子どもたちを愛さない世界

いじめ 嫌がらせ 子どもたち 中学生

旭川女子中学生いじめ凍死事件 の詳細を知り、彼女が母親に対して言った『どこからがいじめっていうか分からない』という言葉がずっと頭に引っ掛かっている。




第三者委の報告によると、7人はいずれも上級生で、同じ北星中学に通っていた男子生徒(A、B、C)と女子生徒(D)、別の中学に通っていた男子生徒(E)と女子生徒(F、G)。
 6項目は下記の通りだ。

(1)A、B、Cは2019年4月、広瀬さんも含めたLINEのグループ通話で性的なやりとりを繰り返し、Aは性的な意味で広瀬さんの体を触った。
(2)3人は同4~5月、深夜や未明に公園に集まろうと連絡したが、自分たちは行くつもりがなかったのに広瀬さんには伝えなかった。
(3)Dは同5~6月、お菓子などの代金を負担させる行為を繰り返した。
(4)Eは同6月3日、性的な話題を長時間にわたって続け、性的な動画の送信を繰り返し求めた。
(5)C、D、E、F、Gは同6月15日、広瀬さんに性的行為に関する会話をした上、性的な行為をするよう要求、あるいは静観していた。いずれも広瀬さんが性的行為をする状況を見ていた。
(6)Eは同22日、広瀬さんをからかい、嫌がる反応をした後も繰り返した。広瀬さんがパニック状態になった後も、Dは突き放すような発言をした――などとしている。
 全国紙社会部デスクによると、(2)では午前4時に公園に呼び出され、母親が止めても「行かなきゃ」とパニックになったこともあった。(3)では、別の友人に負担させられた具体的な金額を挙げて相談していた。
(4)では「裸の画像を送って」「(送らないと)ゴムなしでやる」などとしつこく要求され、恐怖のあまり送ってしまったらしい。
(5)では公園に居合わせた小学生らに「裸の画像を送らされたり、わいせつなやりとりをしたりしていた」と教え、さらに「いま、ここでやってよ」と強要。取り囲まれた広瀬さんは逃げることもできなかった。
(6)はウッペツ川の土手で「画像を流す」とからかい、広瀬さんは「死ぬから画像を消して」と懇願。2人は「死ぬ気もないのに死ぬとか言うな」とさらに詰め寄り、広瀬さんはパニックになって川に飛び込んだとされる。
 6項目は「確認された」だけだが、ほかにも表面化していない事案があっただろうことは想像に難くない。



2019年6月、川に飛び込む事件の前に、母親は彼女にいじめられてるのかと訊ねると彼女は『どこからがいじめっていうか分からない』と答えた。
だれがどう観ても、これはいじめ以上の陰惨な犯罪である。
ここまで凄惨な事件は珍しいかもしれないが、一人の女子生徒を複数の男子グループによって毎日のように精神的にじりじりと限界まで追い詰めてゆくという行為は世界中で頻繁に起きているだろう。
でもわたしの場合は、確かにそういった悪質な行為を中学二年生時に受け続け、果ては不登校になり、結局それが原因かはまあわからないことだけれども、一年生のときはあんなにバスケ部とかをがんばっていたのに、その後、無気力な状態がずっと続いて高校に進学することもできなかったのだが、わたしはそれを「いじめ」とは呼ばず、これまでずっと「嫌がらせ」だと呼んできた。
何故か?
それは事の発端が、特定の男子グループから嫌がらせを受けるきっかけとなったことが、こういったことだったからだ。
それはおそらく、わたしがまだ中学二年生に上がって、すぐくらいの時だったかもしれない。
学校から帰ったあとだっただろうか、うちの電話が鳴ったのでわたしは受話器を取った。
驚いたことに、意外な人物がわたしに電話を掛けて来たのだ。
それは同じクラスの男子生徒キラハカ(仮名)であった。
わたしがびっくりしていると、彼は恥ずかし気に、こう受話器の向こうで言ったのである。
「…あんなぁ…えっとぉ…今度、〇〇らとかと一緒に、グループデートせーへん?」
わたしは心の中で叫んだ!「マジか!!!」
あまりにも、嬉しかったからである。
わたしは特に当時キラハカのことを気にしていたかどうかもよく憶えていないのだが、まあキラハカはわたしのなかのイメージでなかなかの好青年であり、ちゃらちゃらもしておらず、真面目な感じだがちょっと陰のある、もっと言うとなかなかの闇が深そうなものを腹の底に仕舞いこんでるような、それでいて、彼は元気なまともで今どき風の男の子であって、普通を装ってがんばってまあ僕は生きているんだよねって感じのなかなかカッコいい感じのboyだったのであって、わたしはそのような雰囲気のキラハカのことを、なかなかいい感じそうだなぁという風に多分感じていたであろうと憶いだす…。
だからまさかの、そのキラハカから、わたしはグループデートを誘われたのだ!わたしは其の時点で、有頂天になっていただろう。
ははは、やっぱりそうかーおまえ、やっぱりわたしのこの凄い魅力をおまえは見抜いたか―。おまえが最初に見抜いたか―。おまえはやっぱり良いやつだなあ。
わたしはまだ中二だったが、心のなかで「おほほほほほほほほほほ」という貴婦人のような笑い方で一瞬で自分は格上げされたみたいな気持ちだった。
それで、その「おほほほほほほほほほほ」という笑いのなかで、わたしは心臓がどきどきしながら、興奮を隠しながら、キラハカに、訊ねたのである。
「…どこ、行くん?」
すると、キラハカはどうやら彼の後ろにいる男子たちと相談している様子で、その遠くに声がしていた。
そしてキラハカは受話器に戻って来て、また恥ずかしそうな言い方でこう言った。
「ぼ、ボーリングとか…」
わたしは確かにボーリングは別に好きではなかった。でも心の底で、「oh、ボーリングか、なかなかええんちゃうか。」と想った。
しかし、あろうことか、わたしのこの口は、この卑しい口は、彼に対して、こう応えたのである。
「えええええええええぇぇぇぇ、ぼーりんぐぅぅぅぅぅ???」
ものすごく、イヤらしく、わたしは「えーなにそれ」みたいな相手を馬鹿にして、相手を侮辱するように、確かにわたしはそんな言い方で言ったのだ。
何故か。
わたしはただ、自分が「おほほほほほほほほほほ」という女王でもなった気分で、この貧しき格の低い家来に対して、そんなことであたくしを喜ばせられるとでも想ってるのかしらぁ。という真に卑しき本性が出てきて、どうしても自分のこの興奮,高揚,深い感動と喜びを絶対に隠さなければならないと想ったからであった。
つまり、つまるところ、わたしがどあほだったからである。
それでわたしは真正のどあほだったので、キラハカから、「えっと、そ、それじゃ、〇〇はどこがええん?」みたいな返事が来るだろうと予想していた。
すると、返事が何一つ来ず、なんとも、異常な、異様な長い沈黙が、受話器の向こうで起こり、わたしは酷く狼狽えた。
そしてその不可解なおそろしい沈黙のなか、わたしは脂汗を垂らして返事を待ったが、どんなに待っても返事がなかったので、確か「もしもし?」と訊ねたかもしれない。
するとその瞬間、無言の沈黙のあとに「ガチャっ」といって電話は切れたのだった。
わたしは待った。電話の前で、「ごめんごめん、さっきちょっと切れちゃって。」というキラハカからの電話が掛かってくるのを。
だが一向に、どんなに待とうとも、もう二度とキラハカから電話が掛かってくることはなかった。
わたしは、それがショックであり、多分ひどく後悔したとは想うのだけれども、どこまで後悔したのか、あまり憶えていない。
何故なら、わたしは当時、まだ本当の本気で男の子を好きになったことがなかったからだった。
だからその証拠に、わたしは翌年くらいに読んだちびまる子ちゃんのまる子のお姉ちゃんが失恋して湯船のなかで涙を流すという名シーンが、理解できず、「なんでたかが惚れた男の為に涙を流すのか。」と本当に想ったのだ。
でも男の子と触れ合ったこともなかったわたしは、男の子とデートするといったことがとても素晴らしい夢に想えていたことは確かだった。
でもわたしはこの高慢さによって、キラハカを一瞬のうちに失ったのだ。
だが、事はそれで、終わらなかった。
わたしは制服のスカートをそんな短くしたりもしない、とても真面目な女子生徒であった。
しかし当時から、わたしは学校のなかで結構浮いていただろう。
その雰囲気が、近寄りがたいオーラを発していたからだろう。わたしは当時から変わり者であった。
それは、ある日突然、起こった。
教室で視線を感じ、振り向くと、必ずそこにニヤニヤと笑うキラハカと、そしてもう二人の男子生徒も同じようにわたしを観ながらニヤニヤと笑い、三人はコソコソとわたしについて話して嗤っている。
わたしはこんなにばかばかしいことはすぐに終るだろうと想った。
しかし次の日も、次の日も、一週間後も、一ヶ月後も、それは毎日続いた。
特にわたしが動いたり、何か仕草をしたりするときに必ず彼らは、こちらに聴こえるようなクスクスとした嗤いでわたしを凝視しながら笑い、時にはその三人間でメモを渡し合ったりしているようだった。
ある日の授業で図画工作室にみんなで移動して、教室とは違う席に着かなければならないとき、たまたまキラハカたちと同じ机を共にしなければならなくなった。
わたしは図画工作の担任の男性の先生に彼らに嫌がらせをされつづけているから、席を変わりたいと訴えた。
だがその先生は、たった一時間とかだから我慢しろと言った。
わたしは諦めて席へ戻った。
机の向こう側から、彼らはわたしを見つめて、嘲笑いつづけた。
わたしはずっとずっと、黙って堪えていた。
物凄い屈辱だった。自尊心が破壊された。自己肯定感がどこかへ行った。
わたしは、何より、自分自身が厭になった。
よく憶えていないが、わたしは担任の先生に一度だけ相談したことがあったのかもしれない。
昔の体育会系のムキムキな日焼けした眼がギラギラとした熊みたいなその先生は、おそらくわたしを一喝した。
「そんなことに拘るな。」
わたしはその担任がどうしても好きになれなかった。
とにかく暑苦しくて苦手なタイプだったし、何一つ理解されなかった。
お父さんには、話せなかった。当時に話した記憶はない。
お母さんが生きていたら、わたしは話せただろうか?
事の発端は、わたしだったのだ。わたしはそのことが、恥ずかしかった。
わたしは小学生の頃から、極度のあがり症(社交不安障害)だった。
みんなの前で本読みをするとき緊張のあまり声が震えたり、特に著しかったのがリコーダー(笛)のテストだった。
あまりにも指が震え、口も震えるため、わたしが奏でるメロディは祭囃子のように独特な高音と強弱があった。
そんなものを聴かせられてだれもが笑いをこらえていたはずだが、なかでも大袈裟に彼らは、必死に笑いを堪えており、本当に惨めで、わたしのこの高慢なプライドはけちょんけちょんにされたのだった。
最早、堪えられなかった。
わたしは限界だったので、もうがんばるのをやめた。
学校に行くのをやめた。
だが、学校に行ってないということがお父さんにバレた。
わたしはどうしても行きたくないと言ったが、お父さんは「行け。」としか言わなかった。
お父さんは怒るととても怖かった。
お父さんは仕事を出る時間を遅らせて、わたしと一緒に家を出た。
わたしは学校に行く方向の路へ歩いてゆく。
後ろを振り返る。
お父さんが、わたしをの眼差しで応援しながらがんばれとエールを送りながら、わたしがその角を曲がって観えなくなるまで、見送ってくれている。
そして角を曲がる。
わたしは学校へと向かう道とは違う道を歩く。
時間をつぶす。
早く家に帰りたいなあ。わたしの頭にはそれだけだ。
もう帰っても、お父さんにバレないよなあ。
よーし、もう帰ろう。
そんな日々が続いた。
お父さんに当然、またバレる。
騙しつづけていたことにもお父さんはすごく怒(いか)る。
嗚呼、どうすればいいのだ。
わたしはどうしても、学校に行きたくないのだ。
あいつらにもう馬鹿にされたくないのだ。
嗚呼、わたしは、わたしはそんなつもりではなかったのだ。
キラハカと楽しいデートがしたかったのだ。
でもキラハカは、キラハカはキラハカで、わたしと同じほどにプライドが高い人間だったが為に、わたしのあのたった一言で、わたしを自分のなかで「ビッチ(売春婦)」まで突き落したのだ。
わたしが苦しみつづけているのを、彼らは気づいていただろうが、彼らはそれがとても面白く、楽しかったのだ。
わたしは日々が本当に退屈で寂しくて、たまに友だちと話がしたくなって学校に行ったりしていた。
それであの日のできごとが二年生だったか三年生だったか憶いだせないのだけれども、こんなことがあった。
キラハカと、あとの二人の男子生徒、その一人はわたしのなかでとても眩しい子だった。
何かのイベントのときに、彼はのりのりな音楽に合わせてとても上手いダンスを踊ったのだ。
そのダイシン(仮名)は色白でとてもハンサムだった。
余裕たっぷりでこちらを見つめ、顔に掛かった綺麗な長い黒髪を掻き上げる仕草、少女漫画のきらめく星が似合う程、ダイシンは完璧な男子生徒だった。
わたしは多分、そのときダイシンに憧れを抱いたのだ。
こんな完璧な美少年がこのクラスにいるのかあ!と感動したのだった。
そのときのわたしは、まさかその何一つ、非もないようなダイシンが、わたしに嫌がらせをつづけるキラハカをリーダー格とするグループに入るとは夢にも想わなかった。
だが彼の闇もまた、深かったのである。
わたしはそれを、見抜けなかった。
性格は、その中身は、どんろどんろだったのである。
そう想いたいだろうか?
わたしはどうも、想えなかった。
ここまで悪質な嫌がらせをされつづけても、わたしは彼らが、どうも純粋に観えたのだった。
だったら、わたしだけが悪いのか。
だから、わたしの自己憎悪は酷いものだった。
同じクラスのヤンキーの女子グループからも何か笑われてるのではないかという被害妄想を抱くようにもなった。
だが彼女たちは、わからないが無実だったのかもしれない。
そんなある日のことだった。
わたしは其の日、学校に行って、無事に終了時間までがんばり、女の子の友達たちと登下校をしているときだった。
すると突然、男子ヤンキーグループがわたしたちを追いかけて来たのだ。
わたしはわけもわからず、必死に逃げた。
そのグループにはダイシンがいた。
わたしは必死に走って団地のなかを逃げるなか、友達とはぐれ、一人だけで追い回された。
彼らは三人以上は多分いた。
わたしは行き止まりの場所まで追い込まれた。
彼らはわたしを逃がすまいと、横に並んで通せん坊(とおせんぼう)をした。
嗚呼、まずい!わたしは恐ろしく、彼らがじりじりとニヤニヤしながら近づいてくるのを必死にこちらから向かって行き、彼らが何かをする前に、わたしは彼らの身体と身体の間を抉じ開けて脱出したのだ。
ダイシンは、あんなにも綺麗な顔立ちをしながら(想えばキラハカもダイシンもとても賢そうな顔立ちであった)、一体何がしたかったのかわからないが、彼らはそれでも、純真であり、何かしたかったのかもしれないがきっと気が引けたのだろう、彼らはわたしに触れて何かをすることはできなかった。
それらの行為は、すべて彼らの「ただの悪ふざけ」に過ぎなかっただろう。
ときに、こんなこともあった。
わたしは教室でキラハカの椅子を、キラハカが傍に立っているときに、思い切り蹴り倒してやったことがあった。
キラハカたちは、それでも変わらずクスクスと嗤った。
しかしただこちらを見つめて笑うだけで、それ以上に彼らはそのとき何もしなかった。
つまり彼らは、わたしに対して本当にそれ以上の何もできなかったのだ。
それほどにわたしには何か触れてはヤバいオーラがあったからなのかもしれない。
そして、こんなこともあった。
わたしは学校に行く日は良く授業の途中から学校に行っていた。
ちょうど昼の休み時間だった。
わたしは近道となるドアから校舎へ入ろうとした。するとガラスのドアが閉まってるではないか。
おいーなんなんだよ、だれが閉めたんだよー。とわたしはその場に立ち竦んでいた。
すると驚いたことに、息を切らして楽しく友人たちと面白い遊びをして子どものように遊んでいたいつもとは違うキラキラと輝いたキラハカが、そのドアの向こうから走ってきたのだ。
わたしはすぐに、彼らがその純粋な遊びのために、このドアの鍵を閉めたことがわかった。
わたしとキラハカはガラスドア越しに見つめ合った。
とてもドキドキしたが、そのときのキラハカは何か清らかだったのだ。
嗚呼、こんなに無邪気な表情をするんだな。とわたしは想いながらも緊張し、弱気を見せてたまるかといった戦闘的な目を作って、キラハカと妙な間、見つめ合っていた。
するとキラハカはその無邪気な顔のままで鍵を開け、何の罪もない子どものように、向こうへと駆けて行ったのだ。
嗚呼、わたしは彼らを責める資格はない。
それは何故かというと、わたしのほうが何百倍と、腹黒いように今でも想えるからだ。
彼らは責められるべきではない。
おそらく彼らは、イエスが十字架に磔にされながら人々に叫んだ「彼らは自分が何をしているのかがわからないのだ。」という言葉を、純粋に表現しただけだったのだ。
わたしは何を言わんとしているか、わかるだろうか。
イエスは、我々が「赦す」まで、我々に救いの道がないことを自分の命を犠牲にしてでもわたしたちに伝えた。
彼らもまた、大切な「子どもたち」だ。
だれもが、大切な大切な子どもたちだった。
子どもたちさない世界で、子どもたちは死に、子どもたちは殺されるということを、どうか忘れないでほしいのだ。
















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