に混じった糞尿が垂れた。
糞尿を体中から垂らし、俺は走った。
人間のいないところ、それはつまり人間がもう二度と糞尿というものを思い出す日は来ないほど離れた場所。
腐敗物の似合う場所。
俺の一番似合う場所へ。
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