冬の夜空に

一週間前ほどに一匹の蛾が羽化した。カラスヨトウの仲間だろう。
羽化させられたのは二度目だ。
見つけた時はもうすでに大きな幼虫だった。野菜も食べずすぐに蛹になった。
本当は寒さをしのぐため、土を用意してあげたほうがよかった。
面倒でそれをしなかった。実験のつもりで、キッチンペーパーの上に置いて羽化するか私は試した。
彼は見事、羽化した。部屋の中の気温ならば冬でも無事に羽化をすることが分かった。
そして彼を狭い容器に入れてほうったらかしにして一週間ほどが経った。
その間、夜に電気を消すと、すぐに翅を羽ばたかせる音が聞こえて、すぐ諦めたかのようにその音がやんだ。
彼は一度だけ、砂糖水の染み込んだ紙を糸のような丸まった口を伸ばして吸っていた。
次の日、容器にカビが生えていた。彼は元気がなく、いつも天上に張り付いていたのに床の隅にじっとしていた。
昨日の朝に容器ごと外へ出した。
先ほど覗けば、まだ同じ場所にじっとしており、掴むと私のひとさし指に彼は小さな足でしっかと掴まり、離れようとしなかった。
夜景と冬の空の向こうに指を向け、透けるマンションの庇の向こうには欠けた月が見えていた。
虫は月の光を目途に方向を掴んで飛ぶようだ。
しかし彼に何を見せても彼は飛び立とうとしなかった。代わりに羽をすごい細かな振動で震わせていた。
今日も外はとても寒い。あまりに寒いと虫は体液が凍り死んでしまうようだ。
もう飛び立つことはできないのか、それとも諦めたのか。
彼の震わせている羽をそっと下から指で持ち上げた。
すると彼はやっと飛び立ち、すぐに闇の夜に姿は見えなくなった。
少しの間、彼の飛び立ったほうと、夜景と夜空を眺めると窓を閉めた。
飼い兎のみちたと戯れていると、悲しさが湧いた。
彼はどこへ、どこへ飛び立ったのだろう?
あんなちいさな体でひとり、どこへ飛び立っていったのだろう。
この凍てつく冬の夜空に。
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