Sparklehorse




スパークルホースのマーク・リンカスが昨年の3月6日に自らの心臓をライフル銃で打ち抜き生涯を終えたことを今日知った。
あらためて聴いた。いつごろ聴いたのかはっきりと思い出せないが、多分21歳から24歳くらいまでの間に聴いただろう、六年以上は経っている。これほどよかったかと、こんなに心に響くものだったかと悔やんだ。




 
フレデリック・マーク・リンカスは1962年9月9日、アメリカ合衆国ヴァージニア州アーリントンに生まれた。炭鉱労働で生計を立てる父や兄弟の元で育ったマークは、家族と同じ職業に就くことを拒否し、幼くして音楽の道を志すことを決意する。13歳の時に両親が離婚。その後、学校ではいわゆる〈不良〉とつるむようになり、高校ではアルコールとマリファナに溺れる日々を送っていた。



 高校卒業後、進学のためにニュー・ヨークへと出たマークに転機が訪れる。ダンシング・フーズと呼ばれるバンドを結成し、自らヴォーカルとギターを担当。2枚のアルバムをリリースした後にバンドはそれなりの評価を獲得し、マークたちはさらなる成功を求めてロサンゼルスに進出した。しかし、その直後にバンドの関係が悪化。80年代末には解散してしまう。





音楽ビジネスに幻滅を覚えて、かつて毛嫌いしていた故郷ヴァージニアへと帰郷、こつこつと曲を書きためてゆく。当初は地元の小さいヴェニューを中心として活動を続けていたが、徐々にそれが軌道に乗り、1995年にスパークルホースとして傑作ファースト・アルバム『Vivadixiesubmarinetransmissionplot』を発表。マーク・リンカスはここでその真価を発揮し、破滅的な前衛っぷりの中に得も言われぬ懐かしさを秘めた本作は多くのアーティストから絶賛された。そして、当時『OK Computer』を引っさげてのツアー中だったレディオヘッドから直々にサポート・アクトとして指名を受けるに至った。





だが、1996年レディオヘッドをサポートした翌年のツアー中、滞在先のロンドンのホテルで抗不安薬のヴァリウムと抗鬱剤などをアルコールと一緒に摂取したことが原因となって2分間の心停止と14時間の意識不明状態に陥り、脚への血流が止まったことからその後6ヶ月間の車椅子生活を余儀なくされる。

 復帰後は順調に音楽活動を続け、アルバム『It's a Wonderful Life』ではトム・ウェイツ、PJハーヴェイといったゲストとも共演。他にもダニエル・ジョンストンのアルバムを手がけたり、2009年にはナールズ・バークレイのデンジャー・マウスとともに豪華なコラボレーション・プロジェクト〈Dark Night Of The Soul〉の中心メンバーとして活躍した。





2010年。スパークルホースの新作のレコーディングをほとんど終えていたマークは「アルバムを完成させるために」と家族にことわって、テネシー州ノックスヴィルの友人宅へ向かい、3月6日にその庭先にて胸にライフルの銃口を当ててトリガーを引いた。弾丸は一撃で彼の心臓を貫き、同日の午後1時30分に通報を受けた警察が駆けつけたときには、すでに息を引き取っていた。両親と妻、3人の兄弟を残して、47歳で輝く馬に乗って空に駈けてった。











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