彼は死から始まり、終止符を打ち生まれたのだ

温かいもの、優しいもの、美しいもの、純粋なもの、悲しいもの、寂しいもの

そんな愛しい大切に大切にしたい人が、また早くにさらわれたのだ

私は、また一足遅かった




笹井宏之という歌人を今日知った

小学生のころから原因不明の病と付き合い、

部屋の中で彼の心が見た景色や感じたものはたくさんの言葉となった

そんな彼を26年この地上に存在させて、何かがさらっていった

1982年8月1日から2009年1月24日の間、彼はどんな世界を見てきたのだろう

一生に一度ひらくという窓のむこう あなたは靴をそろえる

その窓は、こんな窓だったのかな 些細

暗闇から見た窓の向こうは暖かい光にあふれ、その優しい場所

が見えて、君は小さく頷き靴をそろえたのだろうか

彼の100編の歌 から特に好きなものを載せます

001:始 ひだまりへおいた物語がひとつ始まるまえに死んでしまった

   もうそろそろ私が屋根であることに気づいて傘をたたんでほしい

   門限をやぶろう 清くあるための九時の列車の切符を買おう

   しあわせと不幸せとの境目にきんいろのナイフを挿し込んだ

   風船へむすんだ種が草原となり森となるまでをおやすみ

   からだじゅうすきまだらけのひとなので風の鳴るのがとてもたのしい

   わたしからあなたへ移る人称のさかいに赤い花束をおく

   一緒にね、こう地球儀を回したらどこへでもゆけそうで怖いね
 
   いつのまに雲が生まれていたのだろう メトロノームのねじが冷たい

   五月某日、ト音記号のなりをしてあなたにほどかれにゆきました

   ひとが死ぬニュースばかりの真昼間の私はついにからっぽの舟

   押しボタン式のあなたをうかつにも押しっぱなしで街へでかけた

   あのひとは階段でした のぼろうとしても沈んでしまうばかりの

   苦しくて路面電車になっているひとへレールの場所を教える

   ホチキスの残り最後のいっぽんで私がとめたのは愛でした

   切れやすい糸でむすんでおきましょう いつかくるさようならのために

   感傷と私をむすぶ鉄道に冬のあなたが身を横たえる

   あるときはまぶたのようにひっそりと私をとじてくれましたよね

   氷上のあなたは青い塔としてそのささやかな死を受け入れた

   万象が結露であるとしてもいまこのときのあなたを愛したい

   ひとひとり救えないこの夕ぐれに響け サウンド・オブ・サイレンス

   暗くなるまえにあなたの氷山を打ち砕かねばならないのです

   雨のあさ命拾いにゆくひとへしっかりとしたかごを持たせる

100:終 終止符を打ちましょう そう、ゆっくりとゆめのすべてを消さないように



他ネットから拾った彼の歌を載せます、私は今まで短歌にこれほど心を動かされたのは初めてです

いい歌が多すぎます



からっぽのうつわみちているうつわそれから、その途中のうつわ

借りもののからだのことを打ち明けてあなたはついに氷上の星

猫に降る雪がやんだら帰ろうか 肌色うすい手を握りあう

このケーキ、ベルリンの壁入ってる?(うんスポンジにすこし)にし?(うん)

ひとたびのひかりのなかでわたくしはいたみをわけるステーキナイフ

廃品になってはじめて本当の空を映せるのだねテレビは

猫に降る雪をとめようわたくしの非力な腕であなたを抱く

人々があなたの詠を読んでいる そこには愛がありましたとさ

ひなたにはあなたをおいてぶらんこの鎖をひとつ残らずとばす

ひきがねをひけば小さな花束が飛びだすような明日をください





こちらにまだ残っている私はまだまだ居残りものだな

悲しさも寂しさも温かさも全然足りないのだから

悲しむよりも、彼の行方を信じて愛し続けたい
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