光の葬

何が悲しいってゆうんやろ

ただ雨の音聞いて布団なか入ってるとどこまでも連れてかれるねん

喪失ってもんがどうゆうもんか幼い私は理解できひん時に

それをどうにかする為に自分の体の奥までも染み込ませたみたいで

それが自分の全部になってしもた気がするねん

母の死で何かを失ったんとちゃう、母の死だけでどうにか

生きて来れた、そんな気がするねん

母の死を記憶の裏側に押し込む一方で母の死は自分にとって

なくてはならんもんなんや、そう無意識の場所でずっと自分に

言い聞かせてた気がするねん

死だけでしか生きて来れんくなってしもた人間は、そこに

もう哀しみしか自分を支えるもんはないんやて、そう自然に

そんな心が出来上がって来るんやと思いました

いつからそんな思いが意識する中で鮮明になって行ったかは

わからんのやけど、意識せん時から私の中にはもうずっとそれが

あったんやと、こんな凍えそうな鎮まった雨が降り頻る日に確信するんです

母の死は私にとって命そのものなんや

まるで母の精魂を私が吸い取ってしもたような罪悪感が根付いてるのに

哀しみはなんでかとても甘美な淡い綺麗な色をしてるんです

それはまるで悪魔の信念のようにびくりとも揺れ動かんものなんです

赦されたい人間はすべてをよいもんに変えてしまうんです

苦しみから逃げず受け入れもせず、ただそれをひっしと逃がさんように

掴んで離さんのです

これがないと生きてかれへんねん、そう中毒者と同じように餓えてるんやて思うと

ますます哀しみしかそこに在らんようなって、そんな世界に浸っては惚れ惚れするんです

そやけど、そんな自分とただ平凡な幸せを望む自分がそこには絶対おるんです

それも思わば哀しみをもっと深くする為の叶わぬ憧憬のように

なくてはならんもんなんやて思うんです

でも最近光が散らつくんです、目の前によう

私をひどく憐れむような光なんです

私の核心を否定するのでも肯定するのでもなく

ただその光は私を柔らかく静かに宥めるんです

いつまでも泣いてる子供に子守唄を唄って寝かせつけるような

そんな安堵の心地良さに身も心も預けてええんやな、そう思えて来たんです

その優しさは、命を葬る喪の心、あの底深いもんとおんなじや、て

苦しい時ほど深く感じさせられて

まるで光に葬られてるような、そんな小弛む気持ちになるんです

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