I Wanna Be Adored

なんか本当にちょっとしたことで深く傷つく。例えば1999年のイアン・ブラウンのライヴは最高だったという記事の次のライターの記事はとても空虚で最悪だったという記事だったりして混乱に落ちて酷く傷つく、実際どっちが正しいのかと思ってとてもブロークンマインドを抱え込む一日と無意識的になってしまう。
僕自身それは考えたらわかることだけど、きっとそれって好きすぎて求めすぎて、期待しすぎてそんなふうなマイナスな捉え方、感じ方しかできなくなってしまったんじゃないか。でもきっとそれは間違ってる。
もしそれで本人もあのライブは駄目だったとか思うならいいと思う。でもその次のインタビューのページではイアン・ブラウンはとても満足気だった。求めすぎちゃ期待しすぎちゃきっと駄目なんだ。
その人が良いと思ったやり方を賞賛できるようになりたい、たとえそこに葛藤があったとしても。

だから殺人者が殺人を良いと思って殺人を行ったならそれはやっぱり賞賛、ってそこは難しいかもしれないが、まあなんでそう飛躍するのかこのファック脳髄は、知らんけども。

ストーン・ローゼズのファーストアルバムを聴くと、おそらく4年前にレオパレスの6畳間でチープ赤ワイン片手にいつも一人で踊っていたときのことを思い出す。
そんななんてことのないたった一人きりの思い出だが(うさぎのみちた君もいたよ)とてもいい思い出として蘇えるから不思議なもんである。
なんだか落ち込んでるときでも聴くと元気の湧いてくるアルバムが数少ないがあって、このストーン・ローゼスのこのセルフタイトルのファーストアルバム「The Stone Roses」もその一枚なんだと思う。
無闇に素晴らしい人に元気を与える、それは活力の源となる稀有な何かを彼らが持っているためだと思ったし、またそれはとても儚いものだった。
たぶん一生に一枚しか作れないようなアルバムだからこそ、その価値が大きいのだと思う。
僕はストーン・ローゼスのフロントマンであるイアン・ブラウンが大好きで心から愛していて、イアンが元気でいてくれたらそれだけで嬉しい。
元気って言うのは僕の中では広くって、その意識をしっかりと持って生きていてくれたらそれだけで嬉しい。悲しみに打ちひしがれながら生きていても嬉しい。
本当に繊細な人だと思うし、ただただ楽観的に生きていくことはできないと思うから。
同じ時代に生きていることだけで、感動的だと思う。






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