光るみなも白い空 | 神と芸術

神と芸術

霊的心眼が開きかけてる。と言っても、おかしいね、夜には寂しい淋しい辛いぼくひとりだけを滅ぼしてほしいと言っては泣いている。部屋中バチパチとラップ音が響くんだよね。Heyヨオってそのラップのほうとちゃうよ。ふんでさっき私はあることに気付いたの。私の名前って、こずえうえだ、ってそこから「う」を取り除くとなんか梢枝って同じ意味の言葉が続いちゃってるんだってことに、あっ、て思ったんだ。三十年生きてて初めてわかった。変なの。言い方変えれば、枝う枝ってなんか、中原中也、町田町蔵と対して変わらないんだっことがちょっと嬉しかった。枝枝、中中、町町、ってゆうね、まあ。あ、芸名は枝宇枝にしようかな。え?おもんない?あーそうかい。

それで今日調べてわかったんだけれどね、私は一月二十八日で中原中也の生きた時間を越しちゃった。だから目覚めなくてはならなかったのかも知れない。
私が中也を知った十五歳の時からさらに十五歳私は年をとった。
中也はどうしているだろうか。中也も神を切実に求める一人であった。








「新編中原中也全集 第四巻 評論・小説」


「私は全ての有機体の上に、無数に溢れる無機的現象を見る。それは私に、如何しても神を信ぜしめなくては置かない所以のものである。
 人間にとつての偶然も神にとつては必然。運命は即ち、その必然の中に握られてあり、吾等の意志の能力は即ちその必然より人間にとつての偶然を取除いた余の、所謂必然、その範囲に於て可能である。

 私が今仮りに神の全てを見知したとする。然し私はそれを表現することは出来ないのだ。何故と云つて神は絶対であり、私の表現は相対的に行はれるのみだからである。茲に於て、人は神の全てを知るとも宿命の軌道を壊つことは不可能である。天才者常に空威張りし、予言者嘆息するはまことに許容すべきのみ。然るに彼も亦神の手になれるもの、常に理想の方向へとのみ盲目なれど強き力もつ衝動と共に生く。
 併し、辛じて詩人は神を感覚の範囲に於て歌ふ術を得るのだ。

 最初に、神に脳裡に構へられしものは静止せる理想郷のサイ象。それに制約の点ぜられたるより流転現象開始さる。然れば、神の御旨よりは罪悪もなし。されど、人の子の側より考へて罪悪は犯すべからざるものなり。仮りに神の御旨を人の子の側にも当篏めんか、最初に神の脳裡に構へられし静止せる理想郷に逆源するのみ。そは神の御意に非ず。そこに於ては神も亦好奇心のみ。
 然るに神人の子に未来を知るの力を与へ給はず。又、人の子の謂力を与へ給はず。又、人の子の謂ふ奇蹟も容易きことなれど、人の子を遣りたる相対の世界には神自らも相対性以外を行ふとも見せられず。詩人は云ふ。神は絶対の沈黙者なり、情なくまた非情なしと。然り然り。諺にあり「自然は既定の法則を踏まずして一の塵、一の芥をも齎さず」と。






神という言葉が十六回出てくる。中也がどれ程神を求めに求めていたかわかる。神を求める人は美しい。なぜなら、それは、この世で一番の悲しみを知っている人だからである。だから私は神を求める人を心から愛する。

芸術と真理は共存できないのではないかと私も何度も思った。しかしそれは間違っている。何故なら真理こそが芸術であり、芸術こそが真理であるからである。

素晴らしい芸術を知り感動する、または癒されるのと、真理をもう一度読み返して感動する、ほっとするのが私の中で同じだったからである。それは人間の本質が求める唯一のものだからである。

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ナレーション:ホアキン・フェニックス

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