暗黒の野

目を覚ますと、誰もいない。
夢ではあんなに色んな人と交流してたっぽいのに、この現実のざまはなんと嘆かわしいことでしょう。
交流したい人が誰一人おらないのである。
つまりこの高潔な俺の話し相手にふさわしい人が何処にもいてない。
なんと悲しいことでしょうね、おほほほほ。
俺はだから毎日18時間眠ってる。
夢の世界のほうがずっと楽しい。
あらゆる経験もできるし有意義かつ無価値である。
俺の信念だ、何より有意義で、何より無価値であれ。
矛盾してるとかゆうやつは死んでいいよ?
はっ、低級な人間には理解できないことだ。
俺は高級な人間で在るが故にその苦しみも高級な苦しみであるのは確かだ。
俺はこの苦しみから早く抜けたいので死を望む。
しかし自殺はしない。
俺に似つかわしい死は、ゆるやかな死である。
そんなことゆうたら誰もゆるやかな死の生を生きてるんちゃうん。
そう人は言うだろう、NON!BAKA/TARE!
違うぅっ、人々は死にたくないのにそのゆるやかな死へ押し流されているだけではないか。
俺は本当は長生きで健康的に生きられるのだが、あえて死を望むのだ。
そしてそれは自ら与える突然の死ではなくして、ゆるやかな自殺と言えよう。
そうして、どうしたら美しくもゆるやかな自殺ができるのかなぁ、と僕は思いました。
明日から家畜の死肉喰らう?いやんいやんそんな醜い自殺。僕にふさわしくない。
明日から酒だけで生きる?いやよいやよ汚い自殺。僕にふすぁわしくない。
明日からヤクだけで生きる?オーマイベイビー。急速な自殺になりそうだ。
明日から教会へ通う?己れの罪を直視することで拒食、酒とヤク浸り、私を殺す気か。
俺はなかなか美しいゆるやかな死の方法が見つからなかった。
僕は怖くなって汚くて臭い布団に潜り込んだ。
僕を緩やかに殺す方法が見つからないよ。
電気を豆球にしてその淡い電球を見上げていた。
気付くと僕の側に知らない男が立っていた。
男は僕に呼びかけた。
「俺が力を貸してやろうか」
僕は寝ながら応えた。
「誰だか知りませんがいったいあなたに何ができると言うのでしょう」
「ふふ、俺が考えた一つの案をおまえにやろう」
「さて、それはどんな案でしょう」
「お前は今日から吸血鬼となって毎晩人の生き血を吸って生きればいい」
「それが、美しい緩やかな死だと、言うのですか」
「ああ、そうだ、これ以上にはないだろう、何故美しいかわかるか」
「それは神に背を向けた行為であり、また人から恐れられている存在だからでしょう」
「それだけではない、我ら吸血族は本当に死ぬことができるからだ」
「それはどういう意味でしょう」
「おまえはまだ知らないようだが、人間は永遠に生きる、いや、すべての生物が形を変えて生きつづける、しかし吸血族は違う、我らだけが永遠に死ぬことができるのだ、もっとも、一時の情で死を選び死んでしまった者は後悔することさえできないが、我らは永遠の消滅を望みながら、同時にそれを恐れ、永遠にこの地上で生きつづけようとしているわけだ、どうだ、人間にこのような感情をもつことができるだろうか、所詮思ったとしても、それは偽りなのだ、人間は死ねないのだから」
「確かに人間は愚かで醜い、死ぬこともないのに死があるのだと思いこんで恐れ続ける」
「おまえは賢い人間だ、だからこうして我々の一族に迎え入れようと俺がここへ来た」
「どうしたら吸血鬼になれるのです」
「特別、おまえに詳しくその方法を教えてやろう。お前はまずおのれの手で己を殺し、死が訪れた瞬間にこの俺がおまえに新鮮な人間の生き血を口移しで飲ませる。そして俺が死体のお前を屍姦する。それだけだ」
「どこかで読んだことがある、黒魔術で死体を蘇えらせる方法と似ている」
「これは人間でも悪魔に魂を売ったものはできる方法だ」
「本当に死んだ人間を蘇えらせることができるなんて」
「正しくは、人間が行った場合、生き返るのは肉体だけだ、魂は戻せない、死体を死体として生き返らせ、その身体に見合う、腐った低級の魂が入り込み動かせることができるだけだ、しかし吸血族がやった場合は魂もそのままで生き返らせることができる、その魂に幾分、野性の血が目覚めるだけだ。どうだ、吸血鬼になれば何より美しくゆるやかな死の中を永遠に生き続けることができるぞ」
「ゆるやかな死を生き続けて、そして最後には永遠に死ぬの?」
「それは自由さ、何が何でも生き続けたければ生き続ければいい、誰かに無理矢理太陽の下に連れて行かれることもなければ生きつづけることができるだろう」
「人間達がいつか滅びてしまえば?」
「そうなればその他の生物の血を吸うしかないだろうな」
「すべての生物が死に絶えてしまったら?」
「食料がなくなれば、まあ、死ぬしかないだろう」
「永遠に?」
「そうだ、永遠の消滅、永遠の忘却、永遠の安らかなる眠りだ、それも悪くはないのかもしれない」
「永遠の忘却・・・・・・・」
「何一つ思い出すこともなければ、何一つ思うこともない、始めから何もなかったように何もなくなる」
「あなたは何故吸血鬼になったの」
「なんでもない、ただ側に吸血鬼がいると知らずに自殺しただけだ」
「いつ自殺をしたの?」
「はっきりとは憶えていない、大体3000年ほど昔だ」
「誰か愛しい人の記憶は?」
「ははは、随分俺のことに興味が在るんだな、もう3000年も生きてるから忘れてしまったよ」
「嘘だね、いつも僕の目を見続けて話してきたあなたが初めて目を逸らして何かを想っていた」
「何が言いたい?おまえの願いから大分とずれて来ている、おまえの願いが揺れ動いているのは知っている、おまえの複雑な思いを知らないで俺がやってきたわけじゃない、しかし言っておくが、いや、おまえも重々承知のことだろうが、おまえにはこれから想像を絶する程の層一層苦しい日が待ち受けている、そして、そのいくつもの日にお前は必ず、自殺を選ぼうとするだろう、それほど耐え切れぬほどの苦しみだからだ、一応言っておこう、自殺者がどのようなところへ向うか、想像するがいい、それは見渡す限りの暗黒の野、それが自殺した者が行く世界だ、その霊によっては、永遠に抜け出せないと絶望し、5000年近くその真っ暗闇の世界に居続ける事もある、俺は思うよ、絶望して死んで、その絶望以上の絶望が待ち受けている世界で何百年何千年生き続けるより、餓鬼道に堕ちた亡者の如く、人間の血を飲み殺して死肉を喰らって地上で生き続け、しまいには永遠に消滅するほうがまだいいんじゃないかってね」
「あなたは悔やんでる、吸血鬼になってしまったことではなく、自殺してしまったことを、今でも」
「おまえにはそう映るようだな、おまえは人間の情を持っているから、俺はとっくの昔に失くしたよ、そういった役立たずの情は、自ら捨てた、さあいい加減決めてくれ、生き血を採る獲物を見つけるのも少し時間がかかる、おまえが自殺を決めたら俺が探してくるから」
「少しだけ目を瞑って考えたい」
「ああ、そうしろ」
僕は目を瞑った。目を瞑ると、気付けば僕は暗黒の野に立っていた。何処を見ても真っ黒で地面と空の境界もわからなかった、僕は真っ黒な地面を走った、音がしなかった、地面の感触もなかった、自分の姿すら見えなかった、自分の身体はないようだった、ただ暗黒を見ることのできる目と鮮明な意識だけがあるようだった。僕は悲しくて泣いているようだった。どんなに泣いても何の助けも来なかった。誰かいないか!僕は声を出そうとした。声は出なかった。心で僕は思った。彼は僕の未来を知ってたんだ、こんな未来を。僕の未来がここにあるなら、彼の未来もここにあるかもしれない。僕は探したい。彼の未来を、そして救いたい、この広い闇の中のどこかに在るはずだ、永遠の眠りが眠っている、永遠に忘れた彼らが眠っている、僕はそれを見つけるために、僕の未来がここにあるのだろうか。

目を覚ますと、彼の姿は消えていた。
窓が開け放たれていて、寒い冷気が変に温かい風のように僕の身体に触れた。
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