光るみなも白い空 | 平和

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

平和

テロにユーモアで対抗? 『Twitter』で「#ISISクソコラグランプリ」が盛り上がる

このページの一番上の写真を見てみて欲しい。
これはユーモアでもブラックユーモアでもない。
この合成写真は俺はすごい写真だと思う。
いわゆる敵と味方が入れ替わるということだ。
敵と味方が入れ替わるとはどういうことだろうか?
想像してみよう。
イスラム国の人たちはなぜあのような残虐極まりない行為を繰り返しているのか?
それはかつてアメリカやイスラエルや他国からの攻撃で家族や親しい人を殺されたことの報復で行っている人が多いことは確かではないか。
彼らにとっての敵はまさしくその敵国イスラエルやアメリカに支援した日本国民である我々だ。
そして自国民を残虐な形で殺された日本国民の敵はイスラム国の人たちだとして、報復を行おうとしている。
しかし組織的な報復はいつでも、関係のない人たちまで巻き込む。
また関係のあった人が報復されたとしても、元の原因は相手にあったと思うことで関係にあった人の遺族たちが今度は報復に出る、それが繰り返されている。

日本国民が武器を手にして、イスラム国の人を人質に取っているあの写真は
日本がやろうとしている事の未来を映している写真ではないか?
イスラム国の人を敵として、殺そうとしている。
今度は殺すほうは日本国民で、殺されるほうはイスラム国民だ。

私たちの悲しみと怒りとはまさに、彼らの怒りと悲しみと同じなのである。
すべてが同じと言うことではなく、悲しみの在り方と怒りの在り方が同じなのである。

国民を残虐な方法で殺されるということは、遠い親族を殺される苦しみに近いだろう。
イスラム国民には実際に家族を他国に殺された人たちが多数いる。

殺さなければ、殺される。
だから殺すという方法を互いに取ろうとしているわけだ。

しかし、殺すから、殺される。ということを殺すほうは、わかってやっているのだろうか?
殺さなければ、確かに殺されるかもしれない。
殺され続け、服従するしか生きることはできなくなるかもしれない。
そうだ、たがいに、生きるために相手を殺す選択をしているということだ。
そして相手を殺して、また殺されるということを繰り返している。
いったいそれのどちらを正義と言うのだろう?
どちらも同じことをしているだけだ。

だから殺すということは、殺される覚悟で、殺すということだ。
報復に対する報復に報復で応え、その報復に覚悟の上で報復に出るということだ。

もし、ほんとうに、この残虐な殺し合いにピリオドを打ちたいと、そう真剣に思うなら。
我々は、自ら望み、殺されることを覚悟して殺すことをやめない限り、殺し合いは終わらない。

自ら殺されることを選択する犠牲で、殺し合いを止めようとする方法だ。
それは一人ひとりが選択することだ。

この殺し合いは、自己犠牲によってでしか、止めることはできないということだ。
争いを終わりにしようとするには、多くの自己犠牲によってでしか、終わらせられないということだ。

もしそれができないというなら、我々は戦争を終わらせることなどできないであろう。
よって自己犠牲心のない者が、平和を語るならば、それは空疎でしかなくなる。

心から平和を望むならば、自己犠牲心が必要となる。
自己犠牲は苦しみなくして行えないものだ。
人々が、他者を救うために、自ら苦しみを望むこと、それが自己犠牲だ。

苦しみの野に、自ら降り立つこと。
それが自己犠牲だ。

それはどのような苦しみでもいいと私は思う。
本人が他者のために望む苦しみであるのなら。

自分の幸福を追うよりも他者の幸福のために自分の苦痛を望むこと、それが自己犠牲だからだ。

本当に他者の幸福を望むのなら、我々は自ら地獄を望む。

殺すことよりも、殺されるほうを望む。

それができないなら、平和を本気では望んでいないということだ。
他者より自分を優先しているということだ。

イスラム国の人の顔は我々日本国民の顔をしている。

Comment

Comment Form
公開設定

プロフィール

白空

Author:白空
1981年8月4日生

sirosorajpnonikki’s blog
錯覚する情景
悲しみの男カイン
天の白滝
Twitter

Cowspiracy環境保護団体があなたに知られたくない事実
カウ(牛)にまつわるコンスピラシー(陰謀) ドキュメンタリー映画『カウスピラシー』
食肉、ペット、毛皮、動物実験の現場ドキュメンタリー映画EARTHLINGS
ナレーション:ホアキン・フェニックス

音楽:Moby

『アースリングス』

肉食と食料問題(飢餓問題)
先進国の5人に一人が肉食をやめると、飢餓が解決すると言われています。
アンゴラ・ウール・フェザー・ダウンの作られ方
毛や羽毛を取るためには残酷な虐待をしなくてはなりません。 そして最後には殺されてしまいます。
犬や猫も生きたまま毛皮をはがされている
残酷な動物実験をしている会社から化粧品、洗剤類を買わないという選択ができる
くろたん
最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
猫の目時計
検索フォーム
リンク
このブログをリンクに追加する
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。