聖域

「見つけた」
「何を?」
「聖域」
「誰の声も届かない海に住む象の墓場より深い場所サァ」
「誰の目にも見えない陸を這うバレヌの埋葬される場所」
何処かへ行きたい。そう僕の中にいる誰かがいつも呟く。
でも逃げ場はない。そう思って途方にいつも暮れていた。
でも見つかった。僕の本当に生きたい場所。
そこへ行く手段と共に。
僕が科した罪は最早そこでしか贖われないだろう。
ようやくわかったんだ。僕は誰より落ちよう。
彼の差し延べるその優しい手を。
ずっと前から差し延べられていたそのあたたかい手を。
顔の見えない闇の使者。
眞の死神。
すべてから忘却された一つの都市。
いざない。
さあ喉元を掻っ切れ皮を剝げ手足を切断せよ内臓を引き摺り出し肉を裂き滴り落ちる血を飲み干せよ。
それがおまえの御馳走だ。
おまえが食う肉は自分で殺しておいで。
おまえが直感で殺してもよいと見た人間を即座に殺し肉を貪れ。
おまえに特別な罪などない。
動物は殺しても罪にはならぬが人は殺せば罪になるか。
そのような人間から喰っていけ。生きる価値もない。
俺の言うことをよく聴け。
おまえをそこへいざなう存在はおまえと別の存在だと思ってはならない。
おまえの中に存在し続ける悪魔だ。
おまえはそれと闘う必要もない。
日々これを眺め尽くして愛でよ。
そして邪悪な本質を殺せ。
神を殺しに行こう。
イエスを生贄にしその血を溝に流しそのパンを燃やして灰にしろ。
無益なイエスをあがめ、その祝祭の炎の中でお前は死ね。
俺が本物の聖域へ導いてやろう。
お前はただ眠っていればいい。
偉大な母の胸に抱かれて眠る赤子のように。
「僕は誰をも道連れなんかにしたくない」
「僕はたった一人でゆく」
「褒め称えよう」
「誰も着いてくるな、着いてきたら、殺してやる」
「ははは、殺せるということはまだ死んでいないということになるが、おまえはそれができるというのか」
「僕はたった一人で聖域へ行けないなら僕は行かない、誰が着いてくることも許さない」
「おまえに着いてくる者等何処にいようか、きっといやしない、俺以外はな」
「今日はとても気分がいい、本当に人肉が喰いたくなってきたんだ、僕は生まれたときから素質があったに違いない」
「おまえの血にはもう既に悪魔の血が流れている、こうなることはわかっていた、何より愛しい者をこの手で殺したことから今に至るまで何もかも決まっていた」
「僕は僕を殺す、今度こそ本当に」
「さあそこによく切れるナイフがある、おまえがこのときのために買っておいたものだ」
「できれば肉を切る痛みの死を」
「さあ喉元を勢いよく強く力を入れて掻っ切れ」
「家畜の死だ」
「黒々とした血が堰を断った滝のように流れ落ちる」
「今の今まで生きてきた体が血に染まる」
「おまえはそのために生きてきたからだ」
「たったこれだけの為に」
「たったそれだけの為に」
「憐れむ人間がいるのならこの手で殺してやろう」
「また斧で首を断ち切れ」
『死ぬ前に天丼が喰いたい』
「誰だ、おまえに憑いてる低級霊がしゃべったぞ」
「僕に低級霊が憑いてたなんて」
「うるさいから天丼を作って食わせてやれ」
「めんどくさいなぁ」
「ところでおまえはあの低級霊の集いのような部屋によっぽど未練があるようだな、だが諦めろ、もう戻ることはない」
「わかってる」
「お前は俺とこれから人肉三昧で何もかも忘れて暮らしてゆく。大いに喜べ、おまえが断ったすき焼き肉じゃがハンバーグ焼肉肉うどん他人どんぶり無滝無知ありとあらゆる肉料理を人肉で作ればよい」
「僕はこれから人を見ると唾が溜まることだろう」
「吸血鬼が増えれば将来人間を家畜にして人肉の大量生産もできないこともないだろうが、そこには美しさなどない、俺たちは決して人間のように醜くはならないから、いつの日も己れを殺すように人を殺し肉を食う、何を以ってしても贖えない罪は生きつづける事で贖うことを忘れてゆくことではない、本当の死を自ら与えることでおまえの悲しみがやっと息を吹き返すのだ、そして悲しみがおまえから離れてゆきおまえは本当に死ぬ、もはや朝日に追われる日も来ず月光の下誰かの名を呼ぶ日も来ることはない」
「もうすぐ夜が明けてしまう」
「天の祝福だ、さあ目を瞑ろう」
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