希望

どいつのせいか知らないが不整脈が酷くなってきてしまった。
お前は多くの人間がやりたくないことをやって生きているから俺にもやりたくないことをやって生きろと言いたいんだろうが、何で俺は多くの人間がやっているからって同じことをやらないといけないんだ?
やりたくないことをやって生きている人間とやりたくないことはやらずに生きてる人間の数の統計を取ったのか?
実際わからないだろう、やりたくないことをやらずに生きてる人間のほうが一人多いかもしれないじゃないか。
やりたくないことをやって、やりたいこともやって生きている人間とやりたくないことをやらず、やりたいこともやらないで生きている人間とやりたくないことをやらずに、やりたいことはないから何もやらないで生きている人間がいる、俺は三番目に近い。
お前は俺に非難するということはきっと、やりたくないことをやってるがために、やりたいことをすることができないで日々悶々としている人間なのか?
だったら俺はお前に言いたい、やりたいことがあるだけ、まだいいじゃないか。
いつかやりたいことをやれる日が来るかもしれないという楽しみが人生にあるじゃないか。
俺はやりたいことなんてなんにもないんだよ。
死にたくもないし、だから息をして飯を食って死までの時間をただつぶしているだけだよ。
もし俺の生き方がお前の生き方より楽に映って腹が立つというなら、お前は楽を手に入れるために、俺と同じ人生を歩む気はあるか?
ただ息をして死がやってくるまで人の税金で飯を食って何もしないで生きる人生を歩む気はあるか。
歩む気があるなら、お前はまず働く気力を失うほどの絶望を味わわなくてはならない、そのためには今かろうじて働く気力があるから働いてるおまえはさらに苦しむことになるだろうがそれはお前が楽になるためだ。
お前は俺のように楽に生きるために、今以上の苦しみを待ち受けていれば良いんだ。
お前も楽に生きられるよ、俺のようにね、やりたくないことはやらないで人の金で生きることができる。
俺は別に人の金で生きていくことをやりたいわけじゃないからね、でも別にやりたくないことでもないからこうしてこの生き方で生きてるんだ。
でも人の金で生きてると、人の金で生きてはいない人間にはない苦しみがある。
こうしてお前に非難されることもひとつの苦しみだ。
人の金で生きていくことの罪悪感やみじめさはもうずっと消えることも薄れることもないだろう。
でもその苦しみよりも俺は働くことが苦しいからこっちを選んでるんだ。
お前はそんな苦しみよりもやりたくない仕事をして生きるほうが苦しいと思ってるからそんな非難をするんだろうが、それはお前がこの俺の生き方を経験してから言え。
そして本当にこっちが楽だと思うならお前は俺を非難したらいい、けど俺はそんなお前を見下すけどな。
お前は何か将来にやりたいことでもあるのか。
たとえば将来愛する人と結婚して幸せな生活を送りたい、などあるのか。
俺にはないんだよ、なにも。
俺は幸せになりたいなんてまったく思わない。
俺は不幸になりたいんだよ。
やりたいことは言うなれば、不幸を生きる、死ぬまで苦しみぬいて生きることだ。
そしてその苦しみは俺自身が選びたいと思ってる。
やりたくない仕事をやって生きる生き方と、やりたくない仕事はやらず人の金で生きる生き方の、どちらも俺は苦しいと思うが、俺はただ後者を選んでるってだけだ。
それは楽に生きたいからでもある、やりたくない仕事をやらなくていい生活はやりたくない仕事をやらなくてはならない生活よりは楽だ、でもその生活には同時に、やりたくない仕事をやっているならそこにはないであろう苦しい生活が待っている。
やりたくない仕事をやっていたなら、やりたくない仕事をやってないから在る苦しみがそこにない分、楽とも言えるだろう。
どっちの楽を取って、どっちの苦しみを取るか、でしかないってことだ。
でも俺の場合、やりたくない仕事をやっていたとしても、俺は死ぬまで絶望してるし俺にもとからある苦しみが変わることはない。
人の苦しみとはみな違うものなのに、みんなが同じやりたくないこともして生きなくてはならないという考えには納得できない。
俺はただ俺の今の苦しみは俺のやりたいことなので俺はやりたくないことはやってないと言い張ってるだけだ。
でも俺の苦しみは誰かはやりたくない苦しみで、誰かの場合はやりたくないことをやって生きているとも言えるだろう。
俺はやりたい苦しみをやってる。
お前はやりたい苦しみをやってない。
だから俺が羨ましくなって非難するのか?
でも苦しみはやりたくない苦しみもやりたい苦しみも苦しみには違いない。
俺はやりたい苦しみをやるために、決してやりたくない苦しみをいくつも経験してきた。
あらゆる大切なものを失ってきた。
俺の希望に繋がるすべてを俺は失った。
俺はそして今の苦しみはやっと俺の望んでいた苦しみなんだと思うようになった。
そこは光り輝いている。
俺は今、俺以外のすべてに希望が満ち溢れているのが見える。
でもそれを見ている俺は確かに、死なのだと感じる。
俺だけが、その光の輪の中に入ることはできない。
俺は自ら入らない。
誰が呼んでも、僕の愛するお父さんやお母さんがそこから呼んでも。
僕はもうずっと、ひとりでいたい。
これが俺のやりたい苦しみだ、望む絶望だ。
お前がやりたくない苦しみをやりたくないなら、やりたい苦しみを見つけ出すしかない。
関連記事