君はぼくにとって
汗ばむ春のあたたかいおひさまのようだ。
君はぼくにとって
月も星も出ない夜の小径のかえりみち。
君はぼくにとって
鏡のない国のアリスを追うウサギさん。
君はぼくにとって
スカートの千切れ目を陰で隠した桑の木。
君はぼくにとって
風が強い日沈むぬかるみに汚れた膝小僧。
君はぼくにとって
反対車線からやってくる列車の中の少年。
君はぼくにとって
白きよろこびが崩れ落ちる夕陽のなみだ。
君はぼくにとって
馬糞の中の微生物の糞の中の小さな殺意。
君はぼくにとって
羅針盤を落とした海を入れた瓶の朽ちたコルク栓。
君はぼくにとって
絶命の後のかすかな声も届かない蠅と烏賊と葡萄。
君はぼくにとって
チョークを忘れた先生が爪で黒板に書いた愛と言う文字。
君はぼくにとって
象と鹿の見守る檻の中で射精した失い続ける時間の刻印。
君はぼくにとって
阿弥陀籤の先は全部が死だと知った瞬間のふたつの眼孔。
君はぼくにとって
幕が下りたあと青い香りで誘う顔の見えない沈黙の紳士。