光るみなも白い空

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Manslaughter

生きていたらそれでいいんだよ。
生まれ変わるんだ。生まれ変わればいいんだよ。
全員に生まれ変わればいいんだ。
それができないなら、お前は、死ね。
生き物たちの血だまりの中でまどろんでいたら死神がそう俺に呟いた。
幻覚ではない。いや、これだけが幻覚ではない。俺にとっての。
「全員を殺すつもりはなかったけど、俺だけを殺してしまった」と俺は死神に言った。

「耳があるなら聴いてくれ。俺の味噌は、コロちゃんだったんだ」

俺は死神に今までやってきたことすべてを話してしまおうと思った。
「浄水器から痔になったんだ。トマトチップみたいに前駆運動がお似合いで毛細血管の晴れ着姿は美しかった。エミュー、彼はエミューを飼っていた。エミューが俺に言うんだ。天ぷらみたいな顔してんな、って。ブック・オフ行ったことないような後ろ姿してるよな、って。だから涙を流す代わりに、人の血を流したんだ。でもその血は濁ってた。円形の燃える筒の中に捨てた。何を?何を捨てたか、思い出せない。それは、なんでもないものだった。ガムを噛んだ後に薄く伸ばしたもの、そこに砂糖を振りかけると蟻が寄ってくるだろう?それみたいなものさ。日除け、日よけのようなものだよ、灰色の、伝書鳩が休む場所、それを燃やした。ツリガネソウのつぼみの中に入れたエミューの内臓を育てたかったんだ。それは、生まれ変わって、僕のマザーになる。凍える夏の日に映像を一緒に観ることを約束したんだエミューと、なだらかな流線形の洗濯機がそこにあった。僕とエミューは白い泡で洗われて綺麗な姿で光の傍に干される。階段を上ってゆくんだ。人格の階段を。僕らの人格が海にたどり着くように。洗濯機の中で祈りたいんだ。真黒な血を落として、骨は焼いて、肉は食べつくしてしまって。愛しいから想い出せない。なにも想い出せない。全部、死体に見える。全部が死体にしか見えない。どうして人を殺してしまったんだろう。」









ヒラサワ・ドリーム

ぼくは空港のロビーのソファにひとり座っていた。
左側には人々が忙しく行き来して、そこにいつ飛び込んでいくのかわからなかった。
ぼくがどこの国へゆくためにここにこうしているのかさえ、なにもぼくは知らなかった。
まるで、とほうにくれてなにをどうすればいいかわからない迷子の幼児のようだった。
実際、自分が何歳の姿でいるのかもよくわからない。ただぽつんとそこにいた。
気づくと僕の右側のソファに知らない男の人が座っている。
ぼくはその人をしらないのに、その人はぼくの何かを知っているようだった。
するとそこへ、僕の大好きな平沢進が現れた。
ぼくの向かいのソファに座り、ぼくを見ているのかぼくを透かした後ろを見ているのかわからないような目でぼくのほうをヒラサワは見ていた。
そしてヒラサワはぼくの右側にいた男の人に静かに声をかけた。
何かを真面目な顔で話している。
どうやら「この子を養子にしたい」という話を持ち掛けているようだった。
ヒラサワがぼくを養子に?!
ぼくはとんでもなく幸福だった。
きっとぼくは、ヒラサワに父の姿を重ねていたのだろう。
ヒラサワはぼくの望む父性と母性をバランスよく持ち合わせている人のように思えた。
きっとヒラサワの目にはぼくが小さな女の子に映っていたのだろう。
ぼくはわくわくわくわく胸をときめかせてその様子を眺めながら静かにいい子にしていた。





可笑しな夢

[2:42:07] kozue ueda: 今日、奇妙な夢を見たんだ
[2:42:34] kozue ueda: 知らない家にお父さんといるんだけども
[2:42:44] kozue ueda: ベランダになんか棚があって
[2:43:03] kozue ueda: ちょっとだけSFチックな感じで
[2:43:49] kozue ueda: で、お父さんとくつろいでたら、突然その棚の上にあるなんか顔の置物がしゃべりだして、ぎょっとするんですよ
[2:44:05] kozue ueda: でっかい顔だけの置物
[2:44:21] kozue ueda: なんか奇妙なメイクしてて
[2:44:41] kozue ueda: で、よく見たら、お兄ちゃんやったのw
[2:45:24] kozue ueda: その棚の後ろにお兄ちゃんがもう何時間も前に隠れてて、でそこに顔をはめ込んで、驚かそうとしたみたい
[2:45:51] kozue ueda: ずっとそこでじっとしてたんだと思うと、おかしかったw
[2:46:02] kozue ueda: 根性を見せてもらえたw
[2:46:34] kozue ueda: 変な夢を見るもんですねw
[2:47:21] kozue ueda: だからさ、顔をはめ込んで、じっとしてたわけなんだよねw
[2:47:32] kozue ueda: で、私もお父さんもずっと気づかなかった
[2:48:10] kozue ueda: なんか、寂しいというかw
[2:48:17] kozue ueda: ずっと気づいてもらえなかったんだっていうw
[2:49:19] kozue ueda: まあ気づいてたら、ぎょっとさせられなかったから成功なんでしょうね

上辺の世界

ぼくらはみんな水面を泳いでいる。
そこは、上辺の世界だ。
水面には、光がたくさん反射する。
強い光をぼくらは吸収して生きている。
水の底は、とっても暗い。
真っ暗でなにも見えない。
そこには、ほんとうのぼくらが眠っている。
ぼくらのまだ知らない、誰も知らない自分が眠っている。
誰もまだ知らないからそこはとっても暗い。
そこで眠っているほんとうの自分はすべてを知っている。
でも眠っているんだ。
ぼくらのなかで目覚めることなく、まだ眠っているんだ。
すべてを知っているのに、まるでなにも知らない赤ん坊のように眠っている。
ぼくらはなにも知らず、光の水面を泳ぐ。
水面は眩しく、あまりに素晴らしく、底のないほど悲しい。
上辺の世界で、底のない世界を知ることがぼくらにはできるだろう。

怒涛の愛HASEKRSW

2016年、恒心教です!
俺は今年に生まれてきて、去年には死んだ白魔術くんナリ。
耳のある者は聞いてほしい。
命を削って俺は書こうと思う、何をか。
何を、何を書こうか、死神の血は金色だったという結末から先に書かねば仄めかしのゴリホーモ認定を受けるかもしれないが、ここはひとつ、なんにもないところから始めたいと思います。
思えば嘘しかついてなかったのに、どうして真剣に生きてきたんだ。
おっかしぃやろー、それ、おっかしぃやろー、中の人、どうゆう顔してるンゴ。
俺は顔が見たいと思った。どうせ死んでるんやろ、そう思った。
自治会費払ってる顔なのか、見極めたかったのもあったンゴ。
ちなワイはなんJ生まれのなんJ育ち、当職を馬鹿にする者は赦さないナリよ。
ここで希望の全員が、枕を失った。移住地に居住したのち、全員をこれ集め、匿名会議は行われた。
「君の会社の弁当の揚げ物の衣ってなんであんなに大きいの」というテーマから話し合われたが、誰一人、答えは見出せなかった。
いい答えを見出せなかった自辱の思いに全員が絶望した。
しかしこの時、某弁護士が突如現れ苦しそうな吐息交じりで「非常に、ハァ、人生にとって、フゥ、もったいのない時間だとホォ、思うフゥ」と言い残し静かにどこを見てキメルでもなく去って行かれた。
恒心教徒たちは、とっさの出来事にこれ、みな唖然としてしまい何する術も持たなかった。
みな中身のないことをワイワイガヤガヤと賑わしく打ち述べていた時、三十路の白魔術くんはこれ一人自撮りの加工作業に勤しみ、光を失い果てた目を中空に投げかける。
誰かが突然「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!ブリブリブチチチチチブリリリリリリュリュリュルユウリュリュリュブリュユウ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!ブリブリブチチチチチブリリリリリリュリュリュルユウリュリュリュブリュユウ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」と絶叫した。
しかし特に何事もなく次のテーマに取り掛かっている教徒の群れの中に紛れ込んでいった。
白魔術くんは、朽ち折れそうな日もあったが、なんとか恒心教徒たちの間に減り込むことによって耐えている節はあったんじゃないか。
ハッセはどこかでと今でも思ってるかどうかはわからない。
でももうすぐ4年も経つんだと思うと何か、神秘的な気持ちで縁というものを感じざるを得ない。
尊師が言った「人は人を愛さなければない」という言葉の意味を教徒たちは永遠に考え続けていかなければない。
私はそう思う。
恒心教に出会ってはや5か月、俺は疲れ切った声で、言い続けた。
「出会いに感謝」
尊師の愛はきっと届く。声なき声に力を。




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橋が架かる

今日で父が死んで12年目になる。
父は肺の病気で2003年の9月ごろから発病して12月ごろに入院して、死ぬような病気ではないと医者からは言われていたのだが、症状は一向に良くならず12月23日に病状が急変して悪化し、その日に麻酔で眠らされ一週間後の2003年12月30日の夕方に意識の戻らぬまま息を引き取った。
父が62歳、私は22歳だった。
12年前の今日の夜ほど悲しかった日がない。
その夜ほど本気で死んだほうが楽だと思えた日がない。
あの夜ほどどんなに泣き続けてのた打ち回ってもほんの少しすら悲しみが和らぐことのなかった日がない。
とにかく人生中で一番悲しい日で本気で自殺をしようと思ったが姉兄のことを思うとそれはしないことにした。
そして時が経っていくほど確かに悲しみは薄れてゆくかと思えば、確かに薄れてはいる。
しかし薄れるというのがなんとなく違和感を感じる表現に思う。
何故なら父が死んで数年の間は父のことはよく想い出して父のことを書くことも結構できてたが、それが時が経つほどできなくなってきた。
数年は喪失と悲しみであったのが、それがだんだんと喪失の深さの深まってゆく恐怖のような感覚になっているように、想い出すことが怖くなって来た。
悲しみは薄れているというよりも、奥へ奥へと押し込んでいるのかもしれない。
それはもしかしたら、奥へ奥へ、底へ底へと押し込まなければ耐え切れないような悲しみに膨れ上がってきているからなのかもしれない。
どうしてかは、わからない。
それは自分がその悲しみから逃げているからだと思うこともできる。
でも逃げるのもまた、耐えきれないからだから、やはり悲しみが深まって来てるように思う。
自分の悲しみを受け入れる皿が弱くなったと考えることもできる。
父を喪って数年間は強くなければ生きていけないという心の強さを持っていたのが、その強さがなくても生きていけるようになった、しかしおかしなことにそれと同時に、その弱さでは受け入れられない悲しみを封じ込めようとして、封じたのはそれは、まだ強くないと耐えきれないのにもう弱くても大丈夫だろうと甘く見て勘違いした自分の心であるかもしれない。
もうずいぶん悲しみは薄まって癒えたに違いない、もう弱い心でも十分耐え得るだろうと自分の心は自分の悲しみを侮った。
ふぅと息をついて、過去の悲しみを、喪失を乗り越えようとした。
しかし、見くびっていた。
自分の喪失は、自分の思ってたより遥かに大きなものであるようだった。
自分はもう十分苦しんだ、もう楽になりたいと思って自分は、この喪失を手放そうとしたのかもしれない。
自分でもわからない。
しかし今急に涙が溢れてきたのは、そういうことなんだろうか。
私はもうお父さんを忘れかけている、これが手放してしまったことの証だと、今わたしは何の違和感もなく感じることができる。
悲しみが薄れたわけではなかった。
悲しみを封じ込めたわけではなかった。
悲しみをわたしは手放してしまったんだと自分の流れた涙がまるで証のようだ。
しかしこんなことを言うと、お父さんはどんなに悲しいんだろう。
娘の私が生きるためだとしても、どこかでいま泣いてなければいいが。
12年目の一つの考え方であるから、これが本当のわけじゃない。
ただこうやって一年ごとにひとつひとつ考えを出してって、自分がどう変わっていくかは楽しみであるし、自分が他人になっていく感覚を感じながら虚しさも同時に膨れていくようだ。

最近こんなことを思った。
地球から一光年離れるたびに、地球の一年前の姿を見ることができるという。
十三光年離れて、地球の地上に暮らす自分の家の中を覗けるなら、そこには元気なお父さんが今も生きていることだろう。
さらに二十光年離れて覗いてみたら、そこにはお母さんも微笑んでいて、小さな私と幼い兄、その傍らには若い父が暮らしている。
不思議なことに自分が幼い頃の自分の姿を眺めることもできる。
三十四光年離れれば私はまだ母の胎内で眠っていることだろう。父も母も兄も姉も私のことをまだ知らない。
もう少し近づいて、私の誕生した夜を覗いてみる。
ぷってぷてのあかてゃんの私は母の隣で眠りこけている。
ふと気づくと私の手は一つのボタン装置を持っていた。
いつ手に入れたか覚えていないが、どうやらこのボタンを押すと、今見ているあかてゃんの自分をこの世界から消滅させることができるらしい。
普通に考えたら見ているこの自分も瞬間に消滅するだろう。
っていうか、どうやったら元の地球へ帰られるか方法を思い出せんが。
とにかく自分を消すか消さないかという選択肢を何故か神はわたしにいま与え賜った。
わたしを消すことができるとすると、わたしが存在したことでのみんなの喜びもなくなってしまうが、同時にわたしが存在したことでの苦しみや悲しみを消すことができうる。
わたしが存在したことでの家族の苦しみ悲しみは、わたしがどうにかできるものではないと感じる。
しかしそれがどうにかできるようになった。
可愛いあかてゃんの私が消えたらば、そりゃみんな悲しむことだろう。
しかしそれ以上の悲しみ苦しみを私はみんなに与えてしまったと思っている。いや、これからも与え続けることになるだろう。
ならば、いっそのこと、このボタンを押して自分を消してしまったほうがいいのではないか。
未来のことを何も知らぬような顔をして眠っておる自分は、じきに悪魔の子のように育つのである。
いったいどれだけの人を悲しませ、苦しめたことだろう。
その感情は、与えた喜びよりも遥かに大きいものだ。
自分の選択に架かっている。一本の橋が架かっている、その橋を渡る渡らないを自分が決められるわけだ。
なんという自由!
橋を渡ればすべては始まる。止まることのない歯車は回りだす。
しかし橋を渡らなければ、なにも始まることもない。私は死ぬのだ。本当の意味で。
私をこの世界から除き、あとのすべての歯車が回りだす。
秩序よく、なんの欠陥もなく、止まることはなく。
いつのまにか母の隣で眠っていたあかてゃんの私は目を覚ましてきょとんとした顔で虚空を何故か見つめていた。
わたしはほんとうにふしぎでならなかった。
あの赤ん坊は確かに自分なのに、まるで自分ではないようだ。
だがその瞬間、言い知れぬ憎悪が自分の世界を真っ暗な闇で覆った。
そしてこの赤ん坊は確かに自分なのだと実感することができた。
わたしはやっと決意した。私の全身の血は私の決意に賛成し、これを神の選択と疑うことなく肯定した。
あんなに強いしがらみも未練も死の腕が伸びてきて一瞬で断ち切らせたようだ。
わたしは宇宙の虚空にふわふわ浮かびながら目を見開いて無心で手の中のボタンを押し込んだ。
その瞬間に、小さな赤ん坊の自分の意識に移ったわたしは目の前の暗く寂しい橋の上を這うようにして渡り始めた。

Twitterで綴った我が半生

































































































プロフィール

白空

Author:白空
1981年8月4日生

sirosorajpnonikki’s blog
錯覚する情景
悲しみの男カイン
天の白滝
Twitter

Cowspiracy環境保護団体があなたに知られたくない事実
カウ(牛)にまつわるコンスピラシー(陰謀) ドキュメンタリー映画『カウスピラシー』
食肉、ペット、毛皮、動物実験の現場ドキュメンタリー映画EARTHLINGS
ナレーション:ホアキン・フェニックス

音楽:Moby

『アースリングス』

肉食と食料問題(飢餓問題)
先進国の5人に一人が肉食をやめると、飢餓が解決すると言われています。
アンゴラ・ウール・フェザー・ダウンの作られ方
毛や羽毛を取るためには残酷な虐待をしなくてはなりません。 そして最後には殺されてしまいます。
犬や猫も生きたまま毛皮をはがされている
残酷な動物実験をしている会社から化粧品、洗剤類を買わないという選択ができる
くろたん
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