お姉ちゃんからの電話

お姉ちゃん

わたしは美術館にいる。
もう多分、すべての絵を観終わった。だからわたしは気に入った絵が描かれたタペストリーが入った袋を手に提げて、そしてパンフレットや本が並んだ場所の前にある椅子に一人で座り、本を読んでいる。
だれか知っているような男性が少し向こうにいるが、だれだか良く知らない。
わたしは突然、呼び掛けられる。
美術館の従業員の男性が、わたしに電話だと言う。
わたしは急いで、公衆電話の場所に駆けつける。
そして受話器を取る。受話器の向こうから、懐かしい、とても懐かしい声が、元気なその声が聞こえる。
「こず恵?!」
「うん!」
「うわぁ、ひさしぶりに声聞いたなあ~!!」
目が醒めると、この世界にはもうお姉ちゃんはいない。
2021年10月27日に、お姉ちゃんは55歳で此の世を旅立った。
でもわたしは、もっと前から、お姉ちゃんの声を聞けなかった。
2020年の夏から、もうずっとお姉ちゃんに会えなかったんだ。
最悪な爆弾発言を互いに言い合ったあの夏から、わたしはずっとお姉ちゃんに会えない。
こんな現実を受け容れられる方法はあるだろうか?
もしあるとしたら、それはきっとたったひとつだ。
の中で、赦し合えるなら。
どうかつづきを見れますように。
わたしは寝つづけてひどく疲れた身体を寝返りさせ、また眼を閉じた。
物がとても少ないさっぱりとした家のなかにわたしはいる。
引っ越しする前か、もしくは引っ越してきたばかりだ。
わたしは想像し、嘆いている。
この先、お兄ちゃんに何かあったとき、お姉ちゃんが傍にいてくれないのだと。
子どもの頃から、わたしもお兄ちゃんもあんまりにもお姉ちゃんを頼り過ぎて来た。
だからお姉ちゃんは疲れ果ててしまったんだ。
わたしはそう途方に暮れている。
場面は変わる。
待ち合わせをした初めての喫茶店で、わたしとお姉ちゃんは、向かい合わせに座って何かを話している。
わたしは美術館にいたときに、突然、お姉ちゃんから電話がかかってきたあの日のことをお姉ちゃんに話す。
確か、あの従業員は、誰からの電話か言わなかった。
「こず恵が、受話器を取ると…、……お姉ちゃんが……」
わたしは突如感極まって、声が出ない。
お姉ちゃんもそれを聞いて、そのときのことを憶いだしている。
「お姉ちゃんが……、お姉ちゃんの声が……」
わたしはまだ感極まりつづけて、次の言葉を出せない。
人はあまりにも感動すると声が出ないのだ。
お姉ちゃんも感極まり、愛情深い眼でわたしを見つめ、次の言葉を待っている。
魂が震える感動をふたりで経験したあと、やっとわたしは次の言葉を発する。
「お姉ちゃん……、お姉ちゃんの声が…こず恵?!…うわぁ、久しぶりに…声聞いたなあ~!!…って…」
この瞬間の前に、つまりあの声が出ない時間、あのときに、わたしとお姉ちゃんは確かに共に深いカタルシスを経験したんだ。
だから目が醒めてわたしは想う。
あの時間、あの声もでないほどの感動のカタルシスの時間、あの時間がもっともっと永く、そして深い時間を、わたしもお姉ちゃんも、きっと求めているのだろうと。
















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